夏がはじまる

[ 注意 ] 「隣の」の、カカシサイド。季節は夏になっています。


広く感じられた縁側に面した庭も、草木が生い茂った今は、暑苦しい色を、日の光に滲ませていた。
  「あとは、だ」
自分の声が、穏やかな庭の空気に吸収されて、残響もなしに消えていく。
初めてサスケを家によんだ春のあの日も、夏の入り口の今では、遠い昔のようだ。
ただ、あのときと同じように、二人して縁側に並んでいた。
  「持てるすべてを総動員して、たたく」
消えていく声に興味を持って、「たたく」にあわせて、左拳を右の手のひらに打ち込んでみた。
拳(こぶし)の音は、声とよほど周波数が違うのか、澄んだ乾燥したような音を立て、ビンッというような残響も発生した。
カカシが、その消える音を拾っていると、サスケがちょっとうんざりした色を混ぜて言う。
  「ガキみたいな事、してんじゃねぇよ」
隣のサスケを見る。
でも、表情は笑みを浮かべていた。
  「俺がいつガキみたいなこと・・」
  「今したろ。音で」

・・・・・・・
ま、洞察力はあるな、昔から。

ということにしておいたが、カカシ自身、サスケのそれが、『自分』にもかなりの割合で向けられていることには・・・・・
なんとなく気付いていた。
ときどき、サクラも同じ目をカカシに向けることはあるが、そこは異性同士、むしろ普通のことだろう。
  『俺だって、たまにエッチな気持ちでサクラ見ちゃうもんな』
社会的縛りが、自分の中に希薄なことは、とっくに知っている。

でも。

縁側から足を下ろしているサスケを見る。
時々雲間から射す陽光が、その若い足に反射して、カカシは改めて、人間の皮膚の素材を認識した。
  『半透明だ』
だから人の肌って柔らかい感じがするんだな~
そういや死んだ人ってマジに青いよな。
生きてると、血液が、半透明の皮膚から透けて見えてるんだな~
  「アンタさ」
不意に思考が分断される。
  「な、なに?」
  「ずいぶん隙(すき)だらけだな?」
・・・・・
隙があるわけじゃない。
なんとなく、今の状況を認識したくない自分がいるだけ。
避けてるんだ、現実を。
・・・・・現実・・・か?
自分にガッツリ向けられているサスケの・・・視線。
どうも、ごまかしきれない。
別な解釈の入る余地が全くない視線。
それは、あれなんだろうか、ほら、その・・・若さゆえのたんなる関心とかさ。
っていうか、そうでなかったら、ちょっとこわいよ・・・・・
  「それは、相手がお前だからだろ」
  「!!・・・・」
  「敵を前にして隙なんか・・・・え?」
カカシは、サスケの顔色に言葉を切る。

赤い・・・な。

ああ、もう・・・・勘弁してくれ。

カカシは、強くなり始めた日差しを仰いだ。

俺も「え?」とか言っちゃって、なに反応してるんだよ・・・・

カカシの混乱した思考が、カカシを黙らせ、しかし、タイミングよく雲を押しのけた太陽がすっかりその顔を覗かせた。
太陽光には、賑やかな空気がある。
沈黙も、日の熱にゆっくりと溶けていく。
少しだけホッとして、カカシは庭の草木を眺めた。
  「夏だなあ~」
  「・・・・・」
返事は無かったが、サスケも立ち直ったらしい。微笑んで、庭で一番背の高い木を見上げていた。
  「・・・・・」
カカシがサスケを見つめる沈黙に、サスケがこちらを見る。
もう、サスケは赤面しなかった。
  「何の話、してたっけ?」
カカシがにっこり笑ってそう言うと、
  「特殊状況下での戦陣・・・・・・・なんだよっ?何見て・・」
  「いや(笑)。んじゃ、続き」
  「はあ?変なやつ」
サスケの髪が、日なたの匂いをさせている。
賑やかな空気は、ますますその温度を上げて、縁側の二人を焼いた。
庭に落ちる木の影が、くっきりと濃く映る。

まだ、大丈夫。

意味もなくそう思うカカシは、今年の夏も、去年と同じ夏だと、確かに誤認した。


2008.08.23.

「隣の」の、続きです。カカシサイド。
書き上げるのが、遅れちゃった。初夏のはなしです。