鳴門の案山子総受文章サイト
経験の数と新鮮さが反比例することは、もちろん子供でも経験的に知っていて、
それは忍者な私も、日々、イヤと言うほど反復して思い知らされている。
それぞれの術の派手さにも、繊細さにも、力強さにも、特殊さにも、
それはもういい加減、うんざりしているところで、
「慣れは禁物」
とかいうバカな連中には、
「新鮮じゃないだけ」
と、お節介にも言い返してあげている。
こんな大人になるなんて。
キスにしろ。
いろんなキスも、その仕方もシチュエイションにも、もううんざりして、
子供の頃には、キスが挨拶になるなんて思いもしなかったのに。
今では、挨拶にすらならない、ただの前儀。
だから
春は素敵ーーー
淡い空の色が、その奥に鮮やかな夏を押し込めていて、
とても新鮮ーーー
◇
暖かい温度を纏っているのに、素早いから肌寒い春風は足下をすり抜け、
たった今解放された何かみたいに、遠くへ流れる。
「先生」
成熟した自分の声は、この場面では似つかわしくない。
そう思うから、自分の「ホント」を「妄想」に書き換えてしまう。
「春が来た・・・よね」
いつもなら笑う先生が、今日は笑わない。
私の設定変更に気づいたかのように。
「有り難いことだよ。なにもしないのに春は来る」
先生らしい文言は、そのままで。
「そう。何回も来てるのに、新鮮よね」
「うん」
任務帰りの足下は、軽やかな景色をよそに、運びが重く、今は立ち止まる。
「先生とも、もう、長い、ね」
「そうだな」
穏やかな風景に、私は自分の激情を塗り込めて、本当は、身体中で叫んでいたが、耳に入るのは、静かな、でも強い風の音。
「また、何回も」
「・・・・」
風は、ほんとうにただの気象現象なんだと思い知るほど、私の気持ちなんかわかってくれてないみたいで。
「繰り返すのかな?」
先生も、疲れてるみたいに、ちょっと頷いて
「季節は勝手に巡るよ。サクラが心配しなくても」
と、ちょっとイラッとした感じに、なんだか嬉しい自分が悲しい。
「ねえ、先生・・・」
「あのなあ、サクラ!」
あ、怒った(笑)
「なに?」
「なに、じゃない!俺は本当に疲れてるんだよ?」
「(笑)知ってる」
「そう、知ってるよね?」
言いながら、先生は大仰に天を仰いだ。
「やっかいな、それはそれはやっかいな、任務だったのよ」
「よく知ってる」
「じゃあ、それがやっと終わったのに、なんで俺はこんなクソ寒い丘の上に立ってるわけ?」
「ここは、春風が心地いいんだもん」
「はあ~」
「それに景色も綺麗なの。見て!あそこはもう桜が咲いてるよ」
「でも、もう2時間だよ。君の乙女チックな妄想と会話に、付き合わせないでよ!」
「乙女チック?褒め言葉ね!」
「もう、どうでもいいよ。早く帰ろうよ」
言いざま風に背を向けて歩きかける先生の腕に、私は自分の腕を絡ませた。
「2時間も、一緒にいてくれてありがと」
と言えば、私にベタ惚れのはずの先生は、すぐに機嫌を直して、
「いや・・・」
と言って、私の腕を自分の腕で強く挟む。
「先生は、私の妄想って言ったけどね」
「うん?」
「私のホントなんて、こんなもんじゃないわよ」
へえ~と、本当はドキドキしているクセに、年上の余裕ぶって、歩く速度を変えない。
「それは興味深いね」
「なあに、先生、エッチな事、考えてるんじゃないのぉ~(笑)」
「・・・・春だもん」
「は?」
「動物は発情していいんだ」
へえ~と今度は私が驚く。
人間に発情期というほどはっきりしたものはないらしいが、でも、先生の告白にちょっと感動したり。
春ってやっぱり素敵ーーー
◇
じゃあ、ここで、と山道の三叉路で私が腕を放すと、先生が驚いて私を見た。
「どうした?サクラ」
「だって、私、これから任務なの」
先生の目が、さらに大きく開く。
「任務?ホントか?」
「どうして私が嘘を言うのよ(笑)」
心地よい春風を感じながら、私の脚は、もう走りはじめていて。
「ちょっとでも先生と春の景色、見たかったの」
「サクラ!」
「疲れてたのに、ごめんね」
「・・・・おい!」
春風が、私の走るスピードで、強い風圧になる。
諦めきれない先生の私を呼ぶ声が、遠く背後で艶めいて。
これから展開する色んな景色を閉じ込めた、春という強烈な時間は、
私に新鮮な情感を注ぎ込む。
ねえ、先生。
私の「ホント」、感じてくれた?
こんなに、こんなに、
先生が好きなのよ