隣の 2




男の一人暮らしにしては、よく片付いている・・・というよりは何もなかった。
  「なんにもねえな」
ついもらした一言に、カカシは「うん」と言ったきりだった。こっち、と奥を指し示す。
  「縁側があるんだ。それだけで俺は十分」
広い廊下の片側にたくさんの本がずっと並べて積んであるのが目立った。
そこを通り過ぎると、一番奥の部屋の南側に縁側があった。外から見えていた木が、庭の隅に立っている。
春の強い風も、廻らされた木塀にさえぎられ、そこは驚くほど暖かかった。
ご丁寧に、カカシが座布団を二つ持ってくる。
  「いらねぇよ」
  「いいから。長く座ってると結構痛くなるぞ」
  「じじくせぇ(笑)」
  「そうだよ。早く引退させてくれ」
カカシが座布団に座る。サスケはその右に座った。
穏やかな日差しがチラチラと、縁側に光の玉を投げる。
カカシがいなければ、そのままこの陽だまりで、猫のように寝てしまいたかった。
カカシもそうだったのかもしれない。サスケにわからないようにアクビをかみ殺している。
こんな二人の時間は初めてなのに、こんな砕けた会話も初めてなのに、ずっと前からこの空気を知っているような不思議な感じだ。
改めてカカシを見る。
緩やかな薄いグリーン系の春色のセーターに、縒れたジーンズ。自然に流れている銀髪。石鹸のいい匂いすらする・・・

こんな人だったっけ?

サスケは、何度も心の中で『カカシ?カカシだよな』という不毛なつぶやきを繰り返していた。
  「なんだよ?らしくないな」
おとなしいサスケに、カカシが声をかける。
姿を見ないで声だけ聞けば、やっぱりカカシだ。
  「まあ、人んちって落ち着かないよね」
全然違う。そんな理由じゃない・・・・
サスケは、カカシの上体を支えている右の手の甲を見つめた。
顔を見ているよりは落ち着く。
でも、いつもカカシは手甲をしてるから、血管の浮いたこの手すら、初めて見るということにやがて思い至った。
  「昨日の戦闘パターンの話さ、いいモデルを思い出したよ」
仕方なく、見上げる。カカシはいつもどおりだろうが、サスケは不思議な感覚に苛まれる。

だって・・・・

  「空中戦のとき、全員のスピードを同じにしないでしょ」
カカシは引き締まった口角を上げて、喋り続ける。光に銀髪が溶けて、顔色も明るい。
サスケは、また、呆けたようにじっと見つめてしまう。
ただでさえ、別な人のような違和感なのに・・・

すげぇ、いい男・・・

もちろんサスケ自身も里では美形の扱いだが、初めて見るカカシは、十分サスケにも美形に見えた。
左目を縦に走る傷も、アクセントに感じられるほど、整っていた。
見飽きなかった。
  「そんなに珍しいか?」
ついにカカシが嘆息する。色違いの綺麗な目が、こっちを見ている。
  「え・・・あ・・・」
  「(笑)見すぎ」
  「だ、だって卑怯だろ、そんなに・・」
  「そんなに?」
  「い・・いや」

そんなにいい男なのに・・・・

さすがにそうは続けることができなかった。
   「話は止めだ」
カカシが大きく伸びをする。
  「いい天気だよな~」
  「ああ」
  「ここで寝ちゃおうか」
言いながら、もう座布団を丸めている。
  「仕事の話は明日でいいや」
カカシは縁側に横になり、座布団を枕にした。足を伸ばすと思いきや、子供みたいに丸くなる。
陽だまりの大きな猫のような塊。
思わず、その身体に手を伸ばしかけ、あわてておろす。
  「サスケも寝ろよ」
  「べ・・別に眠くねぇ・・」
嘘をつく。
  「そお?」
カカシの声はもう、消えそうに小さい。完全に寝られたら困る・・・と思った。
  「目、痛くないのか?」
寝顔を盗み見て、これまた小さい声で言う。
  「痛くないよ」
多分カカシも嘘をついているんだろうけど。嘘をつく余裕があるだけいいや、と思う。
遠くから穏やかなざわめきが聞こえる。
澄明な小川の音と、春を喜ぶ鳥の声と、道を行く人の軽い足音・・・

