起点




待機所にいて、時間をつぶす。
午後になって射しはじめた日の光は、萌えはじめた緑の葉を透かして、透明な色で室内を満たしていた。

忙しい時にこそ、ふっとした何も無い時間があるっていうのは本当らしい。
実際、今の私は忙しいのだ。
任務の間に、後輩の指導と、師匠に頼まれた資料作りと、自分の勉強と、それと・・・・・
それなのに、今、こうして、時間をつぶしている。
次の任務は、20:00からだから、まだ6時間もあるし。
指導すべき後輩は、今日は別な上忍について任務中だし。
師匠に頼まれた資料は、改めて後日、実験の結果が出てからじゃないと先に進まないし。
自分の勉強は・・・・疲れたから休んでる(笑)

だから、ヒマ。

室内には数人いたが、特に親しい人はいない。
でも、それが、忙しい用事の間隙に放り込まれた私には、いい息抜きになった。
私は軽く息を吐くと、椅子に深く腰掛ける。
戸外の澄明な空気は、その薄く色づいた光のせいで、余計に綺麗に見える。

と、

ゴンッ

と派手な音がして、一斉に室内の人間が戸口を見た。
私も音がした戸口を見る。

カカシ先生が、頭を抱えて戸口でうずくまっていた。

  「先生?」

思わず駆け寄ると、先生はのっそりと立ち上がり、

  「頭、ぶつけた」

と小さい声で言った。

  「え?」

と言ったきり、私、絶句。
忍者が、それも慣れた場所で、どこをどうぶつけると言うのかしら?
唖然としている私に気づいた風もなく、

  「考え事しててさ、」
  「はい・・・」

今は、もう誰も見ていない。
話しながら、私と先生は、さっき私が座っていた場所に並んで座る。

  「この間の任務の自分の動きをトレースしていたらね、」
  「・・・・はあ・・」

戸外で風が葉を揺らし、透明な空気を動かす。

  「思わず身体がうごいてさあ、軽くジャンプしちゃったんだよね」
  「・・・・・・」
  「そしたら見事にゴンだって(笑)」

私は、そんなイチイチを話す先生をマジマジと見た。
薄い緑の光に縁取られて、銀髪が、初めて見る色みたいに新鮮。
切れ長だけど、マスクを外すと、その大きさにちょっと息をのむ綺麗な瞳は、表面に萌える葉を映してキラキラしていた。
この人が、本当に私の先生だったのかしら。

頭の中は遠くを見るようにぼんやりしながら、でも先生を凝視していた私は気がついてしまう。
目の輝きは光のせいだけじゃないってことに。

先生は、目に涙を浮かべていたのだ。

  「あ、泣いてるのばれた?」

私の目線に気づいて、先生は、色違いの目を右手の甲で拭う。
涙は、目の周りに広がって、その濡れた睫毛の色っぽい眺めに、私は大混乱だった。

  「コブができたよ、きっと。実はかなり痛かったんだ(笑)」
  「バカねえ」

思わす言ってしまう。
実質私の先生で、今は上司のこの人に、今までそんな口をきいたことなんかなかったし、これからもそんな言い方はするはずもなかったのに、わたしは思わず、そう・・・・言ってしまった。
ただ、セリフと一緒に伸ばしかかった手は、かろうじて止めることができた。
私が、今の言葉を謝ろうとして、改めた空気と共に口を開こうとしたら、それより先に先生が、

  「頭、診てよ」

と、私の手を取った。
ぴくんと、私のどこかが反応する。
私の口調も、その傷に伸ばしかけた無礼な手も、この人はすべてを包んで、「当たり前」に誘導する。
どうして、こんなに素敵なのかしら。

  「ここ・・・らへん」

先生の手に誘導されて、初めてのシチュエイションで、先生の髪に触れる。
私は、すべてが初めてなのに、次々と、それらが日常に変わっていく不思議な感覚を味わっていた。

  「カカシさん」

激しく展開していた時間は、先生を呼びに来た仕事の声でストップした。
先生は、立ち上がると、

  「俺が、泣いたことは内緒な」

と言うと、そのまま出て行った。
気づくと、心臓が激しく動いていて。

私にとって、今、この瞬間の先生が、あまりに特別すぎて。
この気持ちが、今はじまったのか、前から予兆があったのか、
もう、何もかも、わからなくなっていた。


2012/07/08



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