56日分の驚愕




明日はもう退院という日。

さっとまとめた身の回り品。
私には物欲が無いから、持ち物も年頃の女の子とは思えないほど少ない。
多分、時代のせいだろうとは思う。
多かれ少なかれ、私の同期はそうだろう。
何度も、何度も、一瞬で何もかもが無に帰すのを見てきた・・・・・

モノは壊れる。

モノは無くなる。

私は窓を見上げる。
見ていたのはたった一週間だったけど、眠りこけていた私の56日は、この世界と繋がった窓を記憶のどこかに刻んだに違いない。
こんなに・・・・此処を去ることが寂しいなんて。
灰色に満ちた四角い枠の中を、多分、見ることに専念していないと気づかないくらい小さな欠片が舞い落ちる。
強い風にフワッと吹き流されて、それは確かに雪だった。
  「サクラちゃん」
ナルトが来た。
  「明日、退院だね。どう?身体の調子?」
  「今、このままアンタと任務に行ける」
  「はははは・・・・さすがだね」
この忙しい成長株は、隙さえあれば・・・・いや、多忙の中、時間を作って私に会いに来てくれる。
初恋だけじゃ説明がつかない気がしないでもないが、ナルトの好きな「仲間」ってことね、と一応の納得はしている。
ナルトはモジモジとらしくない所作でベッドの脇に立っている。
  「?なによ?」
  「先生と・・・・なんか・・」
  「なに?」
  「し・・・進展あった?その、キス以外の・・・・」
  「な、ないわよっ!!」
  「お、怒るなよ」
  「怒ってない。だって、いきなりそんなこと・・・」
  「だって明日だぜ?どうすんだよ」
・・・・そう。
打つ手もなく、一週間。
恋人である先生との時間をまるっと忘れてしまった薄情な私。
私の視線は、木枯らしが吹く窓の外に逃避する・・・・
  「お、俺の知ってることだけでも、伝えるよ」
ナルトがベッドサイドの椅子に腰掛ける。
  「あ、そ、そうよ、お願い!!」
私は藁にも縋る思いだった。
ナルトは手を広げて、指を折りながら、ゆっくりと話し出す。
  「えっとねえ・・・先生んちに一緒に住んでるよ」
  「きゃあーーーー!!!!」
  「うわっ、ななな、なんだよ?」
  「え、や、その・・・想定内だけどさ」
  「じ、じゃあ、いいじゃん」
  「でも、その、改めて聞くと、びっくりするのよっ」
  「そ・・・そうだね・・・ははは・・・」
  「・・・・じゃあ・・・あれよね・・・」
その途切れがちな私のセリフから、ナルトは正確に私の心配を読み取った。
  「うん・・・・その・・・・そうだね」
あああ・・・・
しっかり大人の生活してるってことよね・・・・
  「ま、それも想定内だけどね・・・・」
  「・・・・あと、先生は料理が上手らしい」
  「!・・・そうなの?」
  「さあ・・・サクラちゃんが自慢してくるだけで、俺は食べたことない」
  「なによ!?疑ってるの?私のこと?」
  「そこはだって、贔屓目でしょ?」
  「・・・・意外に冷静ね、アンタ」
が、ナルトの指はそこで止まってしまった。
  「・・・・ちょっと・・・」
  「・・・・・」
  「たったそれだけ???!!!」
  「・・・・そうみたい(笑)」
  「一緒に住んで料理が上手い(疑)・・・・これだけでどうせっちゅうのっ?!」
  「・・・・ごめんってば・・・」
  「恋人同士じゃなくても、ぜんぜん普通に周囲が知ってる範囲じゃない!」
  「だな」
ナルトはすまなそうに頭を掻いた。
ひええ・・・・前途多難過ぎるデショ、これ。
でも、まあ、どこに帰ればいいかはわかったから、かろうじて、望みは繋がった・・・・か?
こうなったら、正直に先生に言えばいいじゃない?
・・・・・・
いや、あのキスの時。
先生が、どれほど私を必要としているかを、私は知ってしまった。
ナルトの心配が、的外れではないことを、私は理解した。
それより、なにより・・・・・
先生に必要とされていること自体を、私が支えにしているのではないかと、どこかで気づいていたのかもしれない。
あの、先生が。
鈴を手に、私たちを慈しんでくれた先生が、この私が必要であることを、隠すことなく表現する。
それは、やっぱり先生らしくて、でも同時に愛おしさが滲むような感覚を生んで。

