昨日の欲望、今日の純愛 2




軽いノックの後、間延びした声がいつものように返ってくる。
  「どうぞ~」
そっと病室に入る。
右の壁際に頭の部分を寄せて、ベッドが置いてある。
その上に、いつものようにカカシは横たわっていた。午後の来客はナルトだけだからか、その顔も隠してはいない。
  「今日は遅いね?」
顔をナルトに向けて、薄く微笑む。
  「あ、ああ、ちょっとね・・・」
濁しながら、ナルトは椅子を引いて、ベッドサイドに座った。
  「無理しなくていいんだぞ。毎日来てくれなくてもさ」
意外にはっきりした口調でカカシが言う。遅れてきたことで、ナルトの生活を思ったのだろう。
  「無理なんてしてねえってば。俺の意志」
  「・・・そうか」
そう言ってまた微笑んだ。
いつものナルトじゃないことをちゃんとわかっているかのように、カカシは自然だった。


遅れてきた病室は、日差しが傾いている分、いつもより明るく感じられた。
戸外の紅葉を反射して、透明な黄色い光が白い病室を満たしている。
ナルトは、ぼんやり壁を見上げた。
  『俺が帰ったあと、先生はいつもこの色の中にいたんだ・・・・』
そう思って、何故か目の前のカカシが愛おしくなる。
  「ここにいるとさ、意外と静かなんだよ」
いきなりカカシがそう言う。
  「え?・・・ああ、そう・・・」
ナルトは耳を澄ます。しかし、静かどころか、廊下を行き交う人の気配や、患者や医療技術者を呼ぶアナウンスで、適当に騒がしい。それらから隔絶された室内の空気、というものはあるけれど・・・・
ナルトの神妙な顔を見て、カカシが笑って言った。
  「違うよ(笑)。情報が入ってこないってこと」
  「あ・・・ああ、そうか(笑)でも、連絡は来てるだろ?」
うん、でも、と言って髪を掻き上げる。光の乱反射で、カカシの淡い影が室内に揺れた。
  「そういう事務連絡じゃあ、実際のところ、微妙な部分がわからないんだよね」
  「そうだな」
  「その程度の連絡なら、ない方がいいって思うこともある」
ナルトは思わずカカシの顔を見た。
カカシが、戯れにしろ、そういうことを言うのを、初めて聞いたからだ。
カカシは、そのナルトの視線を受け止めて、疲れた、とでも言うように微笑む。
その様子は、これから転がる何かの時間の起点のようで。
ナルトは視線を外せない。
  「そんなこと言うなんて・・・」
  「ん?」
  「カカシ先生らしくないってば」
  「そうだね」
言って顔を窓に向ける。
7班から贈った、ブルーの細いストライプのパジャマの襟が、少し広がって、形良い白い首筋が露になる。
透明な黄色い光がそこにも戯れていて、伸ばした右手は、難なくカカシの襟に触れた。
  「いつも、馬鹿がつくくらい、里のことに一生懸命なのに」
ナルトの指が、カカシの襟を下に引く。
少し痩せたらしい鎖骨が見えた。
カカシは、ナルトのするままにさせて、そのことには何の反応もしない。
  「そういうお前も、大人になったよね(笑)」
  「俺?」
  「ああ。だから、俺、愚痴ってるのかも」
不意に、昔の光景がよみがえる。
下忍時代、いつも先生達は何か話していた。アスマや紅と、ときどき笑いながら。
ああとナルトは思う。
  「こんな話だったの」
  「そ。くだらない愚痴とか・・・・」
ナルトの指が、カカシの鎖骨に触れる。
僅かに、カカシの身体がピクと震え、でも、それだけだ。
その指をそこに留めて、カカシの顔を見る。
ただ見れば、綺麗な男の顔だが、この人が今まで一生懸命生きていた、そのいくらかを、自分も共有しているという確かな感じは、そこに愛おしい感情をも混ぜ込む。
多分、心の中では抱きしめてキスしていた。
その妄想に、ナルト自身驚いて、目の前のカカシを改めて見た。
自分の指が自然に触れていることが不思議で、指を外さず、その一点で繋がっている先の身体を脳裏に描く。

  「先生の話を聞いた」

そのセリフは、今までの会話と何ら変わらないトーンだったのに、その意味する重さで、暖色の部屋に余韻を残した。
  「俺の?」
そう言うカカシの声は掠れていて、窓の外を無目的に見ていた視線を、ナルトに戻す。
その弾みで指が離れ、戻す加減で、ちょっとカカシの襟を乱した。
  「先生と仕事をしたことがある暗部から」
カカシの表情は変わらない。
  「俺の・・・どんな話?」
多分。
カカシもどう反応していいのかわからないのだろう、とナルトは思った。
この空気から、ナルトが聞いた話の輪郭は、もう、カカシはわかっているハズだ。
どうしていいかわからないから
ただ、話を先に進めるだけ・・・・
  「・・・先生と寝たって」
まわされてた、とはさすがに言えなかった。
  「・・・・・」
カカシは黙って視線を手元に落とす。
その黄色の光に溶けそうな銀髪を見て、さっき収めたはずの激情が、再び身体を駆け巡るのを感じた。



2009.06.17

続きます・・・・