夕立のあと




ぽつ

ぽつ

乾いた庭石に、大粒の雨が落ちてきた。
縁側から空を見上げる。
いままでギラギラと雲を巻き込んで光り輝いていた夏の空は、今は、濃い灰色の雲に覆われていた。
たちまち庭が暗くなる。
  「先生ーー!!二階、窓は?!」
俺は部屋の奥にむかって怒鳴る。
暑いから、物干し場の出入り口は開けっ放しだ。
たぶん、先生は返事をしたんだろうけど、その声よりも、慌ててドタドタとボロイ階段を駆け上がる音がした。
  「ホントにアンタ、忍者かよ」
俺が笑って立ち上がると、途端にもの凄い音で、雨が降り出した。

ザーーーーッ・・・

ドーーッとも聞こえるもの凄い雨量は、そりゃ、車軸も流される勢いで、うわーっという先生の悲鳴と慌てて雨戸を閉める音がミックスされていた。
一気に庭が暗くなり、縁側にまで、雨が入り込んでくる。
  「間に合わなかった」
先生が、シャツを濡らして降りてきた。
  「立て付け悪いから、なかなか閉まらなくて」
と、俺を見ると、また悲鳴を上げる。
  「ナルト!!書類!!」
  「あ、いけね」
俺が資料室から持ち出した資料が、縁側の縁で、盛大に雨にうたれていた。
俺と先生は慌てて書類をかき集め、部屋の奥に避難した。
  「雷まで鳴ってるよ」
濡れたシャツを気にしながら、先生が言う。
確かに、地鳴りのような音がして、黒雲が時折光る。
  「止みそうもないね。今日も泊まっていくよ」
俺のさりげない言葉に、でも、ちゃんと返して来る。
  「夕立だよ、これ。すぐ止むって」
タオルを取りに別の部屋に行った先生が戻ってきて、庭を眺めた。
  「口実だよ」
俺も負けない。
  「・・・まあ、いいさ」
そんな、なにもよくないセリフで閉じて、カカシ先生は、畳の上座る。
そして、コテンとそのまま寝そべった。
急に暗くなった部屋は、芝居の舞台のようになにか作り物めいていて、横になる先生も、なんだかいつもの先生ではない錯覚に陥っていた・・・・





今日は朝から事務仕事を片付けていた。
あまりの暑さに、俺はたぶん無意識に、屋内作業を選んでいたのだ。
数ある仕事の中には、当然屋外のしごともあるわけだが、でも、こんなに暑けりゃ、それは後回しが正解だ。
太陽は、もの凄く強烈で、手を伸ばせば届くんじゃないかっていう位置にあるようだ。
でも、ここは書庫。
紫外線は紙の敵だから、自然光は高い飾り窓から僅かに入るのみ。
しかも、涼しい。
入ってきたときは、まだ吹き出していた汗も、今はひいて、楽になった。
空調はしっかりしていて、薄暗くはあるが、陰気ではない。
背の高い書棚が綺麗に並んで林立していて、所々に、書見台がある。
  「広いな」
俺のつぶやきも、空調のうなりに静かに収束する。
アカデミーの奥にある付属の資料室は、街にあるような図書処とは性格が違う。
忍者がらみの資料や、文献、里に関するあれこれの情報で埋まっている。
俺は、さっそく仕事にかかる。

やがて、目指す目的の資料を見つけ、集めて整理した俺は、それを束にして抱えた。
高い窓を見上げる。
ああ、なんか、ヤバイくらい暑そうだな・・・
再び、資料を床に置く。
ちょっとくらいの息抜きは、許されるだろう。
俺は、その日の午後一杯、グルグル書棚の間を歩き回って、いろんな本や資料を眺めて過ごした。
一番のヒットは、いつの飲み会かわからない黄ばんだ写真だ。
しばらく眺めて、やっと三代目の女装に気づいた俺は、書庫で一人、情けない悲鳴を上げた・・・・


