夢の続き




目が覚めた。
十分とはいえないが、それなりに寝たはずなのに、頭が重い。
ベッドから起き上がろうにも、それらを放棄せざるを得ないくらい、気力が萎えていた。
ベッドサイドの明かりがほのかに灯っていて、まだ夜が明けていないことを知る。
サスケは、天井を見上げた姿勢のまま、まだ寒い夜明け前の空気に息を吐いた。


雨の音がする。
屋根を静かに叩いている。
隣にはカカシが寝ている。
こういう関係になったのは、サスケの意志である。
  『と・・・思ってた』
全く大人は、余計に生きてるだけずる賢い。
実際、形としては、サスケが押しまくって、カカシが折れた、と、そういうことになっている。
でも、こんな状態、この人にもその気がないと成り立たねぇことだろう。
そして、そんなカカシの色々も含めて、俺はこうしている、と思っていた。
それなのに・・・・・


天井から、視線を下ろす。
横のカカシを見る。
こちらに背を向けて、暗い部屋の壁に寄り添うように寝ている。
どこか寂しげなその背をじっと見ていると、雨の音が静かに耳に侵入してくるのを感じた。
  『言わせたい』
俺が欲しいと言わせたい。
ずっと、そう思ってきた。
でも、その背が寂しさを漂わせるのも、アンタが大人だから、だったのか?
サスケは、そっと裸のカカシの背に触れる。
冷えて、サスケの手のひらに冷たい。
静かな寝息が聞こえてきて、触れているところだけ、ゆっくり暖かくなっていく。
  俺がいないと寂しい?
  俺が触れてないと、アンタは寒いか?
その思いだけでいいと思っていた。
いつの間にか、雨は、その粒を大きくしてるような音になっていた。
大きなボタボタという音がする。
昨夜は、雨なんて降ってなかったのに。


・・・・・・・・・・


昨夜、先に任務から帰ったサスケは、カカシが通るであろう道沿いの本屋で辛抱強く待った。
少しずつ暗くなる早春の夕暮れも、さすがに冷えてきた路地の空気も、カカシを待つ身には何でもなかった。
よほど経ってから、カカシがやってくる。
サスケは、こちらに気づかずとろとろ歩いていくカカシを、ちょっとだけ見つめる。
どうして、アンタなんだろうな。
復讐が俺のすべてで、俺はそのためだけに生きてなんの後悔もない。
だけど、アンタのことを考えると、そのときだけ、心の奥がチリッとする。
口元に笑みだけ浮かべてカカシの丸い背を見る。
でも、気づかないうちに、張り付いた笑みは剥がれ落ち、結局いつも、サスケは歪めた唇のままカカシと対峙するのだった。



先にベッドに入ったカカシを追うように、サスケもベッドに潜り込む。
  「ランク、なんだったんだ?」
身体を伸ばしながら、サスケが言う。
  「今日はトリプルスペシャル・・かな」
真面目な顔でそんなことを言った。
  「どんな任務よ?」
サスケも、カカシにつきあう。
  「火影の隣で、一日、予算書の作成」
  「ああ・・・そりゃ、いろんな意味でスぺチャルだな」
  「ははは・・・スペチャル」
いちいち愛しい。
サスケは、いきなりカカシの上に覆い被さると、その頬にキスをした。
  「・・っ、サスケ」
カカシの声が耳元にダイレクトに響く。
今度は、その唇に口付けた。
舌を差し入れ、口腔を優しくかき回す。
カカシは、決して、自分からはなにもしない。
それでもいいと、サスケは思っている。
でも。
ホントは言って欲しい。
ホントは、俺を抱きしめて欲しい。
サスケは、無理矢理カカシの舌を吸い出して、歯を立てた。


