6月に生き残る


6月にしばしばある真夏並みに暑い日を、テンゾウは密かに楽しみにしている。
人に言うと、たいていは露骨に顔をしかめて嫌がられるので、テンゾウは黙し、この嗜好を知るものはいない。
今日も、梅雨を忘れて先に夏が来てしまったかのような暑さだ。
テンゾウは誰もいない待機所で、椅子に腰掛けて、休憩を兼ねた時間つぶしをしていた。昼過ぎに任務から帰ったが、夕刻からまた次の任務がある。
見るともなく、窓の外を見た。
こう暑いと蝉すら鳴かない。
静かすぎて、静寂で耳を塞がれたようだった。
生き物はすべて、愚かな人間以外は、大人しく、活動を休止しているらしい。
窓の四角に切り取られた景色も、白々しく照り付ける太陽光線に焼かれて、色あせて見えた。
「そりゃ、確かに暦の上では夏なんだろうけどさ」
通路の奥からナルトの声が聞こえた。これから任務に行くらしい。応えて宥めているのはカカシの声だ。いつもの調子で、感動詞しか言ってない。ああ、とか、まあまあとかそんな感じだ。二人の声は足音とともに、左奥から近づいてきて、待機所の前を横切っていく。片手を上げたテンゾウに、二人も「よっ!」と片手を上げると、街角の通行人みたいに、そのまま右に消えていった。
しつこくナルトが言い下がっている声が聞こえた。
「わかるけど、この暑さはねえよ」
テンゾウは笑みを浮かべる。
確かに暑い。
でも、心の奥のどこかが喜んでいて、こんな暑い日、自分はいつもそれを感じている。
意識しなくてもなんだかウキウキしてきて、身体の中を探ると、嬉しいとか楽しいとかの欠片が出てきて「ああ、そうだ」と再確認するような。
「そろそろ行くか」
テンゾウは、わざと欠片を身体の奥に落としたまま、立ち上がる。
探しても、探さなくても、この身体からは出ていかない。
踵を鳴らして一気に瞬身で飛ぶ。
そんな音まで軽やかで、テンゾウは自分で笑ってしまった。

明け方に自宅に帰ると、ベッドがカカシに占領されていた。
軽く足音を立てて近づくが、起きる気配が無い。
ほぼワンルームの狭い部屋なのに、気付くとカカシが来ている。自分は、今は、広い平屋の一軒家に住んでいるくせに、ぼくに譲ったこの部屋に入り浸る。本人は、慣れが、癖がというが、まあ、そういうことにしておこう。
日中は相当暑かったが、さすがに夜間は若干気温が落ちるので、そこまで寝苦しくはなかったと思う。テンゾウは、ダイニングテーブルの椅子に座って、大きく伸びをした。
6月の朝日は早い。まだ4時だったが、もう明るい。
カカシの顔を見て疲れも癒えたが、今回の任務はかなりきわどかった。深夜で終わらせるはずが、逃げる敵忍に得体の知れない毒系の忍術を使われて、こちらに負傷者が出てしまった。
毒を吸った者を任せ、テンゾウは敵忍を追う。今の木ノ葉は五代目の指揮の下、医療忍術に力を入れているから、まず大丈夫なのだが、念のため、解毒の方法を確保する必要はある。
追って、白状させ、殺しても良かったが、連れ帰った。
あとは知らない。
色々、面倒というか、疲れた任務だった。
フッと気付くと、カカシが顔を上げてこちらを見ている。
「あ、起きました?」
「うん・・・・おはよ」
「おはようございます」
「遅かったね・・・」
のっそりベッドの上に起き上がりながらカカシが言う。テンゾウのパジャマを着ていた。
「はい」
余計なことは言わない。二人の時間に、不純物を入れたくなかった。
朝日がぐんぐん射してきて、窓を背にしたカカシの輪郭を濃いオレンジ色に染める。
つきあい始めたのはいつだったか?
当たり前のように近づいて、ベッドに座る。
カカシも当たり前のように、テンゾウの肩に両腕を回した。
つきあうという明確なラインなどないな、と気づき、じゃあ初めて抱いたのはいつだったかと思いを巡らせる。
どちらともなく口づけて、でも本当は、こんな緩衝、すべてカカシの為だ。24時間365日、カカシの事をどこかで考えている自分に、そんな時間は必要なかった。容赦なく押し倒し、キスに自分の爛れた思いだけを込める。カカシの鼻から漏れる息が、もう、甘えを帯びて、テンゾウは、いつもこのタイミングで追い詰められているような気分になる。どんな媚態にも、どこかこちらの覚悟を誘うような殺気があって、それはこの人の性質なのか、職業病なのか・・・・
「テンゾ・・・」
「はい」
「脱がせて」
クッソ。
カカシの様子を視覚外で伺うが、たぶんそのセリフになんの意図もない。それなら、こんなに煽られるのも、しかたない。意味不明のマイルールで、テンゾウはカカシの下半身だけ脱がせた。
「え・・・上は?」
「ボクのためにこのままで」
「お前のため?」
「はい」
「どういう意味?」
ウルサいカカシを抱きしめて、その耳に「興奮します」とだけ言った。