早めに仕事を切り上げると、俺は、カカシ先生の家に向かった。
別になんの約束があるわけでも、二人の取り決めがあるわけでもないが、俺はかなり前から、ほとんど寝起きはカカシ先生の家でしていた。
俺は、付き合っていると思っている。
でも、先生は、そうじゃない・・・・
俺は、まだ明るい帰り道を走る。
昼間の暑さが残っていて、その中を、走って涼を取るがごとく帰る。
先に任務を終えて帰っていることを知っている俺は(受付に寄ったのだ)、勢いよく木戸を抜ける。
  「暑いなあ」
縁側に座っていた先生は、笑って俺を迎えた。俺は縁側に資料をドサリと置く。
  「へえ?仕事、残ってるのか?」
先生が驚いて俺を見た。
  「これだけ残してきたんだ。俺だって、給料分は働いてるよ」
  「ふうん(笑)」
先生は立ち上がり、
  「そうだ、ウナギ喰おう」
などと嬉しそうに言う。
  「いいよ。腹減ったし」
  「帰る途中、新しい店見つけたんだ。晩飯に早いけど行こうよ」
先生は、俺といるとき、楽しそうだ。
実際楽しいんだろう。
しかし、それはあくまで、俺がこの距離を保っている間だけだ。
俺たちは、茹だる暑さをかき分けて、飯を食いに出た。
満足して帰ってきて、俺は縁側で資料を広げる。
先生は部屋の奥で何かしている。
暑い空気が沈殿したように静かになって、俺はふと庭を見た。

そして

雨が降ってきたんだ・・・・・





五月蝿いほどの雨をバックに、俺は先生を抱き寄せる。
先生は反応しない。
されるがまま、俺に大人しく抱きしめられる。
  「先生さあ」
  「ん?」
  「ホントは見たまんまだろ」
は?と先生が俺の身体を掴んで、顔が見える位置に引きはがす。
  「なに?どういう意味?」
  「俺、ずっと不思議な感じがしていたんだ」
先生は憮然として、畳に手をついて起き上がる。
  「ぜんぜん意味、わからんな、ナルト」
  「俺のこと、嫌いじゃないよね」
  「・・・・・」
肝心な時には無言の先生に、はあ、と俺は盛大に溜め息をつく。
  「ナルト、溜め息つきたいのはこっちだよ」
雨の音で、先生の声が遠い。
  「ちゃんとわかるように説明しろ」
向き合う気になった先生に、俺はニッと笑ってみせる。からかわれていると思ったらしい先生は、怒って俺の腕から逃れようとした。
  「離せ」
  「違う、先生・・・先生ってば!!」
  「うるさいよ!!」
乱暴に言い放つと、ホントに俺をぶん殴ってでも立ち上がりそうだったので、俺も本気でなだめた。
  「見たんだ、記録!!」
  「・・・・なに?」
  「見つけたんだよ、業務記録!!」
俺は目で、部屋の奥に放ったままの書類を示した。
  「なに?何のことだよ?」
先生は起き上がって、書類に手を伸ばす。
湿った空気の中、ガサガサと僅かに暖かい紙の音がする。
はじめ、ただうろうろと紙面を泳いでいた先生の目は、やがて、それがなんであるか理解した色を宿し、同時に頬が赤くなって・・・・また怒り出した。
  「どこで!!こんな・・・・」
それは、四代目による部下の評価も含めた業務記録だった。
報告書とは別な簡便な業務日誌だったが、それでも、そこには、まだ幼かったカカシ先生の、生き生きとした姿を垣間見ることができた。
  「先生、こんなにストレートな子供だったんだね」
  「ど・・・どういう意味?」
  「自分の気持ちに素直な、さ」
ふん、とばかりに俺に書類を突っ返すと、先生は縁側に出た。
雨は激しく、その光景と音は、もうふざけているように、凄かった。
  「俺のこと、好きだろ?!!」
耳を塞ぐような轟音に、俺は叫ぶように言う。
先生は動かない。
と、
先生がトンと、縁側から降りた。
  「え、えええーー???!!!」
俺は叫んで、縁側に行く。
シャワーのような雨の下、先生の髪が雨の水圧に乱れていく。
  「な、なにやってんだよ!!!」
ちょっとためらって、俺も庭に降りた。
視界が雨で滅茶苦茶だ。
  「先生?」
先生の前に回る。
  「どうしたんだってば?」
口を開けると、水の中にいるみたいに雨が入り込む。
こんなに近くにいても、雨の騒ぎで叫ばないと届かない。
言葉は、雨の飛沫を伴って先生に向けられる。
  「わからない。気づいたら降りてたよ(笑)」
力ない先生の水に濡れたセリフは、音の振動が増幅されて震えて聞こえた。
唇に、鼻に、頬に、涙のように水が流れ落ちる。
はあ・・・・
俺は先生を部屋に引っ張って、顔をしかめた。
  『逃げたいほど、いやな質問だったってことかよ・・・・』
俺はびしょ濡れの先生を縁側に座らせて、さっき先生が使っていたタオルを持ってきた。
  「はい」
と渡し、並んで庭を見る。
雨はもう、峠を過ぎたようだった。
滝のようだった雨は、今は、かなりその勢いを失い、普通に「大雨」になっていた。
庭石が綺麗に濡れて、そこに淡い緑の葉が貼り付いている。
  「もう、言わないよ」
雨が静かになってきたから、自然に俺の発声も静かだった。
先生は、濡れた縁側に座って足を拭いている。
  「追い詰めた・・・みたいだ。ごめん」
本当は言わなくていいことだと思ったが、俺にもけじめは必要だ。
先生が思ってるほど、俺は強くないし、器用でもない。
自分の弱さに俺が思い至って、力なく脱力したのを、先生は感じ取ったのだろうか。
先生は急に部屋の奥に入っていった。
俺は黙って庭を見たまま。
雨はどんどん弱くなり、今は「小雨」になっていた。
先生が戻ってくる。
  「ナルト」
振り向くと、カカシ先生が、ガサッと音をさせて、俺の胸元に和綴じの書類を押しつけた。
  「?・・・な、なに?」
言って、それを手にとって、俺はもう気づいていた。
「7班」の日誌だ・・・・
  「読めよ」
言われずとも、俺は、ページを繰って読んでいた。