ベッドサイドの明かりをつけようとすると、「ダメだ」と言った。
カカシがいるのは見えるけど、その色は見えない。
  「暗くていい」
そう言って、寒そうに毛布を引き寄せる。
ベッドの頭の方に、窓があって、カーテンの間から夜の光が射している。
サスケは腕を伸ばすと、カーテンを乱暴に開いた。
暗かった部屋に黒い光が差し込んでくる。
街灯や、星の明かりや、家々の窓の明かりや、空の雲に反射する細い月の光や・・・・
そんないろいろが、暗い部屋を寂しく彩った。
  「サスケ」
多少の非難のこもった声も、サスケが勢いよく剥ぐ寝具のざわつく音に、どこか行ってしまう。
サスケがカカシの背後に指を這わすと、カカシがその腕をもの凄い勢いで掴んだ。
  「!!なに?」
サスケが思わず詰問にするような口調で言うと、
  「入れるのはイヤだって」
とカカシも言い返す。
  「仕方ねえだろ」
と、今度はなだめるように言う。
カカシは、サスケの腕を放し、「口でしてやるよ」と言った。
サスケは一瞬目を閉じる。
写輪眼のカカシにこんな事を言わせる俺たちの関係。
サスケの心を、痛い感情が突き動かす。
でも、アンタと同じくらい、俺だってずるいよ。
そんなことを言わせても、俺はアンタが欲しいんだ。
  「イヤだ、アンタとつながりたい」
  「俺がイヤなんだ!!」
  「俺は、入れたいんだ」
  「サスケ、突っ込むだけがセックスじゃないよ」
やっぱり、最高にずるいよ、カカシ。
  「他の人間はそうかもな。でも俺は違う」
  「・・・・俺を征服したいのか?」
  「なんだよ、それ」
もう何度繰り返した? 夜毎の意味のない理屈の応酬。
いつもの、ただ流れるだけの無駄な時間。
これから続くうんざりとする時間に、サスケが、負けると知った抵抗を試みる。
  「くだらねぇ。好きだからしたいだけだ」
そして。
昨夜は違った。
  「好きだからさせたくない」
確かにカカシはそう言った。
サスケが目を大きく見開く。
  「カカシ?」
  「俺も本当はわからない。でも、」
仮初めにこんな事して、お前との関係をいい加減に進めたくない・・・感じがする・・・

ああ、ほんと、こんな大事なことが、こんなにくだらない。
サスケの感情がついに爆発する。

ビビってるだけだろ!!
違う。
ケツはダメなのに、チンポしゃぶるのはいいのか?
なっ・・
そういうことだろ!!
酷いこと言うなよ!!俺だって・・・
なんだよ
わかんないって言ってるだろ
抱きたいよ
サスケ
そんなに、決定的なことなのかよ
言いたくない
カカシ
カカシ
カカシ


怒りで
身体中を、出口を探して暴れ回る激情で
サスケは堅く勃起していた。
カカシの手がそれに伸びる。
ああ、
もう雨は降っていたかもしれない・・・・


うぜぇ
さいっってーだ、お前
だろうな
さいてー・・・だよ
舐めてくれんだろ
ああ、しゃぶってやる
カカシ
・・・・
カカシ
・・・・
アンタこそサイテーだ
知ってるよ
ああ、馬鹿だよ、アンタ
もう、好きにしろよ
カカシっ・・・
好きなだけ突っ込めばいいだろ

ふざけやがって

カカシの髪を掴む。
脳のどこかは冷えて、凶暴な肉体の哀れな様をじっと見ている。
銀糸が指に絡まって、正誤も正邪もない。
カカシの目の端に涙が光っていることすら、狂気のエサだ。

カカシ、カカシ、

痙攣的な発声に、

お前が正しいよ、サスケ

そう言って、本当に笑った・・・・



サスケは、舐めているカカシの肩を押し返した。
口腔から抜け出たペニスが、冷たい夜気に解放される。
  「好きだ」
思わず放った陳腐な台詞も、どこかが切れたようなカカシの虚ろな耳には、音にしか聞こえなかったらしかった。
だって、カカシはもう笑わなかったから。
シーツに押しつけて、その、俺より立派なチンポを掴む。
カカシは勃っていなかった。
サスケがそれをしごいて、カカシの半分閉じた写輪眼を舐める。
  「俺に勃たなくてもいいよ」
それがカカシを傷つけると知って。
  「俺は勃つからな」
サスケの指が、カカシのアヌスに押し込まれた。
強く押し込まれて、カカシが喉の奥でうめく。
すっかり冷えてしまった指先は、カカシの中を火傷しそうに熱く感じた。
たぶん、痛かったと思うけど、カカシは何も言わなかった。