綺麗な横顔だ。
なるほどな、と思う。
見られることの窮屈さは、サスケがもっともよく知っている。
多分、色気とかいうやつもたっぷりあるんだろうから、俺より見られることに倦んでいるはずだ。
  「彼女とかいねーの?」
カカシの意識が落ちているから何でも聞けそうだった。
  「いない」
  「顔、隠してるからじゃないのか?」
  「お前、見てんじゃん。普段はこうだよ」
  「それなのに、もてないの?」
  「・・・はっきり言うなよ(笑)」
カカシが笑って、目を開けた。グッと視線を動かしてサスケを見上げる。
心臓がドクンっと大きく打つ。

な・・・なんだ、これ・・・

カカシが手を伸ばしてくる。びっくりして硬直した。カカシの手が、サスケの腕をつかむ。
  「お前も寝ろよ。気持ちいいから」
  「アンタが寝てるなら帰るよ」
あっさり、そうか、と言われると思ったら、
  「彼女いないって言ったろ。ひとりで寂しいからいろよ」
と言った。意外の連発で、むしろリラックスしてきた。
  「アンタ、先生だろ。部下になに言ってんだよ」
あ、そうだった、とか言って笑って手を離した。
  「俺が、先生ね~、すぐ忘れちゃう」
  「アホか」
  「だってお前たちが最初の生徒だからさ」
  「ふ~ん・・それまで暗部だったって本当?」
  「うん」
モヤモヤしたものの正体が、そろそろわかってきていた。
カカシの顔から目が離せない。
  「暗部ってどうなんだ?」
  「どうって・・・何回も死にそうになったよ」
  「アンタでも?」
  「俺でも(笑)」
笑う。どんだけ買いかぶってんの?とか言う。

俺、カカシの顔が好きみたいだ・・・・

脱力した会話が続く。
俺みたいなガキを相手にして、飽きられやしないかと時々不安になったが、カカシは楽しそうだった。
カカシと会話できるという当初の楽しみとは別に、この顔を見ていられるという密かな喜びが加わっていた。
  「アンタ、いい男だな」
かなり脱力な会話が続いて、脱力ついでに言ってみる。
徹頭徹尾、嘘だけで固め続けるのは、辛かったのだ。ガス抜きするように、チョットだけ、本心を言って楽になりたかった。
  「そーか?こんなの、好み?」
お前だって、と、軽く流されるかと思ったら、とんでもないことを返してきた。
一気に窮地に追い込まれ、耳まで燃えるようだ。
  「い・・・一般的に」
  「違うだろ。もてないんだって」
  「性格だろ、原因は。顔じゃないな」
  「言うなぁ、サスケ」
でも、優しいよね、俺。
そんな声が、日向に溶ける。
恥ずかしいついでに、サスケも座布団を丸める。
カカシの頭のほうに、自分の頭を寄せて、横になった。
庇の向こうに、淡い春の空が広がっている。
春は、こっちの都合に関係なく、心の奥を開放し、俺はカカシの素顔に魅せられる。
  「あ・・気持ちいい」
  「だろ?」
カカシの声がいつものカカシで、見えないと、もう、さっきまでの色男を思い出せなくなる。
今ならいつもどおりに振舞えそうだった。
  「さっきのフォーメーションの話だけどさ」
  「え?・・ああ、急に戻すなよ」
言いながらも、二人の話はいつもの仕事の話に戻っていく。
淡い青の色に、暖色が混じってくる。
カカシの声が心地いい。
ずっとこのまま、この時間に没していたい。
サスケは、そう、本気で思った。






2008.02.02.

この話の本当のタイトルは「隣のお兄さん」でした。よくあるでしょ、ポルノちっくな「隣のお姉さん」みたいな。あれを狙って、あさっての方向に行きました・・・・・