鳴門の案山子総受文章サイト
今、確実にそうなのに、その起点がわからない、ということがある。
たとえば、花。
冬の寒さから解放されて、浮かれていると、いつの間にか、花が咲き誇っている事に気付く。ずっと見ていたはずなのに、いつ咲き始めたかわからない。気付くと満開だ。
サクラは、書棚の向こうで、手持ちぶさたに雑誌の表紙を見ながら、サクラを待っているカカシを見た。すらっとした背丈、プラチナにも見える髪色、文句なく整った顔、それに柔らかい物言い。
先生だったカカシが、いつ、こんな風に見えるようになったのか。
今も、先生であることには変わりないし、でも、先生が「先生」にしか見えなかったときとは、明らかに違う。
ただ単に、自分が大人になったというだけのことなんだろうけど・・・
サクラの視線に気付いて、カカシがこちらに来る。
「あったの?探してた本」
と言って、サクラの手元を見る。
カカシの空気が、フッとサクラの空気に混じる。
連日の任務で疲弊して、今まで欲しくてたまらなかったプライベートの時間が、今、確かにある、とその実感に、サクラは懐かしさに似た気分を味わっていた。
◇
まだ肌寒い早春のある日、火の国の賑やかな商店街のど真ん中で、カカシとばったり出会った。あまりに綺麗に職種の気配を消していたので、偶然に、本当に偶然に目が合うまで、サクラはカカシに気がつかなかったし、驚いた様が装っていないのであれば、カカシもそうであるように見えた。
「こんにちは!」
「ああ、こんにちは」
どこでどんな人間が見ているかわからない。咄嗟であっても、相手に関わる呼称は、本名はいざ知らず、先生という肩書きも口に出さないよう訓練されている。その短い時間に、サクラは、カカシに気がつかなかったもう一つの理由にすぐに気がつく。いつもの猫背で、髪が乱れているようなモッサリした印象が全くない。つまりは、背のスッと伸びた、小綺麗な青年だったのだ。
『イケメンってやつだ・・・』
でも、そんな感想は、微塵も外に出さない。
「いい天気でよかったわ」
サクラがそう言うと、
「明日は、雨らしいけど」
と、カカシが返した。明日の予報は晴れだ。サクラは軽くうなづくと、
「買いたい本があるんですけど、付き合っていただけます?」
と、言った。カカシもうなづいて、ここら辺で一番大きな書店の名前を口にする。
人々が行き交う雑踏で、二人は同じ方向に歩き始めた。
会話は簡単な暗号で、現実と符合するかしないかという部分と、さり気ない目配せや仕草で、意思の疎通をはかる。明日の予報は晴れなのに、雨だと言ったカカシは、問題あり、情報あり、なんらかの接触を持ちたい、という類の意思をサクラに伝えてきたのだ。
本屋やショッピングモールの書架や商品棚は、忍者には好都合の障害だった。周りに目立たないように気を配りながら、密かに会話もできる。しかも、男女の組み合わせは、あまり目立たない。
「ちょうど、我慢の限界がきていたんだ」
カカシが言う。
「結構長期でしたね」
サクラが、カカシの任務を思い出しながら言う。かなり前、五代目と何やら話していたことと、カカシの予定表には、何も記入されず、長い空白があったことを思い出す。
「うん。まだ終わりそうもない」
「私はオフなんで、薬草の新しい本を買いにきたんです」
「そうなんだ」
「もし、何かあれば、里にお使いしますよ」
報告の類があれば、という話をしたが、カカシは、いや、となんだか煮え切らない態度で、返事を濁す。
「?」
サクラがカカシを見返す。カカシは何か考えるようで、言葉を発しないので、サクラは何か別な問題が生じたのかと思った。今、敵忍がそばにいるとか、不穏な空気を感じているとか・・・?
でも、カカシが言ったのは、思いがけなく、カカシ自身の思いの言葉だった。
「できれば、一緒にいて欲しい」
いや、カカシ個人の思い、と思ったのは勘違いかもしれない。何か理由があって、ツーマンセルのほうが動きやすいという意味かも。そう判断して、サクラは軽く頷いた。
「もちろん。そうします」
そのはっきりとした綺麗なセリフに、今度はカカシがサクラを見る。その表情に、隠しきれない喜びの笑みを浮かべて、でも、それを抑えている。
『え?』
今まで感じたことが無いカカシのその印象に、サクラは静かに驚いて、それを隠すかのように、書棚に視線を戻す。目当ての本を探しながら、なんだか、久しぶりに心臓が高鳴るようなフワフワした気分を味わっていた。
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続きます 2018/04/29
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