2 イルカ先生赤面する

私の前に置かれたブラックを見て、イルカ先生が「大人だな」というバカな事を言って、私が吹き出す。今時、ブラックで大人ってどういう回路?
そういう先生は、「え?今、それ飲めるんだ」という甘いココアだった。しかも、クリームがたっぷり載っている。
「ちょっと認識を改める」
「え?なんだよ、急に」
「少しくらいのダイエット、した方がいいですね、先生は」
「は?いや、サクラ、この間、お前、俺を応援するとか言ってなかった?」
どうして私がそういうことを言い出したか、本当に理解できない顔で、先生が言い返す。
「その結果の、今の意見よ」
「はあ?・・・食べろって言ったり、食べるなって言ったり、もう・・・」
もう、だって。
本当に、かわいいな、イルカ先生は。
それにひきかえ・・・・・ひきかえ・・・・
「んで、サクラは?」
「・・・・!え?」
「そのために、ここに来たんだろ?」
「え、あ、ああ・・・・」
私は居住まいを正し、でも、すぐ諦めて、背もたれに全体重をかけて座る。
私がサスケ君と、付き合っているのかいないのか、そんな状況であることは、みんな知ってる。
特に、このイルカ先生は、そこら辺のこと、もっと知ってる。
私が、自分の気持ちに負けて、相談するのはいつも、イルカ先生なのだ。
親友のいのやヒナタにも、もちろん相談はしている。
でも、問題を抱えているとき、女友達は、からきし役に立たないことを知っている、じつはバリバリの理論派な私。
傷ついたとき、落ち込んだときの癒やし力、共感力は凄く、そういうときはもちろん頼りになるし、おもいっきり頼る。
でも、それが癒え始めて、次に進もうと言うときは、
「イルカ先生」
なのよねえ・・・・
「おう!」
頼もしい。
笑顔も無邪気で素敵。
ああ、サスケ君がイルカ先生だったらなあ・・・・・・・
いや、だったら、私、こんなに夢中にならないわ。
「サクラ、なんだよ、さっきから、怒ったり笑ったり・・・」
「あ、ごめんなさい」
「で、今日はなんだ?・・・・まあ、わかってるけど」
一人頷いて、イルカ先生は、ココアに目を落とす。
「うん・・・・それなの。先生は、知っていたの?」
「知るわけないだろ。特に、情報から遠ざけられてるわけじゃないけどな。かといって、俺も、あえて聞くようなことはしないし」
「ええ・・・・」
「しかも今回は、カカシさんも、タイミングが合わなかったみたいで、そんなに話はできなかったらしい。それ以上は聞いてないよ」
「そうなのね」
私も力弱く頷く。
事の次第は、数日前。
サスケ君が、里に帰ってきていたらしいのだ。
どういう理由かは、わからない。いや、六代目はわかっているんだろうけど。
風の噂で、その帰還を知ったときは、もう、サスケ君は去った後だった。
「わかってる。私だってわかってるわ。サスケ君の任務がどういうものかは」
「ああ」
「でも・・・・こんなものなの?」
「サクラ・・・」
「本当に、私、くじけそうよ」
もう、自分がどういう顔をしているのかすら、どうでも良かった。うなだれて、口から出るまま言葉を吐いて、とにかく、私の心は、今、独りよがりだった。
ただただ、楽になりたかったのだ。
「サクラ」
イルカ先生が言う。
目を上げてみると、先生が、テーブルの上に掌を上にして左手を置いていた。
「うん」
私は、その手の上に、自分の右手を乗せる。
先生が、心を込めて握ってくれた。
体温がじんわり伝わってきて、理屈では憤慨し続けている私も、先に、身体から解れていくのを感じる。
「ここじゃなきゃ、抱きしめてやったのにな」
「ふふふ・・・」
大人になった私に、先生はこういう冗談も言う。
「サクラはな」
「うん」
「凄い忍者なんだぞ」
「うん・・・」
先生が、静かに話し始めた。
落ち着いたクラシカルな喫茶店のざわめきは心地よく、先生から伝わる体温と、癒やしの声は、私をゆっくり解きほぐした。
「だって、あの大戦を戦い抜いたんだからな」
「そうかしら?頑張ったのは、サスケ君やナルトよ」
「ははは。お前も言うね。そんなに褒めてもらいたいか?」
「・・・・・」
「わかってるくせに、そうやって混ぜっ返すな」
「・・・・はい」
「お前だけじゃない。里や国の誰一人が欠けても、勝てなかったんだよ」
「・・・・・」
「俺が何を言いたいか、わかってないだろ」
先生は悪戯っ子のように、そう言って、100パーセントの笑顔になる。
「みんな凄いって・・こと?・・・かしら?」
「そうだよ、サクラ」
先生が、ぐっと私の手を握り直す。
その力強さは痛いくらいで、でも私はそのことで、先生の思いの強さを知った。
「みんな、強い。だって、今という時間を、必死に生きているんだからな」
「・・・先生・・・」
「闘った者も、それを支えた者も、弱い者を護った者も、」
「・・・・・」
「子供だって闘った。大人の足手まといにならないように自分たちで頑張ったんだ」
私は頷く。そんな子供たちを一番近くで見守って、弱い者を護った先生。ちょっと心の奥がジンとした。
「だから、サクラも強いだろ?」
私は頷いたが、それは子供だましって言うんじゃない?
