祭りの夜




夏の終わりは、いつも寂しい気がする。
終わりというのは、なんでもそうだろうけど、夏祭りが終わった後の、もうすぐそこまで来ている秋の静かな風を感じる夜は、やっぱりとりわけ寂しかった。





ああ・・・・そうか・・・

明るい電飾と、人のざわめきに、サクラは一人頷く。
  『今日は夏祭りだ・・・・』
厳しい修行の合間に、必要な薬剤の購入のため、火の国の街に出た日の夜。
遅くなった帰り道を急いでいて、夏祭りに集まる人々の間に入り交じった。

忘れていた、と思って、でも、忘れていたかったのかもと思い直す。
それまでは、同期の連中と形にならない興奮と共に夏祭りを楽しんでいたサクラだったが、今は、その仲間もいない。近くで騒ぐ人々の楽しそうな喧騒は、里に一人残っているサクラには、遠い、音も聞こえない花火のような儚い感じがした。
去年までの、ほんのちょっと前の夏。
何も無く、ただ騒いで、喋って、でも、何かがあるようなあてもない期待感で満ちていた。
綺麗な赤い金魚を掬ったサスケが、それをサクラにくれたこと。
急に消えたナルトが、安っぽい髪飾りを持ってサクラの前に現れたとき、ちょっと好きになったこと。
・・・・・
サクラは吐息とともに辺りを見回す。
美味しそうな匂いや、ほんのりとあたりを照らす黄色い明かり。
人々の朗らかな話し声。
下駄を鳴らす音。
いつまでも、その中に留まっていたい自分がいて、サクラは大きく溜め息をつく。
走りっぱなしだった自分に、今、ようやく気づいた気がした。

もう戻れないし・・・・・
もう、止められない・・・・

ぼんやり歩くサクラの側を、子供達が駆け抜ける。
サクラはゆっくりと、もう一人の7班のメンバーを思い出す。
  『カカシ・・・先生・・・』
いつも味気ない忍者の格好のままで、私たちに引っ張られるままついてきてた。
何回か祭りなどに引っ張り出したが、ついに、あの仕事の服以外の先生は見ることができなかった。

ただ

去年の祭りだった。
みんなと射的で遊んで、ふっと気づくと、先生は外れの境内の石段にボーッと腰掛けていた。
多分、先生も気を抜いていたんだと思う。その纏う空気が、いつもの先生とは違っていた。
それまでは、お父さんみたい、と思っていたずっと年上の先生が、全然知らない男の人に見えて、そして、その違和感は、イヤな感じがするものではなく・・・・・
サクラは、立ち止まって固まったまま、声をかけることができなかった。
カカシはすぐにサクラに気づき、
   「お金、無くなったの?」
と、お小遣いを無心に来た子供を見るような優しい目でサクラを見た。
   「え?・・・いやだ、先生」
夜店でお金を使い切る子供に見えるのかな?
ちょっと赤面して否定する。
カカシは立ち上がると、ポケットを探る。
その背は高く、いつも見ている姿なのに、「男」になった先生は、サクラの心臓を跳ねさせる。
   「これしか持ってないけど」
カカシが差し出した手には、お金が乗っていた。
軽くサクラのお小遣いの数倍はある。
   「や、だから先生、お金なんかいらないよ」
   「え?いいよ、べつに。遊んできな?」
カカシはサクラにお金を握らせると、また、石段に座り込んだ。
気づきは一瞬で・・・・
サクラは、子供扱いに赤面したまま、でも、理解する。

お小遣いの妥当な額を知らない先生。
それに、まだ20代じゃないの。
周りの人みたいに浴衣を着たら、ただの「はたけカカシ」っていう男の人。

サクラは、お金をカカシの目の前に突き出す。
   「いらないの?」
カカシが言う。
   「もう欲しい物、ないもの」
   「じゃあ・・・・そうだな、何か飲み物買ってきてよ」
   「いいよ」
言って、サクラはカカシの隣に座った。
サクラの行動の意味がわからず、カカシはサクラを見た。その様が、いつもと違う感慨を呼び起こす。
わからないままこちらを見る先生は、可愛かったのだ。
   「買ってきてあげるけど、私のお願いも聞いてよ?」
なんだ、という安堵の空気を漂わせ、カカシは「いいよ」と言った。

