ナルトの場合




サクラちゃんがぜんぜん俺を見てないってことを、正しく認識してから、俺はちょっと変わった・・らしい。
俺は、自分が変わったなんて思ったことはないし、もちろん変わってなんかいないのが事実のはずだが、
なぜか大人の連中は、俺を見るたび判で押したように「変わったな」などと言う。
俺にはさっぱりわからないが、あるとすれば、その時期が、サクラちゃんに完璧に振られた以降ってことくらい。
でも、俺はそのことに全くショックは受けてない。
サスケがその相手なら、がっかりするどころか、なんだか嬉しい気がするほど、俺は男としてサスケに惚れている。
だから、なんで大人がそういうことを言うのか、俺は意味不明な上にくすぐったくって仕方が無かった。



 「なあ、先生」



変声期の俺のかすれた声が、どっぷりと垂れ込めた闇に溶ける。
ツーマンセルの夜盗払いの簡単な仕事だ。
もちろん、簡単なこの仕事だけに、貴重な二人の戦力が費やされているわけではない。
俺は、西向こうの集落の偵察と、丑三つ時に同胞からの情報収集を兼務しているし、
カカシ先生にいたっては、俺の知らない複数の任務と、幾つかの敵忍の術の解析を命じられているらしい。
イチャパラでも巻物でもない、洋綴じの本を、いつものトロンとした目で見ている。



 「なあに?」



先生の声も闇にさっと溶けた。
もの凄く静かな森の縁。
焚き火を挟んで、俺たちは120度の角度で座っていた。



 「俺ってさ」

 「ん」

 「変わった?」



沈黙はわずかだったし、あまりに穏やかな時間の流れだったから、俺は先生の逡巡に気がつかなかった。
透明なオレンジ色の炎の向こうで、先生が目を上げていたことに、俺はすぐに気がつかなかった。



 「みんな言ってるなあ、そう言えば」

それきり、黙る。

 「なんだ、それ」



いつもの先生らしくない物言いに、俺はちょっとだけ傷ついて、サスケのことを思い出したりした。
お前ならそう言わない。
ウスラトンカチって言ったあとに、絶対俺の目をまともに見て・・・・
と、顔をあげると



先生が見ていた。



炎に混じる闇の奥で、俺をまっすぐに見ていた。
そっと吹いてきた風に、先生の手の本のページが繰られる。
カサッという微かな音が、炎の燃える音に紛れた。



 「変わってない」



そう言った。



 「先生・・・」

 「変わってもらっちゃ、俺が困る」



いつもの声。
いつもの眼差し。
それなのに、オレンジの光に装飾された先生の銀髪と肌は、俺の日常を裏切って、何か本能に火をつけるような扇情的な風情だった。
ズキン・・・と脳髄が痛む。
わけのわからない、触発されたエネルギーがバラバラなベクトルで、俺を揺さぶる。
たぶん、先生は、ガキな俺にわかる話をしていない。
それだけはかろうじてわかった。



 「だけど、お前が変わってしまうなら」



そう言いながら、先生はそれを諦めながら肯定している。
火のついた闘争本能と、知りたい欲望と、すべてを放棄して駆け出したい欲求が俺に満ちた。



 「先生・・・」



聞きたくない。
聞きたくない。
しかし耳を押さえようと上げた手は空で止まり、俺は聞いていた。



 「俺はお前と一緒にはいられないな」



意味がわからない。
でも、わかっている。

サクラちゃんに夢中な頃の俺なら、「はあ?意味わかんねー」で聞き飛ばしていた。
でも、今の俺には、先生の言っていることを理解できなくても、それを言う、先生の気持ちの色はわかる。
結局、周りの大人は正しいのかもしれない。
たぶん俺は変わったんだ。
俺といられないなんて、以前の俺なら完全否定するようなことを言う先生も、俺がすでに変わり始めている事を、認めているんだろう。



 「じゃあ、当分俺はこのままだぜ」



俺は手元の石を闇に放りながら言う。
それは手持ち無沙汰な行為で、なんで照れてくるのかわからなかった。



 「それも困るな」



そうは言ったが、先生も本に目を落として、この話を打ち切りたがっている。
俺も黙って二つ目の石を投げた。
乾いた音が、闇に響く。
変わってきてはいるものの、何かに怯えて立ち止まる先生を感じることしかできない俺は、自身の身体を抱きしめて、エネルギーを殺した。
先生が本を置く。



 「デートの時間だぞ、ナルト」



気づけばそろそろ、丑三つ時。
俺は立ち上がり、焚き火を背に駆け出した・・・・・



2008.01.02.

タネあかしはカカシサイドの話で。