「先生の言いたいことはわかるけど、でも、そんな強い私だって、ダメなものはダメなの」
「サクラ・・・・俺の言いたいこと、全然伝わってないな」
「え?どういう・・・?」
私が「?」の眼差しを向けると、先生は私の手を離し、居住まいを正すと、まっすぐ私を見た。
え?なに?なんなの?
私がつられて、キチンと椅子に腰掛けて、姿勢をまっすぐにして先生を見る。
先生が私を、怖いくらい真剣な目で見ていた。
でも、口元は微笑んでいる。
意味が解らず見上げる私に、イルカ先生は、力強く、でも優しく言った。
「行けよ、サクラ」
と。
な、なんのこ・・・いや、わかるけど・・・え?
私の動揺に微塵も付き合わず、先生の声は、あの、アカデミーの時みたいに、私をまっすぐ導く。
「サスケを追え」
「あ・・・・・」
「みんな今を必死で生きてるって言ったろ?お前だってそうなんだろ?」
「・・・・・・」
「好きなら行けよ」
「え、あ、だって、サスケ君の邪魔になっちゃったら・・・」
「あのなあ、サクラ」
「はい」
「行っちゃダメかって聞けば、そりゃ、ダメって言うだろ」
「・・・ああ・・・」
「行ってしまえばこっちのもんだ」
私は、雷に打たれたみたいに、唖然とイルカ先生を見る。
先生・・・・
本当に、凄い人。
カカシ先生が惚れるのも、無理はない・・・・
「それにサスケが面と向かって邪魔だって言ったのか?」
「いや、言ってないけど・・・かなりの確率で言われそう・・・」
「じゃあ、俺からもう一つ、アドバイス!」
ひやあ、もう、なに、この人!!
最高かよ!!
「なに?教えてくださいっ!!」
「さっき、お前を優れた忍者だって言ったろ?」
「え、ええ・・・」
「邪魔だから、邪魔だって言われるんだ」
「・・・???」
「必要になればいいんだよ」
「・・・・あ・・・」
「サスケにとって必要な忍びであればいい」
涙が出てきた。
先生・・・・
私の涙を見て、先生の空気がまた柔らかくなる。
「な?俺が言ってる意味、わかるだろ?」
涙で声が出ない。私は、ボロボロ涙を落としながら、何度も頷いた。
「俺は、忍びって言ったけど、そんなもん、とっかかりだ」
先生は再び、私の手を求める。
テーブルの上に差し出した私の両手を、先生もその両手で包み込んだ。
しっかり握って、私の目に話しかける。
「サスケにとって無くてはならない女になれよ」
「先生・・・」
先生の手から、言葉から伝わる体温は、私の中で温かく広がり、本当にこの人の教え子で良かったと、あらゆるものに感謝した。
先生は私が落ち着くのを待って、口調を変えて言う。
「ま、お前が行った後の後始末は、俺に任せろ」
いいながら、何かを思ったらしく、先生の頬が赤くなった。
先生は、私のこと、すっごく良くわかってくれるけど、私だって、先生の事、わかるのよ。
「カカシ先生に怒られちゃうわね、先生」
「なっ!」
図星の顔。
「お仕置きとかされちゃうのかしら?」
「!!!」
先生が盛大に赤面して、私の手を離す。
「サクラ、お前なあ・・・先生をからかうな!」
「うふ!かわいい!」
「お前・・・」
空気が和んで、いつもの流れになる。
お店の外に出ると、夕闇が迫り、街は、昼とは違う顔を見せていた。
私は、先生と連れだって、里に帰る。
「お前さあ。その、ちゃんとしておきたいんだけど、」
「はい?」
「その、俺が・・・・俺が・・・」
「?」
「その、俺が、抱く方だから・・・な」
「!!!」
「お仕置きとか無いから」
もう、どこまで可愛いんだか!!
「じゃ、おあずけですね!」
私は、そう言って大笑いしたけど、イルカ先生は、数時間前の私みたいにげっそりしていた。

【続く】