1 過去の事例を検証し、次に備える [ナルト]


一人で温泉に行った。

べつに、イルカ先生のように、温泉巡りが好きで計画的に行った、とかいうわけじゃない。
外地での任務が終わったから、帰りがけに汗を流そうと思って、その時、近くに温泉旅館を発見しただけのこと。
銭湯のようなものしか想定してなくて、日帰りでいいやと思っていたが、思いがけず丁寧に迎え入れられ、「温泉旅館」に泊まってみるのもいいかと思い直した。
生傷が絶えない忍者が多い地区らしく、一人で宿泊している湯治のものも多い。
ちょっと大人になった気分で、持っていた財布を確認した。

オレはどのランクに振り分けられたのか、大浴場からはかなり遠い部屋だった。
しかし、そのおかげで客の喧騒が遠く、普段は粋から遠いオレでも障子を開けて、戸外の、雪にしな垂れる庭木を見る気になったりする。
何かの振動で、離れた所に立っている高い木から、さらら・・と雪が糸のように落ちた。

静かだ

掛け流しのお湯が流れ落ちる音が、遠くに聞こえるが、そのことがかえって、この部屋の周囲の静かさを感じさせた。
闇に浮かぶ白い降雪と、木に積もった雪帽子。
ほうっと息を吐いて、その細かい蒸気の粒が、濃淡を描いて闇に散っていくのをあかず眺める。
視線は近景から遠景に流れ、その闇の向こうが、木ノ葉の里で、うっすらと淡く夜空を下から照らす街の灯は、そこにいるはずの先生を思い出させた。

いつもなら、速攻で帰ってる。
そこに理由はない。
任務が終われば帰るのは当たり前の事だからだ。
それが、今夜は、温泉旅館だ。
オレはもう一度息を吐く。
そうやって、自分で進む時間を押しとどめてみて、初めて、「いつもの速攻」の理由に、気づいた。
オレは、一秒でも早く、先生に会いたかっただけなんだ、と。
 「じゃあ、こうして時間を止めているのも」
意味があるんだろうか・・・
オレはすっかり冷えた身体を自分の腕で抱き、障子を閉める。
ストンという小気味いい音がして、闇はオレの視界から消えた。



露天に深々と沈む。
思わず深い息が出て、さすがに呻きはしなかったが、こんな事が、仲間同士のお湯の掛け合いよりも気持ちいい年齢になってしまった。
もうもうと立つ湯煙が、さっきのオレの息みたいに上にのぼって闇に紛れていく様子を見る。
誰もいない。
気づけば夕食時で、任務で色々ずれ込んだ事は幸いだったかもしれない。
ぼーっと時間をやり過ごし、自然と上向いた先に、さっきは気づかなかった星を認めて、今夜は寒くなるなと、のぼせた頭で思った。
手を伸ばし、岩に積もった雪を掴む。それを頬にあてて、身体と頬のアンバランスな感覚を楽しんだ。
でもさすがに、ちょっと体温を下げようと、湯船から立ち上がる。
涼もうと思ったが、もういい加減茹だってきたから、やっぱり上がろうと湯船の石造りの段差に足をかけたとき、不意に思い出した。
 「そういやサスケが・・・」
温泉のことを話していた。
かなり前の話で、今の今まで忘れていたのに、人間の頭って不思議なもんだ。
スケベなサスケのスケベな話・・・・
ああ、思い出してきた。
先生と温泉に行った話だ・・・
クソ、話を聞いた当時は、オレは、先生のこと、なんとも思っていなかったからな。
へえ、で済ませてしまった当時のオレが恨めしい。
オレは湯船を出て、身体を拭きながら脱衣所に行く。
なんか、幻術?だかでいいように担がれた・・・・とかいう話だったか?
タオルで髪をゴシゴシと拭き、鏡の中の自分を見る。
幻術だったっけ?・・・・・
ああ、サスケの野郎が抜ける前にもっとちゃんと聞いておくんだった・・・

あれほど湯気が上がっていた自分の身体も、気づくと若干の赤みを残して冷え始める。
オレはあわてて浴衣を着て、遠い自分の部屋へと戻った。


2016/02/03




つづく・・・