カカシが息を吐いて、俺を受け入れる。
あれほど、いつも拒絶して、俺を落ち込ませるほど嫌がって、
それなのに、今、カカシは、俺のタイミングすら見計らって俺を飲み込む。
暗い光を集めて、サスケの目は、カカシに入っていく自分を見ていた。
  「・・・んっ・・」
カカシが息を詰める。俺のサイズじゃ痛くもないだろう。
カカシの腰が動いて、俺に動くことを促す。
身体が勝手に興奮して、カカシを滅茶苦茶に突き上げた。
感じて欲しかったが、そんなこと、配慮できるほど冷静でもなかったし、慣れてもいなかった。
カカシは、時々呻いたが、ただそれだけだった。
心は冷えても、律儀に体は欲情する。

俺の名を呼べ

俺を見ろ

こんなに切実に思ったことなんかなかった。

神なんかいないってとっくに知ってて、それでも、懇願した。

目を見て

俺を

カカシ



闇が揺れる。
カカシから抜いて、サスケが吐精する。
サスケのそれは、カカシの股間にかかって、シーツを汚した。
カカシが、自分のペニスを掴んで、扱く。
サスケが手を出すまえに、カカシも射精した。
息を荒げて、カカシを見る。
やっぱり暗くて、そのラインしか見えなかった。
  「こんなのっ!!」
サスケが何か言う前に、カカシが小さく叫んだ。
その後も、なにか言ったが、サスケには聞こえなかった。
哀れな状況を虚飾する情欲も枯れた今、ただただ、ものすごく惨めな気持ちだった。
カカシがベッドを降りる。
音を立てて、歩き去る。
狭い部屋の向こうで、バスルームのドアが乱暴に閉じられた音がした。
心臓を鷲づかみにされるような痛みとともに、その残響を聞いた。
ノロノロと手を伸ばし、ベッドサイドの明かりを灯す。
汚れたシーツを剥がそうとして。
そこに滴ったカカシの血液に気づいたサスケは、なんだか泣きそうになった・・・



ベッドからシーツだけ剥がして、サスケは横たわる。
戻ってきたカカシは、でも、もういつものカカシだった。
バスタオルで、髪を拭いている。
  「お前も行けよ」
そう言って、サスケを促す。
なんの気力もない。
カカシに言われるまま、ベッドから降りる。
歩くまま、夜の闇がついてくるのを感じた。
俺たちの騒ぎなんて、何でもない。闇は闇のまま、夜明けを待ってるだけ。
明かりがつけっぱなしのバスルームは、白々しくて、ここに来て、サスケは明かりの効用を知る。
自分の顔を鏡で見て、自分の手足をシャワーに当てて見る。
闇にはない客観がそこにはあった。
カカシも、彼の嫌うこの明かりに救われたんだろうか。
そう思って、お湯の温かさを感じていた・・・・



ベッドが少しだけ盛り上がっていて、見ると、ベッドサイドの明かりをつけたまま、カカシが寝ている。
さっき身体に巻いていたタオルが、床に落ちていた。
サスケもベッドに入る。
  「シーツ・・・」
サスケが言う。
  「うん」
カカシが返事をした。
新しいシーツが敷いてあった。
こっちに背を向けるカカシを見る。
あんなに傷つけ合ったのに、拒絶する様が狂いそうなくらい憎かったのに、こうして一緒にいると、いつまでも続く二人の時間だった。
  「ごめんな」
独り言のようにつぶやく。
わずかにカカシが頷いて、その揺れた髪に、サスケは顔を押しつけた・・・



・・・・・・・・・・


  「雨・・・だね?」
いつの間に起きたのか、カカシがささやくように言う。
サスケはカカシに触れていた手を離した。
  「ああ。起こしちまった?」
  「いや、雨の音で」
カカシが身じろぎをする。
  「俺、今日、火影のお使いあるんだよ」
そんなことを言った。
雨の音は、断続的に続いている。
  「休めよ」
  「はいはい」
あきれたような口調が返ってきて、また静かになる。
カカシの身体を後ろから抱いて、サスケも目をつぶる。
目をつぶる瞬間に、開いたままのカーテンを見た。
夜明け前の一層くらい闇は、でも空気だけ朝の気配に染まって、雨をかき抱いていた。



2008.03.04.


ロストバージンは、喧嘩と共に