   「カカシ先生、顔、見せて」

明らかに、カカシは一瞬詰まった。
そのときの、カカシの大きく見開いた綺麗な目の印象は忘れられない。
が、「仕方ないな」と言うと、あっさりその顔を見せてくれた。
ずれた覆いの後ろから、イルカ先生とは全く違う種類の顔が覗く。
滑らかな肌、整ったライン・・・・

   「・・・・・」
   「サクラ」
   「・・・え?」
   「なんか反応してよ(笑)」
   「だって・・・・」

すごく、かっこいいんだもの・・・・

   「だって何?」
   「・・・出っ歯じゃないんだ・・・・」
   「え?・・あ、ははは・・・そんな風に思ってたんだ」
先生はびっくりしたように笑い、その視線は、こちらにやってくるナルトやサスケを見つけたらしかった。
すっと顔を隠し、共有の秘密を確認するかのように、カカシはサクラを見る。
わかったと、笑顔で頷き・・・・・・





いつの間にか、祭りの人並みを通り過ぎて、また、寂しい道に入る。
微かにぶつかる薬の瓶の音だけが静かな夜道に響く。
早く帰ろうと、歩くスピードを上げたとき、目の前にいきなり人が立ちふさがった。
火の国だからと気を抜いていたサクラは、びっくりして人影を見上げる。
  「サクラ!!」
カカシだった。
  「せ・・・先生?!」
カカシはきつい目差しでサクラを見下ろす。
  「遅いから、火影様が心配してるぞ」
え?
師匠が?
サクラは、驚くやら呆れるやら・・・・
どうしてこうも里の大人は、私が子供にみえるのかしら(笑)
  「お祭りを見てたんです」
  「祭り?」
先生は覚えているかしら?
去年の、あの日・・・・

カカシは、ふうっと息を吐き、
  「火影様も過保護だよね、サクラのことになるとさ」
カカシも、その実ホッとした顔をしている。
その空気のままに、たぶん、思わずカカシは、サクラに手を伸ばした。
それは、遅れてきた恋人の手を引こうとする仕草のままで、サクラは一瞬カカシを見返す。
サクラに見つめられて、カカシは初めて自分の行動に気づいたらしく、
  「あ」
と言って赤面した。
  「私の荷物を持ってくれるの?」
サクラが笑ってそう言うと、開き直ったカカシは、
  「サクラごと持ってやるよ」
と言いざま、サクラを抱き上げた。
そのままいきなり走り出す。
  「ははは!!先生、早い~!!」
それは、突然手渡された祭りのお土産みたいに、サクラをはしゃがせた。
  「は、はあ・・・う、動くな、サクラ!!」
  「はははは・・・キツそうね、先生。もしかして私、重いのかしら?」
  「!!・・・・・いや、ぜんっぜん!!」
暗い帰路は思いがけず楽しくて、サクラは思いっきりカカシに体重をあずける。
ぐっというカカシの喉の奥の声が聞こえて、サクラはまた笑った。

揺れるカカシの銀髪越しに、そっと後ろを振り返る。
暗い森の向こうに、遠い火になった祭りが見える。
  『ああ・・・』
さっきまでその中にいたとは思えないほど、今は遥か遠い。
一人で帰っていたら、振り返らなかった。
振り返ったら、自力ではどうしようもないほど、寂しかっただろうから。
  『今は・・・大丈夫・・・』
カカシの髪にキスをして、それが自然なくらい、もう、夜は深かった。





2009.06.16.

カカサクっぽい?
でも、基本、サクカカです。