波風立てる




  「熱燗」

と、カカシが即答する。
率直な感覚を手放した、大人のくだらないジョーク。
たとえば、そう、
  「熱燗」
とカカシが、即答する。
  「アホか」
ナルトはポツンと返して、そんな一瞬でも口を開けたことを後悔する。
唾液すら、ジュッと干上がるようだ。





目の前には、白い道。
太陽は真上。
大きな杉の木に登っている二人から見えるのは、ずっと後ろから続いている道が、そのままずっと前に続いている景色。
炎天に茂る緑は、かろうじて、激しい光線は遮ってくれているが、それだけだ。
熱せられた空気は、ジリジリと、長く細く続く白い道から、上がってくる。
見張りを兼ねた休憩、いや、休憩をしながら見張って、今日は、いくらかのんびりした境界監視・・・・
  「アホじゃない。マジだよ」
カカシが、自分だけ別空間にいるかのような涼しげな声で応える。
どうせ本気じゃないクセに、なんで真面目に語ってるかな。
  「こんな暑い日には、熱いのがいいんだ」
屁理屈。
大人はよくそういうくだらない思いつきで、子供を煙に巻く。
じゃあ、溶岩にでも飛び込めば?、という我ながら幼すぎる発想はさすがに口にしなかった。
  「やっぱそこは、冷たい牛乳だろうがよ」
  「はははは・・・頼まれてもやだね」
だらだらと会話を繋ぎながら、でも、と思う。
オーバーな突っ込みを入れないだけ、俺も成長したってば(笑)
思わず笑んで、気がつかない。

と。

カカシがいた別空間が一瞬にしてこちらに同化し、カカシがこちらを見たのを感じた。
あ、来た、と、ナルトは、これもまた無意識に思っている。
  「なに笑ってんの」
いつもの穏やかな声。
  「え?俺、笑ってる?」
  「にやついて・・・へんな奴」
言われて、笑顔のまま、ナルトがカカシを見る。
不自然すぎるくらいの笑顔に、一瞬カカシの表情が硬化した。
ナルトの表情は、いつもの部下のそれではなく、昨夜の出来事を反芻しているギラギラした・・・・

  「・・・カカシ」

ナルトがそう呼び捨てて。
カカシがぐっと詰まるのがわかる。
ナルトのお腹に、また笑いの小さな渦が生まれる。
  「カカシは、もう、俺のもんなんだなあって思うと」
カカシは何も言わない。
眩しすぎる光線が、葉に遮られて、相対的に暗い空間で、カカシの表情もわからない。
  「嬉しくて、顔がにやけるってば」
言いながら、軽く吹っ飛ばされるのは覚悟している。
こういうとき、カカシは、照れ隠しとかいうレベルじゃなく、ただただ、避けることが前提の蹴りを入れてくる。
だから、
  「ガキだな、お前は」
と、震える声で言い返された時、すぐに反応できなかった。
  「・・・・え?」
あわてて、その表情を確かめようと伸ばした手は、場所をわきまえろと、いつものように振り払われることもなく、すんなりカカシの顔に触れる。
木の葉の色濃い陰の中、どうしてカカシが悲しんでいるのかわからない。
頬を両手で挟んで顔を近づける。

風が流れて。

木がザワと騒ぎ、太陽の欠片がチラチラと二人の上にこぼれる。
  「俺、そんなに信用ないか?」
ナルトが何か言う前に、カカシがそう言って、その視線はナルトを見ていない。
どこか、自分の中を深く見つめている感じだった。
  「信用って・・・なんだよ、先生」
  「お前は・・・」
  「な・・なに?」
  「・・・からかってばかりだ、俺とのこと・・・」
ぐるんと世界が一回転したみたいだった。
足下がぐらついて、ぐらついたのが自分の軸だと気づくのに数秒かかる。
  「お前はさー、いつも大人のこと、軽蔑してるけど」
してない。
そうはなりたくないと反面教師にしてるとこはあるけど・・・・
  「俺のことを話すお前こそ、いつもそうだよ」
違う・・・・
  「俺のこと、試してるようで・・・・イヤだな」
ナルトは大混乱しながら、でも、初めて見るカカシの一面を強烈に感じていた。
  「ちがっ・・・せ、先生、違うっ!!」
カカシの指摘は、その通りだった。
だって、不幸は試さなくたって、いつも十分な質量と現実感を伴っているのに、幸せは違うだろ?
何度も、何度も、確かめたくなる。
相手がウンと頷く素直な仕草すら、時に、自分を試す作為に感じる。
  「これ以上、俺は、」
言いかけるカカシを遮る。
ナルトの動きは急で、カカシは視線を落とした姿のまま。
  「ごめん、先生!」
思い切り抱きしめてその勢いで、杉の梢から、二人で落ちる。
ブワッと梢が揺れて、次々とかすめていく葉や枝が痛い。
なにしてんの?お前!!
と目で言って、カカシがナルトから離れて着地しようとする。
そうさせまいと、ナルトがカカシを力任せに抱き寄せて。
グッと腕に力を入れたら、カカシが肺からちょっと空気を漏らし、その微かな音にすら欲情する。
カカシが呆れてナルトを見る。
その目線に、強烈に呆れているという愛情以外の何者も混じっていないのを見て、ナルトは笑う、
  「勝った」
と言って。
同時にバフンと大きな砂埃が舞い上がり、二人分の体重をモロに受け止めたナルトの足は、ビリビリと痺れる。
熱い砂埃にむせて、でも、確かな重さがある砂塵は、すぐに地面に降り積もった。





目を上げると、続く白い道。
照りつける太陽と、ずっと続く道。
その印象がどんなに刹那的だって、別にいいじゃないか。
今は、嬉しい。
今は、幸せ。
  「さすが、俺の先生だってば」
  「はあ?」
カカシは、首を振りながらナルトから飛び降りる。
ホコリも立たない静かな着地。
  「お前も分けわかんないね。でも、」
カカシが上を見上げる。
  「ま、あそこから最速で降りられたな」
投げやりにそんなことを言うから、
  「忍法落下」
と続けて、ナルトが大笑いした。




2012/07/08


2010/08/01 に、前サイトにアップしていたもの