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サスケ君は変わった。

外は静かな雨。
偽装された戸口には大きな蕗の葉が覆い被さって、
トン、トン、トンと、等間隔のノックの音を響かせている。
森の体温は、いつもより数度低い。
サスケ君が警戒している森の縁は、私がやっと追いついた頃から、
ずっと雨が続いている。

森全体を包む、静かな雨音を聞きながら、
私は、伸ばした指先で、サスケ君の額の傷をそっと抑える。
生きている暖かな体温が、触れた所から、静かに私に侵入する。
思いのほか傷は深くて、サスケ君も、大人しく私にされるがままになっていた。

ヒーリングの波動を送りながら、視界の端で、その顔の造形を味わう。
本当にステキ・・・・
私の邪悪な視線にも気付かず、サスケ君は言う。
「まあ、来てしまったのなら仕方ない」
言いながら、閉じかけている額の傷を気にするように、ちょっと目の縁を歪める。
ああ、本当にカッコいい・・・・

「今後、お前に助けられる事もあるだろうしな」

私はハッと我に返る。
以前のサスケ君なら、絶対、こうは言わない。
勝手にしろと、無視するくらいが関の山。

本当にサスケ君は変わった。

私の見開いた目に、逆にサスケ君がビックリしたようにこちらを見返す。
「どうした?」
そう言って。

二人だけの空間。
二人だけの時間。
二人だけの会話。

今までの時間と、それが作り上げた今の瞬間。
外では今も冷たい雨が降り、得体の知れない次の脅威が渦巻いているというのに、
今、ここはとても暖かだった。
こんな時間が、いえ、こんな時間を、私はずっと求めて、そして・・・
「サクラ?」
「サスケ君・・・」
その名を呼んで、もう一度見つめる。
けど、今度は私の目が離せない。
サスケ君の表情に、私の見たことがない色が浮かんでいる事に気付いたのだ。
自信に満ちたいつもの眼光が、薄暗い落ち着きの中で揺れている・・・
何を考えているの?
いつもなら、こんなにマジマジと見つめられることに羞恥して
頭も心も大混乱するのに、
今の私は、この雨が作った二人の閉鎖形の中で、純粋に考える。
どうしたの、サスケ君?
問いかける私の目に、動くサスケ君の唇が見えた・・・
「クソっ」
確かにそう聞こえた。
サスケ君の唇がちょっと歪み、乱暴に吐き出した息が、そう聞こえる。
何に苛立っているのか、尋ねようとしたそのとき、

「!!!」

唇を塞がれた。
今度こそ、私は、思いっきり目を開く。
暗い監視小屋の天井越しに、大地に降り注ぐ雨の音。
私の右目はサスケ君の睫毛を見て、私の左目は、湿った虚空を見た。
身体に回されたサスケ君の腕が、思いっきり私を抱きしめて、
身じろぎした私の肺から、熱い空気が漏れる・・・

「サクラっ・・・・」

掠れた熱い息が私の耳にかかる。
雨の音とそれはシンクロして、こうなることはもうずっと前からわかっていた。


【続く】
【H31/03/14 pixiv up】
【R01/06/18 RL up】