いつも、なんか不意打ちだ。
サイはそう思って、何となく不愉快になる。
今日だってそうだ。


ナルトから頼まれて、カカシに届け物をしに来ただけなのに。
いつものように、「こんにちは」と大きく声をかけながら、木戸を開けたサイは、
  「・・あ」
と言って固まってしまった。
上半身裸のカカシが、「ん?」とこちらを振り返る。
勢いよく開いた木戸が、ギイィと音を立てて閉まりかけ、サイの肩に静かに当たった。





  「ナルトは?」
サイから届け物を受け取ってカカシが尋ねる。
  「アカデミーの先生となんか約束があるそうです」
  「そうか」
初夏の日差しはキラキラとして、ただでさえまぶしいのに、白いカカシの裸身に跳ね返ってサイから落ち着きを奪う。
直射日光を浴びている様から目をそらし、
  「熱くないですか?」
と言った。直接肌を焼かれると熱いだろう。
  「あ、これ?」
声が朗らかで、いつもだまされる。
この男が、とぼけたしゃべり方からは連想できない、綺麗な顔をしていることに。
でも、何度もだまされて、それでもサイは、いやじゃなかった。
  「暑くなりそうだから、水をまいてたんだ。そしたらさあ、」
なるほど。
太陽に熱せられた地面は、今は、色濃く濡れて、所々のくぼみには大きな水溜まりができていた。
そして、そこに横たわる水色のホースからは、透明な飴細工のように、水がうねって流れ出ている。
  「ホースがそこの石に引っかかっちゃって(笑)」
縁側の上がり框(かまち)手前の敷石を指した。
  「意図せず水が噴き出したんですね」
  「ははは・・・意図せず、か(笑)」
笑いながら、地面に落ちたホースを拾う。
と、いきなり、その水をかけられた。
油断していたサイは、「うわ」という間抜けな声をあげ、結局全身を水に濡らしてしまった。
  「はははは・・・」
  「な・・・何をする!!」
  「暑いんだろ?」
  「濡れちゃったじゃないですか!!」
カカシが笑って、空を仰ぐ。
青い空は、白い雲を優雅に漂わせて、今は風もない。
  「君に表情がないなんて、誰が言ったんだろうなあ」
不意を突かれて、サイは押し黙る。
カカシが空に向かって水を飛ばした。
早朝の露のように新鮮な色をした水の玉は、夏の光を乱反射して、一時の雨のようだった。





カカシが差し出したタオルを受け取って、サイは縁側に座る。
サイも、今は上半身を脱いで、ジリジリする太陽の光を、まともに受けていた。
タオルからは思いがけなく、洗濯のいい匂いがして、サイはその香りを何度もかいだ。
サイの中では、カカシはなんと言っても優れた忍者で、いまだに、家事をしているような姿を思い浮かべられない。だから、カカシを訪ねる折りに、マグカップではあるがコーヒーを出されたりすると、そのたびに、はっと何か気づかされるような気がした。
  「洗濯とかするんですか?」
  「え?」
自分もタオルで髪を拭きながら、聞き返す。
  「いい匂いがする」
  「ああ、当たり前でしょ。誰がしてくれんの?変なこと言うねぇ(笑)」
気づくと、カカシからもいい匂いがしていた。
  「アナタからもする」
  「今日は休みだもん。いいでしょ」
仕事の時は、所在を紛らわすために、それこそ、本当にいろんなネガティブになるようなニオイにまみれる。だから、石鹸の匂いがするような同僚は、ちょっと意外な感じがした。
それは、カカシのプライベートに触れている近親感で。
  「サイもいい匂いするよ」
え?
サイがカカシを見る。
乾きはじめた銀髪が解れて、目元にかかっている。
こんなに近くでカカシをちゃんと見たのは初めてだった。
顎の下に剃り残した髭を見つけて、わけもわからずドキドキする。
  「何の・・・匂いかな・・・?」
掠れた声でやっとそう言った。
  「花の匂いだよ」
  「?」
あそこの通りを歩いたろ?
とカカシが説明する。

  あそこの家の裏に、紫陽花が咲いてるんだ。気づいてた?

ああ・・・・
頷きながら、何故か僅かに赤面して、サイは、庭のくぼみの水溜まりに目をやった。
  「ちょっとだけ、花をちぎったろ?」
  「え・・・?」
当たっている。
  「葉の陰から出てきたカエルにびっくりした」
  「は?なんで?」
全くその通りだったのだ。
  「ははは・・・」
  「カカシさん!!」
  「だって、見てたから(笑)」
  「!!」
驚いたし、ムッともしたが、それよりなにより、カカシの意識の中に自分がいることのほうが嬉しかった。
  「ほら、俺、あそこからずっと見てたんだよ」
カカシが庭に降りて上を指す。
サイも降りて見上げた。
  「あ・・・」
思わず声を上げてしまうくらい、二階の物干し台にはためく洗濯物は、新鮮に白く輝いていた。
  「洗濯してる証拠(笑)」
屈託なく笑うカカシの、石鹸の匂いが鼻先をかすめて、サイは、じんわりする心の在処を感じていた。
  「二階があったんですね」
  「気になるのはそこか(笑)。二階に部屋はないよ。あの物干し場だけ」
そのシーツのピンと干されている様に
  「今すぐにでも結婚できますね」
というと、
  「まあね(笑)」
と笑っている。
近くで、蝉が鳴いていて、今夏初めて聞くその鳴き声に、サイがしばし黙る。
地面にできた水溜まりは大きく空を映し、その青さは、どこか別なところの空のような、不思議な感じがした。
  「海みたいだね」
ふっとカカシが言う。
水溜まりの青に、カカシは海を見ていたらしい。
  「ええ(笑)」
カカシの発想が幼くて、それが愛おしくて、いつも、年上のような感じがしない。
  「もう、昼だね。お腹空かない?」
  「そういえば・・・空いてます」
  「なんか作ってあげようか?」
サイが黙る。


また、不意打ちだ


かたづけようとカカシがホースを拾い上げる。
  「今日は暑くなるねぇ~」
サイの返事を待たず、独り言のように言いながら、カカシがホースをまとめる。
そのホースの端から、水溜まりに水滴が落ち、海のように波が立つのを、サイは見ていた。



2009.06.07