カカシにすべて収めて、身体を起こす。
窓が正面にあって、横から射す強烈な朝日に、テンゾウは目を細めた。
まだ4時過ぎだというのに、透明なオレンジ色に染まった自室は、日常から切り離された何かに見える。毎年経験しているはずなのに、冬を越してきた感覚は、毎回、早朝の朝日にいちいち驚き、すぐには慣れない。
カカシの身体は、今は窓の下の壁の影になっている。色濃いオレンジの影で、下半身だけ脱がされて足を広げさせれている景色は、本当に強烈だった。空間の非日常性の中で、どこか禁忌な場所で、事に及んでいる感じにすらなる。
テンゾウより白い肌は、影にあっても淡く発光しているようで、その上の興奮した性器の色が生々しい。自分を飲み込む部分を、無防備にさらす事の意味を、何度も脳で反復した。
と、急にキュッと締まるのを感じて、カカシを見ると、最中に声を我慢する時みたいに、両手の甲で顔を隠している。
「どうしました?」
軽くその身体を揺すりながら、言う。
テンゾウの腰の動きに連動して、カカシもゆっくり揺れながら、何でも無い、と返事が聞こえた。
「ボクに見とれました?」
たぶん図星の、そんなことを言って、カカシを追い込む。
もうカカシは応えない。
テンゾウも、カカシに対するありったけを込めて、腰を動かした。陰圧の鈍い音がして腰に感覚が集まる。
「んっ・・・ああ・・・あぅ・・・」
カカシが吐く息にのせて声をあげる。テンゾウはあわてて腕を伸ばし、窓を思いっきり閉める。カカシがまたビクンとして、テンゾウは呻いた。

「今日も暑くなりそうですよ」
今は窓を開けて、30度の角度に上がった太陽を見る。カカシは横に寝たまま、
「ああ・・・・」
と諦めたような声を出した。
テンゾウは、初めてカカシを抱いた日を思い出していた。
何度となくツーマンセルをカカシとこなしていた、あの暗部の頃を。自分の意に反した事も、任務の中にはあった。もちろん、それらは完璧にこなす。でも、最初の頃は、中身はボロボロだった。膝をつきそうになる自分を叱咤し、カカシに遅れを取らないよう頑張った。そんなとき、カカシ自身も、大きな負債を背負っていることを知って・・・・

ああ。
テンゾウは、街路樹越しの太陽を見上げた。
そういえば、あれも6月だった・・・・

「もう、夏でいいよな」
カカシがため息とともに言う。
「ナルトと同じレベルな事、言わないでくださいよ」
テンゾウが笑う。
「オレさあ、ナルトより暑かったと思うよ。あんな格好だしさ、」
「ははは」
「ナルトより背が高いから、太陽に近いだろ?」
「確かに」
テンゾウはあやすように、カカシの腹に置いた手でポンポンと叩く。
「今日も暑かったら、死ぬよ」
「ボクは好きですけどね」
あ、言っちゃった・・・・
「え?この暑いのが?」
確かに、もう朝の爽やかな空気は、もう消えている。ジワジワと気温を上げる暑苦しい空気と化していた。
「ええ」
「どんな身体してるの?」
カカシが呆れて言い放つ。
「自分でも変だと思ったけど、理由がわかったからいいんです」
「理由?」
「欠片を見つけたんですよ」
「ふうん」
といいながら、たぶん、もう、興味は無かった。面倒くさい会話になりそうだと思ったらしいカカシは、再びベッドに潜り込む。本当に、ボクの前では、自己中の猫みたいにかわいい。
「今日のご予定は?」
「また灼熱の午後から、しかもまたナルトと」
「おや」
「おや、じゃないよ」
カカシはプンとふくれると、また生き生きと話し出す。
「昨日だってすごく暑くてさあ、任務より、暑さで死にそうになったよ」
「ははは」
「仕事が終わって、帰ってきたとき、思わず言ったもん」
もん・・・・・
「今日も生き残ったな、って」
「はははは」
テンゾウは笑って、いきなりカカシを抱きしめる。
「じゃあ、今日も生きて帰ってくださいね」
そう言って、腕に力を込めると、
「お前も、ね」
とカカシが言った。


【終わり】

【R1/06/17 Pixiv UP】
【R1/06/18 RL UP】