10 無理矢理「しんみりさせる」 [サクカカ]


生き急ぐような連中の足を
全力で抑えるのが俺の役目だった

それでも諦めない奴らは
大人をも巻き込んで、世界を変え始めていた
自分の生きてきた時間と彼らの空間が、引きちぎれるように摩擦するのを
いつもリアルに感じていた
自分の役割を自覚し、断腸の思いで引いたこともある
そんな分別も、くだらないプライドみたいで
何度も何度も落ち込んだ



里を守っていた俺は
時折、サクラとは顔を合わせていた
それでも、もう自分の生徒じゃない彼女と
数ヶ月顔を合わせないなんてのはデフォルト

挨拶程度じゃわからないその成長も
俺はあえて知ろうとはしなかった

信じていたから

誰が師匠で、彼女の能力がどうで、とかそんな事は関係なかった
俺は、あの7班を信じていたから
サクラを信じていたから

そして、
彼らをこんなにも純粋に信じることができる
自分の時間をこそ、俺は愛していた

いつも、いつも、時間の突端に立っていて
生きるということは、そういうことで
俺がいつもその背に抱いている多くの人生のために
俺は俺を信じ、愛し、拘束した





  「あ、先生!!」

不意に背後から声をかけられて、その透明な声質に一瞬止まった。
夕日に染まり始めた中を、振り向く。
予想された風景は、あっさり俺の想像を凌駕し、サクラは凄く綺麗だった。
夏が終わりかけ、秋風が混じり始めた色の中を、
どうしてそんなに艶が出るんだろうと思うほどキラキラした髪をなびかせて。

  「サクラ」

俺は笑顔で応える。
サクラは、無駄のない動きで俺にかけより、彼女もその笑顔を俺に向けた。
初恋も、綺麗な女性に翻弄されるような時代も、戦争に紛れて、
それでも、神様は、ちゃんとこういう時間を俺にもくれるんだなあと、感謝する。
今、これが、儚く散る初恋だとしても、俺はそれでよかった。

  「先生、久しぶりですね!」

小さいときはため口だったのに、今は、俺に敬語だ。
胸の奥がくすぐったくてたまらない。

  「そうだね・・・3ヶ月逢ってないかな」
  「あら、その3ヶ月前のサクラは誰かしら?」
  「え?」
  「先生ったら。私、半年、里を出ていたんですよ(笑)」

サクラが本当におかしそうに笑って、不意に俺の首元に手を伸ばしたから、その行方を見守る。

  「気の早い落ち葉です」

また、目をクリッとさせて、そのオレンジ色の葉を指に挟んでクルクル回す。

  「私なら、先生の事、暗殺できそうですね!」

物騒なことを、可愛い声でそう言った。

  「馬鹿だなあ、サクラ」
  「え?どうして?」

サクラはホントに不思議そうに俺を見上げた。
唇に透明な光の粒が乗っていて、初恋までは許されても、
これを食べることは許されていないんだなあ、と人ごとのように考えてみた。

  「サクラには、正々堂々、殺されるよ、俺」

冗談のつもりで言ったのに、サクラの目がグッと大きく見開かれて、俺はビックリする。
唇の色に負けない光が、見る見る目に溜まって、綺麗な、ホントに綺麗な海みたいだった。

  「サ・・サクラ・・・?」

馬鹿な事を言うなと、真面目なサクラに肩口をどつかれるところまでは予測してこっそり身構えたが、サクラは動かない。
初恋も、恋愛も、どっかに深く沈殿させてしまった俺の経験じゃ、どうしていいかわからない。

  「サクラ?なんかわかんないけど、ごめん」

俺の無様な謝罪に、瞳の海を溢れさせて、サクラが微笑んだ。
傾きかけた太陽の温度で満たされた涙が、つっと目尻から落ちる。
網膜に火花を散らすような景色に俺のすべてが奪われて。
高度な術のように、時間がゆっくり止まるのを覚えた

サクラが俺を抱きしめる

オイルの切れた歯車のように、思考がゆっくりと止まり
俺はされるまま、目の前の夕日を眺めた。
夕日は、俺たちの時間に無関係に、いつもこうして輝いてきた・・・

  「もう、子供じゃないんです、先生」

サクラが言った。

  「冗談みたいに、」

サクラの腕の力がちょっと強くなった。

  「冗談みたいに、ホントの事言うの、やめて」

今度は俺が喉を詰まらせる番だった。
これだけの会話で、俺たちは、何もかも理解し、
出会った時から、互いに微塵もぶれていない思いを、またその胸に深く深く納めた・・・・






夕日がもう、眩しい輝線だけになる。
サクラと並んで歩いて、近くなった目線に、また俺の胸が痛くなる。

  「先生、今夜、お時間あります?」
  「サクラとのデートはSランクだよ。最優先」
  「じゃあ、一楽いきましょう?」
  「もちろん、いいよ」

じゃあ、あとで、と辻で分かれたが、多分、デートはお預けだ。
お互い、自由になる時間なんてほとんどない。
もうすっかり暗くなった道を駆け出しながら、深夜からの仕事を考えている。
人手不足で、昔の仕事を容易に連想させる内容だ。

  敵にボロボロにやられて、満身創痍で、一楽にたどり着く俺。
  ヒロインのサクラが、泣きながら、俺の口にラーメンを突っ込む・・・・

ちょっと馬鹿な映画のシナリオを考えて、自分で、吹き出した。
おかしなもんだな。
これだけの立ち話で、俺は、世界一脳天気な忍者だ。

走る速度をあげて、雑念をゆっくり払う。
脳髄から吹き出す雑念のイメージは、風を切る俺の背後に飛び退っていく。

もしかしたら
恋したかも知れない平和な未来も、ゆっくりと夜の闇に溶かしながら

俺はまっすぐ走り抜けた





2015/08/29