昨日の欲望、今日の純愛 4




  「もう秋なんだね」
とっくに秋には突入していて、そんなセリフは滑稽だったが、秋の空気を感じられない病室にいたカカシには新鮮な気づきなのかもしれない。
  「病室の窓の木も紅葉してたってばよ?」
  「ああ・・・そうだった」
病室にいるとき、この人は何を見て、何を考えていたんだろう。
ナルトは横に並ぶカカシを見る。
カカシの入院がやっと終わり(それはナルトの印象で、本当は短期なのだが)、今朝、退院になった。
7班の連中が、退院時に顔を出したが、それぞれすぐに任務に出て行った。
カカシ先生は俺が面倒見るよ、と、その役を引き受けたナルトは、こうしてゆっくり時間を過ごして、独占欲を満足させている。
そう言えば、散り際にサクラが、
  「あんた、今日、休暇なの?」
ときつい目差しで言った。
  「違うよ。先生と、今の任務の打ち合わせがあるんだ。説明もあるし。それを兼ねてる」
  「ふう~ん?」
サクラもカカシと一緒にいたいんだろう。
ヤマトは何も言わなかったが、多分、思いは同じだ・・・・・
  「今日はいい天気だね」
カカシが太陽を見上げる。
先生は、そんな自分の属性をわかっているんだろうな、と、秋の日差しはナルトを切なくさせた。


秋の風は暖かく、アカデミーの端にある小さな公園は、紅葉の反射で、明るい日だまりになっていた。
  「すぐぶっ倒れて、先生は、繊細だな」
  「お前に比べれば、みんな繊細だよ」
カカシは笑って、日に暖まるベンチに座った。チラチラ木の葉から漏れる光が、カカシの髪に遊んでいる。
整った顔は見飽きず、ナルトは心で了解していた。

  隠さないとやっていけないよな、こんな顔

みんな魅了される。
しかも、何故か、先生には、その振る舞いと考えが乖離している印象があって、そのちぐはぐな感じも、「カカシ」がそうであれば、それはあどけないより一層の魅力になった。
先生を抱いた連中の気持ちも、本当は十分によくわかる。
正攻法で陥落しない先生を、でも、手に入れたければ、惹かれる気持ちをごまかし、性欲にすりかえて
・・・・犯すしかない。

  自分と連中の違いは・・・何なのだろう。


  「ナルト、腹減ったよ」
はっと、目の前のカカシに意識を戻す。
  「あ、ああ・・・どっか食いに行く?」
  「ここがいいな」
カカシの手は温かいベンチの座面を撫でている。
  「わかった。なんか買ってくるよ」
  「いいかい?」
  「うん。待っててな」
自分の財布をさがそうとする先生を、両手で止めて、ナルトは走り出す。
来た道を戻り、街の中に駆け込む。
走りながら、でも、カカシの事を考えるのをやめることはできなかった。
キスを拒絶しなかった先生。
俺は受け入れられたんだろうか?
本当はもっと先に行きたい。
  「コンビニ・・・コンビニ・・・と」
先生を脱がせて・・・
  「サイテーだ、俺」
先生に入れたい。
  「馬鹿か、俺」
頭を振って、見つけたコンビニに飛び込んだ。
おにぎりがいいか、サンドイッチか、と悩みながら、結局、全部買い込んで、軽くなった財布が、でもなんか嬉しい。
来た道を走りながら、頭の混乱をなんとかしようと、吐く息に思考のリズムを合わせる。
早く、先生の所に戻りたい、先生の顔を見たいと思いつつ、走る足はゆっくりになり、ノロノロと歩くだけになる。
  「俺は聖人君子じゃない」
そんなことはわかっている。
ただ、どうしても、先生を犯した奴らが許せなく、そのことを消化しちまっているらしい先生にいらいらし、先生が好きだといいながら、行き着く先は抱くことしか考えていない自分が・・・・・
  「ああ・・・・グチャグチャ・・・」
髪を掻き上げると、袋の中でおにぎりが揺れる。
  「あ、腹減ってるって言ってたんだっけ」
ナルトは明るい石畳の道を、駆け抜けた。





カカシは同じ姿勢でベンチにいた。
自分の上の空を覆う明るい色の葉を見上げている。
近づくと、こちらを見て、笑顔になる。
ナルトは無言のまま、カカシの隣に腰をおろした。
カカシが袋を受け取って、
  「もっと、非難されるかと思ってたよ」
と言った。
突然のセリフだったが、ナルトにはすぐ理解できた。
走っている間に、ナルトが悶々と悩んだように、カカシも一人でここに座って考えていたんだろう。
  「なんで非難なんか。言ったじゃん」
ああ、とカカシは頷き、その肌が光を受けて半透明に輝く様から、ナルトは目を離せない。
  「先生こそがっかりしたんじゃない?」
  「何が?」
  「ごめん・・・チューしちゃって」
  「・・・・ああ・・」
カカシは目を伏せてそう言ったが、その肯定的な印象に、ナルトは驚いた。
  「イヤじゃ・・・・なかった?」
  「(笑)・・・別に」
カカシはおにぎりを手にして、そのフィルムを剥きながら笑んでいる。
フィルムに光が乱反射してナルトは目を細めた。
  「ホント?」
  「うん(笑)」
この空気のまま、今ならすべて許される気がして、ナルトは口早に喋った。
  「先生、俺はさ、ホントはもっと先に行きたいんだよ?」
カカシはおにぎりに海苔を巻き付けると、
  「いいよ」
と言った。
ナルトは、おにぎりを持つカカシの手首を掴む。その勢いに、カカシが眉をしかめた。
  「先生」
  「ん?」
  「俺のこと・・・」
  「好きだよ」

ゆったりと風が吹いてきて、柔らかく木を揺らす。
ザワーとした葉の音と共に、木漏れ日がカカシの顔を明るく照らした。

ああ・・・・これか・・・・

不意に、地来也の言葉がよみがえる。
先生が欲しい自分を、連中と同じに貶める必要はないんだ・・
先生が好きだ。
先生が愛おしい。
先生と、繋がりたい・・・・・

ナルトはゆっくり手を放す。
カカシもちょっと笑んで、前を向く。
その涼しげな横顔に、「俺の為に言ってくれたんだろうな」と感じる。
でも、その感じは、ぜんぜんイヤじゃなかった。
  「先生、いっぱい喰っていいからな」
  「こんなに喰えないよ」
笑う声に、穏やかな空気が流れて、ナルトは遠く空を見た。
いつの間にか高くなったそれは、いろんな思いを吸い込んでしまうくらい、綺麗に青かった。



2009.06.21