交差
なんとなく。
サイは通路を静かに歩く。
もうすぐ三時。
窓の外には午後の光が溢れて、通路にその照り返しが満ちていた。
いくつかの病室を過ぎて、通路の突き当たりに立つ。
非常階段に続くドアが、簡単には開かないような風情で、そこにある。
しばらくそこに立って、外を眺めた。
色あせた赤い屋根が、幾重にも重なって熱を跳ね返している。
古い木造の病院は、夜にはさぞ薄気味悪いだろうが、今は、日の光に照らされて、ぼんやりまどろんでいるようだった。
サイは微笑む。
この、ちょっとした時間は、とびきりのデザートを待つ、上品な我慢を伴った時間に似ていた。
病室の主は、もう、自分の存在に気がついているに違いない。
サイは、声を殺して笑う。
それでも、病室のカカシは、なんの反応もしなかった。
突き当たり左手のドアを開ける。
サイは、窓の方に身体を向けてベッドに腰掛けているカカシを見た。
モロに病衣な、ブルーのストライプのパジャマを着て、小さな本を開いている。
「ノックくらいしなさいよ」
夜は味気ないだろう無機質な病室の白さは、午後三時の恩恵で、これまた賑やかな光にあふれていた。
くせがついた綺麗な銀髪がまぶしいくらいに輝いて、元暗部と聞けば思い起こされるダークなイメージと、今のカカシは対極にいた。
サイは、その明るい存在に目を奪われる。
顔も隠していない。
たぶんいつもよりは痩せているだろう顔も、男らしく引き締まって見えるだけ。
『本当に造形的に隙のない人だ』
サイは一呼吸おいて、でも、カカシのセリフに応えず、自分もそのままベッドにならんで腰掛けた。
「・・・・・」
カカシがサイをあきれたように見る。
サイはにっこり笑んだ。
「それも、練習したの?」
「え?・・・ああ・・(笑)。練習で笑えるほど、僕も単純じゃないですよ」
「ふうん?」
カカシは退屈そうに小さくあくびをして、
「どうして毎日来るの?」
と言った。
ナルトやサクラに連れられてカカシの病室を訪れて以来、サイは、任務が無いときは必ず、カカシの病室を訪れていた。
その理由は、サイ自身にもわからない。
初めの数回の訪問は、本当に無意識だった。
カカシに、カカシの「何か」に惹かれていると気づいたのは、毎日のように訪れるサイを、カカシが何かを考えるように見つめるようになってからだ。
カカシの意識的な視線(それは、むしろサイの行動に対する反応なのだろうが)に、サイは初めて自分の内面に気づかされた。
気づいてからは、むしろ、積極的な楽しみになった。
時に、七班のメンバーと重なることもあって、毎日来るのは、そこに理由があるのかも、と、サイは思う。
「ナルトに負けたくないんです」
「ナルト?」
「あ、サクラも」
「・・・・・・へんな子」
「あなたの方がよっぽどヘンです」
はっきり言われて、カカシは黙り込む。
さすがに、こう面と向かって言う無礼な年下はいない。ナルトですら、もう少し気を使う・・・とカカシは思う。
「・・・どこがヘンなのかな?」
一応聞いてみる。
「どうして、僕の相手をしてくださるんです?」
「・・・ああ、そういう、ヘン・・・ね」
カカシは手にしていた18禁本を閉じて、ベッドサイドに置いた。
「聞きたいか?」
「はい」
サイがニコニコしてカカシに顔を向けた。
カカシは、身体をずらし、サイに上体を向ける。
そして、ゆっくり言った。
「大人をなめてるみたいだから、さ」
サイが驚いたようにカカシを見る。
カカシは、表情を変えず、サイを見返す。
端正なカカシの顔はそれだけで凄みがあるのに、まともに見つめられると、なにか自分に関する重大な決定権を握られてしまったかのような、行き着いてしまったような感があった。
