鳴門の案山子総受文章サイト
脳で理解する奴もいれば、身体で理解する奴もいる。
身体の動きである運動も脳の働きだが、ここでの脳は、思考ということだ。
俺は、幸か不幸か、両方に優れているから、両方の「感じ」がわかる。
勉強は、もちろん頭で考え理解するが、俺の場合、ちょっと身体を使うと、それらの理解の助けになるということが良くあった。
逆のパターンである、動きに対し、思考して後に試す等は、それこそ枚挙に暇がない。
なるほど。
これらは切り離して考えられないものなんだ・・・
幼少時に、この感覚を得ることができた俺は、誤解を恐れずに言えば、やっぱり才に恵まれていたと言えるだろう。
つまり、俺は、脳も身体も最大限に利用して優秀な成績を収め、突っ走ってきたのだ。
優秀さは、時に人を尊大にする。
残念ながら、俺もその例外ではない。
俺は、あらゆるものを見通して、理解しているという馬鹿げた考えにとりつかれ、そんな時に、ただ一点の不可解と出会う。
・・・・カカシだ。
どんな大人も例外なく、俺のイメージの大人だった。
両親も、近所の大人も、親戚縁者の大人も、学校の大人も、みんな、分別くさく、体裁を繕い、説教じみて、退屈だった。優しい大人もいたが、それは、大人であるという優位性に因った子供に向けられた優しさで、そんなものは、欲しくもなかった。
イルカ先生ですら、俺の思う大人の要素は持っていたのに、奴は違った。
あいつが大人だというのなら、俺はあんな大人、初めて見た。
凄いんだか、そうじゃないのかわからない。
凄いんだと思った次の瞬間、全然凄くない感じになる。
大人なんだと思っていると、全くそうじゃない感じになる。
エロ本なんか読んでいるのに、その空気が全くない。
大人なのに、子供を見ている感じになることもある。
すべてを、というのが大げさなら、少なくとも自分の中に道理の上での「不可解」を許さなかった・・・というか、許す許さない以前にそんなモノが存在しなかった俺に、カカシの存在は苦痛だった。
わからない、というのがこれほど苦しいものだとは思いもしなかった。
わが一族についての「不明」も、もちろん抱えてはいたが、それは解き明かされるべき、俺の行動を待つ「謎」であり、道を探しそれをたどって行くという明確な解法を持つ謎は不可解とは言わないだろう。
やはり、カカシの存在は、すべてにおいて俺の枠を越えており、俺はひたすら不快だった。
◇
わけがわからない男だったが、忍びとしてのスキルはもちろん俺も認めていた。
人がいいんだか、悪いんだかわからない、適当感満載の愛想の良さで、俺に修行をつけてくれたりもする。
そこは先生らしかったりするが、それでも、時々の仕草は、先生じゃない感じで・・・「感じ」としか表現できないモノを、本当にいつも「感じ」ていた。
ある日のことだ。
その日は、本格的に広範囲を動き回っての実戦に近い訓練をしていたのだが、里の市街地からかなり離れてしまったので、近場で野営することになった。
いつもなら、寝場所を確保した俺を確認すると、「用がある」とどこかに消えるのが常だったが、その日は「疲れたなあ~」などと俺に同意を求めているのかいないのか、欠伸をかみ殺すようにして、一緒に地面に転がった。
シュラフもケットも無しで寝転がっているので、俺が「そのまま寝るのか?」と言ったら、覆面のまま「うん」と言う。上忍にでもなればそうなのかな、とか、こういう里内でも警戒してるのか、とかいろいろ考えたが、とにかく、さすがの俺も気になってもう一度声をかける。
「朝方は冷えるぞ?」
「うん。大丈夫」
ふ~ん・・・まあ、いい。こいつは「不可解」な奴だった。修行に専念すべき今は、理解しようとしてはダメだ。
俺は、カカシに背を向けると、眠ることにした。
月もなく、星明かりだけ。
森は深く闇に沈み、西に広がる草原は、柔らかな風を纏って、静かに揺れている・・・・
眠気はジワジワと俺を誘い、いつの間にか熟睡していた。
カカシがいるという安心感もあったんだろうと思う。
が、余程経ったとき、異質な気配がして、俺は目を開ける。
背後だ。
カカシが寝ているハズ・・・・
と、もうこの時点で俺は察した。
カカシの野郎、自慰行為の真っ最中だったのだ。
考えられない!修行の最中に!
