昨日の欲望、今日の純愛 1




先生が、男に自分を抱かせていたという話を聞いたとき、感じたのは、変な安心感だった。
安心感?
ナルトは騒がしい自分の心臓を抑える。
それでも、口は勝手に言葉を吐く。
  「写輪眼のカカシが、お前なんか相手にするか」
粋がって、その勢いで来るかと思った相手は、意外にも、素直にその事実を認めた。
ナルトがカカシの部下だったことを、思い出したせいかもしれない。
  「確かにな。先輩がまわしてたんで、俺も混ざっただけだ」
まわす?
ナルトの硬い表情に気づいて、暗部出の男は、苦笑いする。
  「無理強いなんてしてない」
とだけ言った。
居酒屋の引き戸が開いて、新しい客が入って来る。
相手はそちらを見るともなく見て、話を終わらせたがっている空気を発した。
あえてそれを読まずに、
  「あの人は、同性愛者なのか?」
とナルトが突っ込む。
  「さあ?そうなんじゃないの?」
今日び珍しくもないと言った身振りで、実際、相手はもう立ち上がり、後から来た仲間に手をあげた。
  「俺らは、女の代りに綺麗な顔を抱ければいいだけだけどな」
男が席を立ち、声をかけてきた仲間のまとう空気で、完全に話は終わった。
  「綺麗な・・・・顔」
また心臓が拍動する。
馬鹿げた安心感の向こうに、かきむしられるような焦燥感を感じた。





初めてカカシと出会った教室で、ナルトは安心感の意味を考えていた。
教壇に腰掛けて、カカシが開けたドアを見る。
いまでも鮮やかに思い出す。
銀髪をさらに白くして、覆面の怪しい男は、白墨の粉で咳き込んでいた。
眠そうな目は、しかし戦闘に入るとしっかり開かれて、三人の部下はそこに簡単に、整っているであろう顔の造形を見た。
飄然とした姿の奥に、大人の男を感じることはしばしばあって、でもそのときの鼓動に、畏敬の念以上のものはなかったと思う。

ただ、時折

変な噂は聞くことがあった。
噂の正確な中身を直接聞くわけではない。
大人達が「写輪眼のカカシ」という話題を載せているときに、品無く笑う様を傍観していただけだが。

窓の外を見る。
秋特有の、褪めた色彩の中、わずかに暖かみをまとった光線がまっすぐに差している。
梢の木の葉が揺れ、窓ガラスに透明な陰を映していた。
不意に地来也とのセリフがよみがえる。
  「お前はガキじゃからわからんだろうけどの、愛にはセックスがつきものなんじゃ」
  「いやらしいってば」
  「昔から言われとる。愛のないセックスはあるが、セックスのない愛はない、ってな」
  「・・・・・?」
  「愛にはセックスが伴う。そうじゃないなら、それは別の感情じゃな」
風が吹いて、戸外がざわめく。
はっと顔を上げて、ついで壁の時計を見る。
3時をまわっていた。
逡巡して、教室に黙って座っているだけの時間も、本当はポーズだと、ナルトは気づいていた。
さっさと行けばいいのに、今日はなぜここで時間をつぶしている。
あんな話を聞いた、昨夜の今日だ。
ナルトは拳を握りしめる。
暴れそうになる身体の中の何かを、必死でなだめている奇妙な感覚を、持てあましていた。





ここ最近のカカシは、任務と里の内政に関わる仕事との掛け持ちで、忙しい毎日だった。
時々、ぶっ倒れるので、今は、短期入院を余儀なくされている。
時計の音が、ガランとした教室に響く。
いつもは昼食後の静かな時間をめがけて、カカシを見舞っていた。
でも、今日はもう3時をとうに過ぎている。
  「なんなんだ、俺・・・・」
わからない。
でも、いらつく。
そして、それをカカシのせいにしている自分気づく。
  「無理強いしてないだなんて・・・」
任務で殺気立って、穏やかな性行為なんかあるものか。そんなセリフを信じるほど馬鹿じゃない。
でも、拒否できなかったんだろうか、と、いらだちの矛先はやっぱりカカシに向く。

ナルトは、大きく息をついて、天井を見上げた。



2008.09.21