今晩から任務が入って、退院時に来れないことを、ナルトはすまなそうに言うと、出て行った。





私の頭が僅かに沈む。
ベッドの上に何か乗ったようだ。ベッドに横たわった私を、真上から見る形で、誰かの肩が、暗い室内に見える。
  「・・・?」
  「ごめん」
謝ってる・・・・・
  「我慢できなくて・・・」
え?うそ・・・・
どんなシチュエーションよ、これ・・・
起き上がろうとして、自分の上に四つん這いになっている人間に気づく。
  「せ・・・先生?」
人影は頷いたようだった。
先生は、両腕を私の枕の両側についていた。
  「どうしたの?先生?」
  「明日、仕事、入っちゃった」
  「・・・・あ・・・」
  「10日間くらいかかっちゃう」
  「そうなの・・・・」
  「サクラに会えないと思ったら、いつのまにかここに来てた」
  「先生・・・」
  「名前で呼んで」
ぼんやり聞いていた私の脳は、今度こそ、飛び起きた。
な、なまえーーー!????
え?え?え?え?
なによ、どう呼ぶのよっ!!??
まさか、はたけさんじゃないわよね?
ばかばか、そんな恋人、いないっちゅーの。ど、同棲してんだから(照)
カカシ・・・さん、か。
いや、きっと呼び捨て。
ぎゃあああ・・・・先生を呼び捨てってか。
できない、できない、できないよおお・・・・・
こっぱずかしい・・・・・・
  「サクラ?」
  「あ・・・」
暗さに慣れた私の目は、切なげにこちらを見つめてくる先生の目をまともに見てしまった。
み・・・・みたことない・・・・
こんな先生、みたことない・・・・
なに、この・・・目・・・・
映画で、そう、映画で見たことあるわ。
愛し合ってる目よ!!
もう、世界は二人のために、の目よ・・・
  「(笑)・・・俺の名前、忘れちゃった?」
ああ・・・先生・・・・
私のことを微塵も疑ってないのね。そんなにかわいく笑わないでよ。
演技しなきゃって思ってた私は、先生の目を見るたびに気づかされる。
記憶なんかなくても、何度でも、恋に落ちること・・・・
  「・・・先生」
  「もう、先生じゃないよ」
  「違う」
え?と先生の目が丸くなる。
切れ長な整った目のラインは、その綺麗な形のまま驚いた形になる・・・・
  「カカシは私の先生だわ」
先生が黙る。
たぶん、戸外は、静かに雪が降っている・・・・
  「いつまでも、いつまでも、私の、大事な先生だわ」
先生は何も言わない。
私の手が自然に伸びて、先生の肩に触れる。
それはちょっと冷たくて、私の腕を粟立たせる。
先生が、いきなり私を抱きしめて、「あ」という私の声が、病室の虚空に響いた。
  「サクラ、サクラ・・・」
先生が耳元で私を呼ぶ。
私も先生の身体を抱きしめる。大人の男の身体を感じて、体内を血流が激しく巡る。
先生に、憧れていた。
幼心に、サスケ君とは違う・・・・異性を感じていた。
腕に力が入る・・・・
  「サクラ、抱いて」
ええ・・・だから、こうして抱きしめて・・・・え?
ど、どういう・・・・
  「え?」
  「・・・規律違反だね?」
や、そこに反応したんじゃないんですが。抱いてって聞こえました。
いや、抱いていい?って言ったのかな?
先生が私の顔色を見て、身体を離そうとしたから、私は反射的に先生を拘束した・・・怪力で。
  「あ・・・ちょっ・・・くるし・・」
  「あ、あ、ご、ごめんなさいっ・・」
  「いや、謝るのは俺・・・ちょっと調子に乗った・・・」
先生・・・・
  「でも、せっかく目を覚ましたのに、10日も会えないのは正直、辛い」
それは、私もそう。
  「抱いてくれなくていいから・・・此処にいてもいい?」
・・・・・・
聞き間違いじゃない・・・みたい・・・・
抱いてって言った、この人。
ちょっと、ナルト・・・・この二人、どういう関係なの!!??





2010.12.06.

続きます