この野営だってその一環だろう!
しかも、俺の前で?!
生徒の前で、だ!
微かに聞こえる息づかいが、イヤらしくて、俺はますます腹が立ってきた。
がばっと起き上がると、振り返る。カカシはこちらに背を向けて、真っ最中だ。ズボンが少し下がっていて半ケツなのが、俺の怒りの火に油を注ぐ。
「シュラフがいらねえ理由がそれか?」
「あ」
間抜けな声。
カカシは慌てて起き上がると、股間を手で隠し気味に上体を起こす。
「悪い。寝てるかと・・・」
なんだ、こいつ。本当に上忍か?もう、馬鹿確定だ!!
そういう意味では、こいつもただの「大人」だったな!!
「いつもなら、もう少し早くイけるんだけど、今日はダメだ(笑)」
はあ?何言ってんの?何、笑っちゃってんの?
俺が怒りの表情も露に見返すと、さすがに改まった顔になる。
「いや、実は、ついうっかり今までのくせで。
今日は、お前と一緒だって、なんか忘れてしまってた。
隠密のときは、まあ、切羽詰まればあけっぴろげにこんな感じだ」
そう早口で言う。
馬鹿な大人に、ちょっと暗部の面影が混じる。
そうか・・・・
新たに加わる情報は、俺を鬱にする。
カカシは馬鹿なんじゃない。俺の知らない時間を生きてきただけだと。
その時間は、こんな程度の性的活動に、なんらの意味も持たせないのだという理解。
頭ではわかっているのだが、こういう部分に大人とガキの違いを徹底的に思い知らされる。
「ふん」
鼻であしらってみせるのが、俺の精一杯だった。
カカシは本当にすまなそうな顔をして、地ベタに座ったままで下半身の着衣を戻そうとしたが、当然うまくいかず僅かに股間が隠れたけだった。俺も早く目を背ければいいのに、なぜかカカシの方から目をそらすことができないでいた。
自分の行動を上手く制御できていないことに気づいたが、理由がわからない。
俺が見続けていることに、カカシもいい加減、不愉快になるだろうと思ったが、カカシは顔を伏せたまま動こうとしなかった。
俺の目がそれるのを待っているのか?
いやいや、俺が、最前のようにカカシに背を向けて寝てしまえばいいことだ。
どうした・・・俺・・・・
カカシが何か言おうと顔を上げたのと、俺が上体を僅かにカカシの方に傾けたのは、ほぼ同時だった。
互いに相手の目を見て、言おうとしたことを飲み込んで、相手の言葉を待つ。
こんな時の不思議な感じって、なんなのだろう。
互いに相手の内面を見切れていないのに、予定調和の中にいるような、心が繋がっている感じ。
ただ、相手を待つという遠慮深さは、カカシが勝った。
俺は、自分のどこにあるかわからない思考が、馬鹿なセリフになるのを聞いたのだ。
「じゃあ、暗部のやり方っていうのがあるのか?」
星明かりに、カカシの見えている右眼がゆっくり大きくなる。
互いの顔が、息がかかるほどの近さにあることに、その時気がついた。
カカシの瞳は、俺の感覚では「不快」を表してはいなかった。
どうして怒らないんだろう?
そういう思いもあったが、このときは、流れる時間の勢いの方が強かった。
俺は、また沈黙して、次を待つ・・・・
「・・・・」
カカシが覆面の奥で何か言った。
静かな、風の音だけが満ちる星明かりの夜なのに、俺はそれを聞き落とす。
「なに?」
俺の声が穏やかに響く。
驚くべき事に、そう、俺の声は穏やかだった。
振り返れば、もう、俺は、次の空気に飲まれていたのだ。でも、このときはもちろん知る術もなく、聞き落とした声を待つ。
カカシが、ゆっくり顔の覆いを下ろす。そして掠れた声でこう言った。
「あるよ」
今度は俺が目を大きく見開く番だった。
ああ・・・
転がる石のように、もう止めようがない。
動き始めた、わからないが、とにかく、俺のコントロールは、もう、完全に失しなわれてしまったのだ・・・・
続きます