やばい・・・・
サイは喉が渇いて引きつるのを感じた。
「なめて・・・る?」
「うん」
言いながら、カカシは床に下ろしていた足を、ベッドに上げた。
スプリングが軋む。
カカシの意図が読めず、サイはカカシを見つめたまま。
「これ以上は、進ませたくないからだよ」
「・・・・はぁ・・・」
「わかんない?」
カカシが、乱れた銀髪を掻き上げながら言う。
その奥から上目遣いにサイを見て、ニコリともせず、上唇を舐めた。
「大人をなめるなよ?」
言いながら、カカシがベッドにバタンと上体を倒した。
ホコリが舞って、明るい病室をさらに明るくする。
『まさか、この人・・・・』
と、サイが思う間もなく、カカシは自身の下半身に手をかけた。
ぐっと、その手が下に移動する。
「あ」
サイが、無意識に声を上げた。
カカシの手が止まる。
パジャマと下着が一緒に下ろされて、下腹部の毛が露になっている。
そこで、手が止まっていた。
「なに?」
カカシが言う。
「何って・・・なに?」
喉を涸らして、サイがオウム返しに言った。
カカシは動きを止めたまま、サイを見た。
もしサイが、カカシのいう大人をなめるようなガキなら、この時のカカシの心の中を覗けたのかもしれない。
ただでさえ感情表現に疎いサイは、決定的な何かを見落とした・・・と思った。
カカシが、いきなり、乱暴にパジャマのズボンを引き上げる。
「カカシ・・・さん・・」
「意外と寒かった・・」
「え?!」
カカシは、またベッドに座り直すと、さっきまで読んでいた本を手にした。
パラパラとページがめくれて、そのたびに、白い反射で、目がチラチラする。
「い・・・今の・・・」
「びっくりした?」
なんか無邪気に言うので、サイはコクコクと頷いた。
「君がさ、ヤマトの名前まで出したら、もっと下げてたよ」
「は?」
「ん?ズボン。こう、ベロッと見えちゃうとこまで」
「!!」
「でも、俺の勘違いかな?」
「・・・・」
「カッコ悪い・・・・ははは・・・」
「え?」
しかし、カカシはもう何も言わない。
本をめくってやんわりとサイを避けた。
「か・・・勘違いじゃないと・・・」
「もう、どっちでもいいけど」
カカシは、そっけなく言って、本を見ている。
ガンッと頭を殴られたような気がした。
今までの、ただ一緒にいるだけの愛しい時間が、目に前の風景からどんどん乖離していく不快感を味わう。
サイがゆっくり立ち上がり、ドアに向かうと、その背にカカシが言う。
「もう来るなよ」
言われなくたって・・・とサイは思う。
なんかダメージを受けた僕は、もう来れないよ・・・
喉の奥で、曖昧に返事をしてドアを開ける。
と、カカシが更にこう言った。
「明日、退院なんだ」
「え?」
「もうここにいないからさ、俺」
サイが振り返る。カカシがこっちを見ていた。
まだ、すべてが終わってはいない予感に、心臓が跳ねる。
「あ・・あぁ・・」
「すぐには任務じゃない。自宅待機だけど・・・」
「そうなんだ・・・」
「さびしいから遊びに来てよ」
サイが唖然とカカシを見る。
この人・・・・・・
「誰にでもそうなんですか?」と聞き返したかったが、それだけはやめた。
もしかして、カカシに遊びに来いと言わせたのは、サイ自身の素の行動であり、表情だったかもしれないから、言わなかった。
「わかりました」
自然に微笑みが浮かぶ。
カカシも笑んで、本を持った左手を軽く上げた。
2008.05.20up
消化不良。
表現できなくて、説明っぽくなる。サイカカが熟成してないんですね。
タイトルは、お題サイト「25/15 Title」さまより(閉鎖されたようです)。継続して書いていくつもりでしたが、頓挫しました・・・・