鳴門の案山子総受文章サイト
これから戦争が始まる。
それはもちろん非日常に突入するってことだけど、こんな生業の自分がそんなことを考える・・・というか思いつく事すら、多分、コミカルなんだろう。
見渡す限りの荒れ地には、気づくと小さな緑が芽吹いていて、くだらない思惑を越えて日常は続くと決めつける。
「疲れてるのかな」
何度もそう思って、でも口に出したくなかった言葉が、ついとカカシの口から出た。
窓の外には、先の戦闘で荒れ果てた地面が続いていて、それでも、そこここに人間の生活を見せ、復興しつつある里の景色は、自分がエアポケットに陥ったような、絡まった感覚をカカシに覚えさせた。
強い風は、大きな雲を引きちぎりながら飛ばし、その影が、ダイナミックに地面を走る。
「いや、そうでもないと思うぞ」
背後から、沈滞した空気を掻き回す張りのある声がして、カカシは息を吐く。
「そうでもなかったかもしれないけど、今のお前の声で、確実に疲れたよ」
「ははははは!」
「なんだよ、その元気な笑い声」
「気弱なお前は、俺を元気にするぞ、カカシ。永遠のライ・・」
「あのねえ、今の俺は、お前となんの勝負をする気もないんだけど」
フンとガイは、余裕の笑みを見せて、カカシと並ぶ。
窓のガラスに景色と一緒に映り込むガイの顔は、何故かカカシを緩ませた。
「じゃあ、なんで俺と一緒にいるんだ?」
「お前なんか関係ないよ。俺は3時間後の会議のために此処にいるだけだし」
「俺もだぞ」
言いながらガイが窓から離れ、背後にある椅子に腰掛けた。
微かに軋む椅子の音すら、日常の音。
「それに此処は俺の部屋なんだけどな」
「ふ~ん、そう」
カカシは窓の外を見たきり。
「なんだよ、カカシ?どうしたんだ?」
「だから、どうもしないって言ってるでしょ?」
まさか、と言いながら、愚直にもガイは続けた。
「本気で癒して欲しいとか言わないよな?」
「言ってないし」
「はあ・・・・お前は昔から、わかりづらい」
「分かり易すぎるお前から見たら、みんな、難解だろうさ」
「わかったよ」
ガイは言いながら、殺風景な部屋には不似合いな大きな冷蔵庫を開けた。
その音にカカシが振り返る。
中に詰め込まれたスポーツドリンクの壮大な景色に、カカシが笑った。
「お前らしいね」
「またバカなことを」
気づくとすでに二本目を飲んでいるガイは、三本目を手にしながら言う。
「俺が俺らしいのは当たり前だ」
「・・・・・」
「どこまでいっても俺なんだから」
ガイの落ちついた空気が心地よく、何かに飲まれそうになって、カカシは慌てて言う。
「汗もかいてないのに、そんなにがぶ飲みしていいのかい?」
ガイは、フンと顔を背けながら、でも確かに笑って、4本目のペットボトルの空を、対角線の箱に投げ入れた。
乾いた音は、やっぱり記憶の底を抉るような日常で、あらゆる感覚がカカシの中で錯綜する。
「お前のために飲んだんだけどね」
カカシは無表情で、ガイを見つめた。
「3時間だなんて、あの頃に比べたら余裕だなあ」
「・・・・・」
「覚えてないだろうけど、小休止の15分で満足させろって言ったことあったんだぜ?」
「忘れるわけない。お前、俺の腹にかけたんだ」
「ははははは!色々未熟でな。間に合わなかったんだ。悪かったよ」
今日は大丈夫、そう言って、そんなストレートな言葉で、カカシを強引に日常に引き戻す。
「風呂、使う?」
「3時間しかないのに?」
「カカシ・・・」
「俺が女だったら、すごく悲壮感にまみれたロマンチックな時間だったろうにね」
つかの間雲の隙間が広がって、その間から落ちた光は、風と共に窓枠を鳴らした。
「でも、俺は男だからね。お前に何をねだっても、ただの栄養補給に見えちゃう」
「またはじまった・・・(笑)」
