もう一度だけ


長くて曲がりくねった廊下は、
あと数年もすれば人生みたいだっていう感想も出るだろうけど、
6才だった俺には、3代目の部屋に至るただのワインディングロードだ。

冬真っ盛りの午後は、それでも白い膜を被ったような黄色い太陽が出ていて
底冷えするような厳しさはない。
でも、その空気には他の季節にはない妙な静けさが満ちていて、
俺は、乾燥しきって軽い音を立てる板張りの廊下を急いで駆け抜けた。

じっちゃんを脅かすために、私室のかなり手前から静かに歩く。
その頃の俺は、気配とか、チャクラとか、聞きかじりでしか知らなかったから、
どんなに静かに侵入しても気づかれる事が不思議でならなかった。
それでも、諦めない。
今度こそ、今度こそは、と飽きずにチャレンジしていた。

呼吸を整えて、静かにドアをスライドさせる。
毎回のようにしていることだから、俺的には完璧に近かった。
細く開いた引き戸の隙間から、中を覗く。
うわ、成功したな、こりゃ、と思ったが・・・・

じっちゃんが・・・いない?

俺は静かに、引き戸を開けて中に入った。
じっちゃんがいつも座っている机の所に行ってみる。
整理好きなじっちゃんらしく、その上はかたづけられていて、
俺は、じっちゃんが部屋にいないことを知った。
この机の感じは、会議とか、出張とかでいないときと同じだ。
な~んだ、と振り返って、

俺は心臓が止まった

かと思った。
応接セットの長いソファの上に人が寝ていた。
俺は、もう一度よく見る。

裸の男の人が寝ていた。

毛布みたいなのは下半身にかかっていたけど、
どう見ても裸だ。
まず、なんで裸なんだろうと思った。
ああ、おねしょかな?
まだずっと幼かった時、布団を汚しちまったとき、自分も全部脱がされたからなあ。
でも、この人、大人だよな。
大人もおねしょするのかな?

つぎに、なんでここに寝てるんだろうって思った。
じっちゃんの部屋なのに。

俺はその人に近づく。
すげえ。ぐっすり寝てる。
ああ、今日、じっちゃんがいたらなあ。
このくらい近寄って、頭はたいてやんのに。

と、その人の下半身が気になった。
すごく綺麗な顔をしていて、男だってわかるけど、変な感じだった。
チンポあんのかな?
っていうか、大人のチンポってどうなってんだろ。

俺が手を伸ばして、毛布を除けようとして。

手首を掴まれた

え?
誰の手?
あ、この男の人の?
え?
全然わかんなかった。
いつ、動いたの?

俺がびっくりして、掴まれた手首と、目を覚ました男の人の顔を交互に見る。
男の人はこっちを見ていて、怒られるんじゃないかと、すごく怖かった。
でも、その人の表情は静かで、そしてやっぱり綺麗な顔で、
俺はその顔から視線をそらすことができない。
と、その人は、
   「エッチ」
というと、俺の手首を離した。
俺は何も言えない。
びっくりしたのもそうだが、子供心に、確かに俺はエッチだと思ったせいもある。
男の人は、欠伸をしそうな感じで伸びをすると、
   「火影様に用事かい?」
と続けた。
   「うん。じっちゃんと遊びにきた」
あーそうか、とその人はいきなり立ち上がり、エッチとか言ったくせに、毛布をソファの背もたれにかけたから、俺は、全部見てしまった。大きかった。
   「火影様はね、ちょっと急用ができたんだ」
その人は、床に落ちていた服を拾うと、どんどん着ていく。
   「かわりに、おじさんが遊んであげようか?」
   「おじさん?」
俺は、その人が自分のことをおじさんと言ったとは思わなくて、他に誰かおじさんがいるのかとキョロキョロした。
身支度を終えたその人は、
   「なんだよ~、俺と遊びたくないの?」
と言ったので俺はびっくりした。
   「だって・・・・おじさんじゃない」
そのとき、初めてその男の人はギョッとしたように俺を見た。やっと人間らしい表情が浮かんだように見えて、なぜか俺はまた目が離せない。左目に傷があることに、今更気づく。
   「え?俺のこと、知ってるの?」
俺はその人に言い訳するように急いで言う。
   「知らない、知らないけど・・・だって、おにいさん・・・」
   「は?」
   「おじさんじゃなくて、おにいさん・・・でしょ」
ああ、とその人は頷くと、俺に近づいて、身を屈める。
鼻同士がくっつきそうなくらい顔を近づけると、ニコッと笑った。
   「かわいいなあ。でもね、俺は、20才すぎたら、全部オジサン、オバサンだと思ってたよ、君くらいの時はね」
と言って、俺の頭を撫でた。


じっちゃんとの遊びは、全力で遊びたい俺と、ズルして休みたいじっちゃんとの、ギリギリの攻防になり、気づいたら、幻術を喰らった俺が一人で鬼ごっこしていたり、隠れんぼの鬼になった俺の頭上で、ずっとじっちゃんがお茶を飲んでいて日が暮れたりとか、そういうのが多かったけど、この人は違った。
全身を使って、走り回って、つかみ合って、取っ組み合って、俺は最高に楽しかった。
最後は、呼吸困難になって倒れ込んだ俺を、
   「大丈夫か」
と見に来たおにいさんに喘ぐように笑いながらキックをして。
笑って細くなる景色が、ちょっと涙でにじむ・・・・





あれが、カカシ先生だって知った・・・・というか、思い出したのはつい最近で。
記憶って不思議だ。
俺は、ずっと覚えていたのに、アカデミーに入ったときに多分、忘れた。
待機所で、いつも顔を合わせているのに、俺はずっと忘れたままだった。
あのとき先生が裸だった理由も、三代目の葬儀のときの記憶と、今の俺の知識をあわせて、今は、理解している。
そう、おねしょじゃないって。

今日も、先生は、ボーッとした風貌で、隣のサクラちゃんとなにか話をしている。
時々、笑ったりしているから、ふざけた話なんだろう。
この、胡散臭いルックスの先生が、あの日、俺と一緒になって遊んでくれたという、
その時間の一欠片が、どうしてこうも俺の心を締め付けるのだろうか。
先生と、上忍師と生徒として出会ってからは、
俺は、ずっと思い出せないでいたし、カカシ先生こそ、覚えているのかいないのか、
お互い、その時のことを話したことはない。

でも、何もかもはっきりさせないとイヤな自分が、
この点についてだけは、沈黙を守っている・・・いや、
そういう我慢もできるんだと、俺が一番驚いている。

先生とサクラちゃんが何度目かの笑い声を上げる。
それは本当に楽しそうで、
俺は、あの日の6才の俺自身と、その俺といっしょに遊ぶ先生を、
冬の空気ごと、おもいっきりここで抱きしめたい衝動と闘っていた。



2013/01/12