月明かり




声を出しても、すべて吸い込まれてしまいそうなほど闇が深い。
闇のずっと奥に小さな月が出ていて、そこから白く光が落ちている。
それ以外は、深い闇。

  「月明かりって怖いよね」

凄腕の忍者がそんなことを言う。
Dランクの任務だったのに、オプションで雑用を片付けたら、こんな時間になった。
ナルトやサスケくんとだったら、こうはなっていない。
先生っていう責任者がいたから、の、予定変更。
  「あ、任務遂行の上で、って事じゃないよ」
先を聞こうとして無言だったことが、先生に言い訳をさせた。
  「夜で視覚が敏感になってるから、コントラストに弱くなる。ちょっとした影も怖いよね」
でも、怖いって・・・?
  「お化けでも隠れてそうじゃない?」
先を行く先生の背中に、私は吹き出す。
先生も笑って、でも「マジだよ」と言った。
  「相手が忍者なら、取引も成り立つでしょ」
  「取引?」
  「うん。俺疲れてるから戦いたくないし、君もやめにして帰ったら?みたいなさ」
先生にしか成り立たない「取引」の話が、僅か先を行く肩から、柔らかく降ってくる。
  「でも、お化けは俺のこと、知らないだろうからなあ~」
私は、落ちてくる声を耳で大切に拾いながら、先生の腕を掴んだ。
  「でも、それって、先生にしかできない取引よね」
  「そーか?」
  「有名な写輪眼のカカシにしかできないわ」
先生が笑ってこっちを見た。
  「俺よりサクラにぴったりな話だろ。ナルトをぶっ飛ばす、あの怪力を見たらさ」
  「ひっどーい!!」
言いながら、私は掴んだ先生の腕ごと、その身体に軽くぶつかる。
  「ほらほら・・・いてて・・・」
大げさに反応した先生は、綺麗な輪郭の目で、流すように私を見て笑んだ。
月の光に、濡れたように輝くその瞳は、子供な私の何かを揺さぶる。

揺さぶられて
心臓が言うことをきかない
内側から感じる熱い何かを、良く見極めようとして、真面目な私は

  「どしたの?」
  「・・・・え?」
  「急に黙って?」

先生の腕を掴んだまま、沈黙してしまっていた。
  「・・あ」
多分、耳まで赤くなった私を、先生の優しい声が包む。
  「怒るなよ、サクラ」
怒ってなんかいない私の困惑を、そうやってフォローしてくれる先生。
腕にまわされた私の両手を、身体で軽く挟み、ぐいと夜道を先導するように歩いた。

月は、さっきよりもっと高いところにあって。
サーチライトのように上から白い光が落ちてくる。
銀髪を光らせて、肩から下が、もう影になっていて。
現実の中で、夢を見ているような、不思議な感じがする。

  「誰もサクラに逆らえないさ」
  「私、そんなに馬鹿力じゃないわ」
  「そんなこと言ってないよ」
  「言ってるじゃない」
  「・・・・・じゃ、訂正する」
  「?」

先生が、私を見下ろして、今度こそ、私は先生の睫毛の色まで、きっと見た。

  「少なくとも、俺は逆らえないね」

どう反応していいかわからない、私の視界を、月に焦がされた流れ星の軌跡が横切る。
私がもっと、幼かったら「なんでも言うこときくのね」と、無邪気に笑えたのに。
かといって、軽く流せる大人でもなく。
中途半端な自分がイヤ・・・・

月は黙って私たちを照らして、反応のない私に、先生はいぶかることもなく夜道を進む。
  「ああ、そうか」
突然、先生が声を上げた。
  「え?どうしたの?」
  「俺ってMなのかもね」
・・・・は?
  「サクラにぶっ飛ばされるナルトがうらやましい」
こいつ・・・・
言いやがった。
  「さっそく願いがかなうわよ、先生」
  「え?え?」
  「乙女心を弄んで!!」
  「え?ええ?な、なに?ゴメン・・・ってか、乙女?(って誰?)」
私の思考の軌跡を知らない先生が、大仰に驚いて、
でも、ジリジリするような、もつれた糸のような情感が身体を満たす。
逃げる先生の背に、ちょっと大人な笑い声をかぶせて、私は空を見上げる。


先生に、馬鹿な告白させちゃうなんて、

やっぱり月明かりって怖いんだ・・・・



2009.03.20.