巡る




輪郭を空気に滲ませ、雪が落ちる。
初雪にしては大きな綿のような姿を、ブラウン運動のままに、見事な揺れと速度を持って。
見上げる空に手前の木の梢は黒っぽく広がり、向こうでは、暗くなり始めた中にあって、変に日の光を集めた雲が流れている。

宇宙から降りてきた風が、耳元を掠め、俺は肩をすくめて、もう、冬が来た。

  「どんな時より」
ナルトの声は、今、目の前を落ちる雪のように風に溶け
その音に多分、意味はない・・・・
  「こんな枯れた景色の中でのほうが」
二人の踏みしめる落ち葉の音が、生き物が這いずるように、爽やかじゃない。
  「・・・なんか、先生を感じるな」
俺はゆっくり振り返る。
風に色がついて、ちょっと前には、たくさんの木の葉を含んで流れたろう空気が見えるようだった。
それは、べつに今年の秋の景色じゃなくて、
今見る雪も、今年の雪じゃない。
  「お前は即席詩人か、それとも・・・」
そう、何回も繰り返しているただの空気の循環・・・
  「それとも?」
  「ただの助平野郎か?」
ははは・・・と笑って、麦の穂色の頭を掻く。
呼吸が苦しい感覚に、でも、俺も認める。
  「俺も・・・」
  「え?」
俺たちが、いや、俺が、だ、
お前を含むこの眺めを支えにして、それ無しでは到底生きられない事を充分承知して、
でも俺は、この瞬間ですら、なんでもないただの循環であることを、知っているんだ・・・
  「ナルト」
俺の声は、俺の諦念をよそに、意外と爽やかだった。
  「俺も、なんか、お前が近いよ」
ナルトの動きがゆっくりと、錆びた機械のように止まる・・・

なんどもなんども、
時間は倦むことを知らずに、
なんどもなんども、同じシーンを繰り返すだけなのに。
どうして、このありふれた空気の中から、いちいち、「何か」を拾い上げるんだろうなあ。

俺は思いっきり落ち葉を蹴り上げ、吐く息で、優雅に舞い落ちる雪を溶かした。
何かを見つけたらしいナルトに、俺は言う。

  「白状するけど、俺には、ホントは大義名分すらないんだぜ?」

は?とナルトの意識が戻る。
俺は大笑いした。
俺が掻き回す淀んだ時間に、可憐な雪も動く。
笑いながら、俺の視界は微妙に歪んで、落ちる雪が熱い頬に心地よい。

  「俺はさ、何にも期待なんかしてないし、そうせざるを得ないような強い衝動もないんだ」

知ってても、そう気がついても、熱くいられる先生のようには生きられないし、
すべてをわかって、でもどこまでも優しいお前の師匠のようにも、俺はなれない。

  「昨日と同じ今日という時間に、今日みたいな明日という時間・・・・同じだ」
  「・・・・・」
  「何も変わらない。変えられない」
  「・・・・・」
  「腐った時間の繰り返し。俺が死んでも、また生まれても」

もっと優しくなりたいよ、ナルト。
ぼろぼろといろんな「何か」を落としながら走らなきゃならなかった俺は、この巡る季節と一緒だよ。
淀んだ時間を、さらにただ走るだけ・・・・
と、
ナルトの気配が動く。
俺はつられて顔を上げた。

  「ふん。何にも知らねえくせに」

驚いて俺はナルトを見る。
その顔は確かに笑っていて、彼が言う枯れた景色の中で、生き生きと・・・・美しかった。
雲が空ごと大きく動くような背景の前に立ち、瞬間、映画のセットみたいな効果は充分感じていた。
  「お前にそんなこと言われるなんてね・・・ああ、びっくりした」
  「俺は、ホントの事を言ってるよ。先生は何にも知らないんだ」
  「俺の言ってることが冗談に聞こえるなら、まあ、それはそれでいいよ」
  「冗談に聞こえないし、俺もからかってない」
  「・・・・・」
  「先生はさあ、」

セットの中のナルトは、
首の傾げ方も、
風に乱れる髪の動きも、
俺に言い聞かせるように言う唇の形も、
ポケットから出しつつある手も、
若い甘さをちょっとだけ残した掠れたようなカッコイイ声も、
落ち葉を弄んで、持てあますくらい長い足も、
俺に向ける何かの感情に満ちた目も、映画の台本を演じてるかのように完璧だった。

  「先生は、自分の事、知らなさすぎるよ」

ナルトの手が俺の腕に触れる。
強い力で掴まれて、俺の足は数歩、ナルトに近づいた。
  「・・・しってるよ、がっかりしちまうくらいにはな」
  「ははは・・・・アンタの存在が俺をどんなに滅茶苦茶にしてるかは知らないよね?」
  「・・・・何となくわかる・・・けど」
ナルトの会話から逃げて、俺の目は、青灰色の空を見る。
  「すべてに、意味なんてないからこそ」
その声は、さっき聞いたように、冬の空気に溶けた。
忍者としては優秀かもしれないが、生きるということで、俺は、完璧に劣性だった。
俺だけが倦んで、すべてに飽きて、必死が煩わしい・・・・
腕を伝ってくるナルトの体温が、でも、俺の鼓動を大きくする。

  「この感情は大事にしたい・・・いや、もう、浸っていたい」

ナルトの声は朗らかで、いつも嘘がない。
俺はまだ、なにか言いたくなる斜めな気持ちを抑えつけて、ナルトに身体をぶつけた。
彼の手は俺の腕を放し、すぐに肩を抱き直す。
  「ナルト、よくわかった」
  「なにが?」
  「俺の理屈がまだ理解できないお前に、もうこういう話はしないよ」
  「ははははは!!」
  「なんだよ?」
  「俺以外の誰が、先生の面倒くさい話、聞くっていうんだよ」
  「・・・・」
言葉が出ない。
絶句する俺を、身体ごと歩かせて、さ、雪が降ってきたし、と、ナルトは世間話の続きのように、
  「先生を甘やかせられるの、俺だけだもんな」
と、俺にとどめを射した・・・・・





遠くの雲は、今は暗い空に沈み、その表面に僅かに夕暮れの桃色を乗せている。
  「な、先生」
  「ん?」
  「何回繰り返してもさ」
  「・・・え?」
  「こんなクソみたいな時間がいくら繰り返されても、俺のほうがしつこいぜ?」
今度は俺が笑った。
  「(笑)知ってる」
  「な?丈夫だしさ、いくらでも振り回して、ね?」
ナルトも笑んで俺の顔を覗き込む。
その青い瞳に、俺は単純に泣けてきた。
暗色の木の梢の白い綿の飾りのような雪は、まだ、映画のセットの中にいるようで、
俺は腐った時間の繰り返しを忘れそうだった。




2010.10.17.