「ホントは俺だって呆れてるんだ。俺が、こんなにお前を欲しがってるなんてさ」
「ちょっといいぜ、そのセリフ」
「俺だって、もっと素直に生きたいよ。でも、いろんなモノが、そうさせてくれない」
ガイの目差しは遠くを見て、カカシの言葉を聞いている。
「だから、ガイ」
「うん」
「お前だけなんだ」
「うん」
「お前も俺を欲しがって」
「うん」
いきなり立ち上がって、一歩でカカシに近づいたガイの手が、カカシの肩を掴み、強引に引き寄せた。その勢いに抵抗して、カカシが続ける。
「俺に言い訳をさせて」
「わかってる」
カカシの着衣を脱がせるガイの手に抵抗しつつ、カカシはなおも続ける。窓にぶつかった音が、室内に低く振動した。
「お前が俺に感情をぶつけてくるから」
「ああ」
「俺は、お前に折れたんだって」
「もちろん、そうだよ、カカシ」
抵抗するカカシを傷つけないように、しかし強引さをもって、ガイはカカシの着衣をはぎ取った。
つかの間の陽光は、乾いた床の板に押し倒されたカカシの青白い肌の上を滑るように照らしている。
そこには年若い頃の溢れるような情感はないが、時間を纏った隠微な衝動を秘めていた。
「相変わらずだなあ」
「何が?」
「素敵ってことだ」
「!・・・はははは・・・・」
「笑ったな」
なおも笑い続けるその首に噛みついて、ガイは、カカシの気道を通る空気の振動を直に感じた。
「お前には本当に参るよ」
「ん?珍しいな。負けを認めるの?」
「お前とのセックスがこの時間内に終わるはずがないって、ああ、俺は気づかなかった」
「はあ?どういう意味?」
ガイは上体を起こすと、カカシの太腿を広げる。
風の音を外に聞きながら、カカシの纏う暖かな体温は目に見えるようだった。
「俺はどうしたらいい?」
ガイの手がカカシの性器に沿って動き、粘度の低い液体が、綺麗な雫になって落ちる。
「は・・・あ・・・」
「会議で、真面目な顔をしているお前を」
「ああ・・・ガイ・・・」
「まともに見る自信がないよ、カカシ」
「ふふふ・・・大丈夫」
カカシは、白い喉を伸ばして窓の方を仰ぐ。雲間の光が眩しい。
「ペットボトル5本分、俺に突っ込めよ」
「わかった(笑)」
ガイが濡れた指先を、カカシの尻の間に這わせた。その感触は、忘れてはいなかった知覚を呼び戻す。
「1本分の煩悩を絞り出せばいいんだな」
「ウン・・・1本で済むならね」
カカシの吐息のような返事が最後だった。
戸外の風の音と、軋む板張りの部屋の音と、窓枠のきしみと、掻き回された熱を帯びた空気が混じり合う。
胸に縋ってくるカカシは思いがけなくタフで、本当にカラカラになりそうな予感に、ガイは笑った。
◇
「俺、先に行くね」
身支度を終え、空気を身体ごと入れ換えたような雰囲気のカカシに、ガイは溜め息をつく。
「お前なあ・・・もう少し、余韻を楽しめよ」
「うわ、恥ずかしいな、お前!」
カカシが、ガイに服を投げつけた。
パンツを頭に引っかけたまま、床に肘をついているガイは、カカシの笑いを誘う。
「俺もすぐ行く」
言いながらパンツを取ると、そこにはもうカカシはいなかった。
「まったく・・・」
立ち上がって窓の外を見る。本当に、1本余分に絞り出したみたいに、喉が渇いていた。
「どんな顔をして会議に出るつもりだ?俺は」
真面目に後輩に指示を出しているあいつの顔を、俺は、神経になんの跳躍も見せずに見てられるのだろうか。
整っているあの顔が、さっきまで、俺に優雅に歪められていたことを、俺は思い出さずにいられるんだろうか。
すぐに癒さないでその渇きをじっくり味わいながら、窓の外を見ていたカカシを思った。
「いつも何を見ているんだろうな」
しかし、ただガイの目の前には最前と全く同じ景色が広がっているだけだった。