懐かしい・・・・
いや、そんな単純な感傷じゃない。
先生が、
そう、カカシ先生の気持ちが、ここに凝縮しているんだ・・・・
  「お前はさあ、とにかく元気で、」
先生は畳に座って雨を見る。
  「俺は何度も救われたよ」
拭き取れなかった雨水が、銀髪から垂れ落ちて、畳にポツポツと滴下する。
その音が静かに耳に忍び込むほど、雨は小降りになっていた。
  「救われた?」
  「ああ」
そう言って俺を見上げる。
薄日が射してきた空を背景に立つ俺は、たぶん、表情が影になって先生には見えなかったと思う。
昔ほどストレートではないにせよ、たぶんこれが、先生の精一杯の表現なんだ、と、そう感じた俺は、なんだか泣きそうになっていた。
  「雨、止んだな?」
先生がそう言う。
俺も振り返り、雲間から射す夕暮れの色を見た。
胸がいっぱいだった。
先生が俺のことを書き留めて(もちろん7班全員もだ)、俺の元気に救われたと告白(だろう?)して、押しかける俺を受け入れて(嬉しそうだし)、時々、スキンシップ(抱きしめるだけ)しても拒否しない。
それだけで、今は、充分だ。
・・・・充分、かな?
・・・・ま、充分ってことにしておこう。
  「縁側すっかり濡れちゃったな」
俺が泥足で上がった跡もしっかりついていた。
  「俺が拭くよ。だから風呂貸して」
  「(笑)ちゃっかりしてるよ」
言って先生は奥に入っていった。





はっとするほど鮮やかな橙色が射してきて、もう、夕立は去って行った。
先生が、湯が溜まるまで少し待ってな、と戻ってきて、俺に雑巾を手渡した。
  「そういやさ、気色悪い物見たってば」
  「は?なんだ?」
先生も雑巾で縁側を拭く。
  「三代目の女装」
  「ん?・・・あ、ああ。あったな、そういえば」
  「俺、叫んじゃったよ、怖くて」
先生が笑う。
  「その時、俺ら暗部の連中もふざけてたと思うけど」
  「え?・・・女装?」
  「うん。他になかったか?写真」
  「なかった・・・先生もしたの?」
  「うん、俺も」

もう、後なんて見やしない。
飛び出した俺の背に、先生が何か叫んでたけど、止まるはずがない。
風呂もそっちのけで、夕立の去った清々しい夕暮れ道を、俺は飛ぶように書庫に駆け戻って行った。
先生の女装写真を見るまでは死ねないとまで思って、本気で走る俺は
たぶん、この景色より清々しい・・・・・



2009.07.25.

三代目のお色気の術は、たぶん絶品と思う、です。