たった一つ望むこと [2] [サクカカ]


春の夜の、ありったけのポジティブを含んだ空気は、人間がいろんな感情にもみくちゃにされても、軽々と暖かな風で立たせる。
本当にそれだけで立っているかのように、先生も私も大きな体積で寄せる暖かい風の塊に押されて揺れた。

人間もやっぱり動物なんだ、と、皮膚の下にざわつく感情を持て余してサクラは闇を仰ぐ。
それは、決して楽しい嬉しい気分だけに満ちたものではなくて、夜のうちに沈むような不安感も一緒に含んでいた。
淡い心の動きが、突然恋愛感情だって気づいてしまった日の夜みたいに、一人で耐える心臓の痛みに近い・・・・

花びらの塊がうねって、その光を集めたような自然の照明は、先生のちょっと開いた無防備な唇の、記憶の奥を刺激するような表情に、複雑な影を落とした。
影は大げさに動いて、本当は変わっていない先生の表情に、詮索したくないような色を付けて、サクラは何度も瞬きする。

「風が強いな・・・」

「あの日も強かったわ・・・」

今という「時」は、風に押されてどこかに行ってしまったようだ。
もう、数年も前のことを、さっきのことのように話しても、カカシには正確に伝わる。

「ああ・・・」

カカシの瞳がゆっくりとめぐり、再びサクラの顔に戻ってきたときは、かなり意志的な表情になっていた。

「戻らなくて・・・」

「いいの」

ちょっと息を吸う。大きな塊のような暖気は、少しばかり息を吸いにくくする。

「六代目こそ、」

「やめろよ」

「先生は戻らなくていいの?」

うんとうなづいて、その、サクラを近しい存在に決めつけて疑わないしぐさが、心臓に痛い。

カカシが土手の上を歩きだす。
方向は、さっきまでの夜の騒ぎを背にしていて、そんな背徳は、もう、言葉にするまでもない。
サクラが半歩遅れて歩き、時間をさかのぼるように歩けば、それはもう、合意だった。

「びっくりしたよ、あんまりきれいで」

溶けるように空気に紛れて、耳にかかる。
でも、サクラがそんなセリフでどうにかなるなんてことはないことを、カカシも本当は知っている。
ただ、どうしてもそんな月並みをやってしまう、世俗的なところは今も変わらなかった。

「同じ言葉を先生に返す」

「は(笑)・・・オレが?」

曖昧に笑って、流されることを嫌がらない・・・

「私が今、どう感じているがということを、真剣に考えてほしいわ」

「・・・・オレがきれいだっていう戯言のこと?」

サクラは声を殺すこともなく笑った。
結界もない、隠すこともない、でも、こういう状況が一番、始末に負えない。
カカシは無言で、その時間は、たぶん狡さと無邪気さの間にあった。

「言わせたいの?」

「わからないから聞いただけ」

「先生が今考えていることを・・・」

あと数メートルで桜並木が終わる。
大きく流れる風は、揺らす桜を失って、道も消えかかる土手をすべるように川に降りた。

「私も考えているってこと」

こうやっていつも私に主導権を握らせる。
決してそれは、私の主導を尊重しているわけではなく・・・・

「サクラはそんなにきれいなのに、ね」

カカシが笑う。
土手の道すらなくなって、勢いを隠さない下草に足を取られながら、二人、闇の奥に進む・・・

 



2016.05.22.up 続きます