光る




先生


最近、よく思うんだ。
今この瞬間のことを、俺は、いつか思い出すんだろうなあって。
未来にある今という過去が、俺の心を切なく引っ掻く。

頭が悪いねえ~って笑うその呆れた声が、俺の心に染みていく。
俺、頭、悪いんじゃないんだよ。
先生と向き合うと、他のことがどっかいってしまうだけだ。
・・・と思う(笑)

もう山に落ちたはずの太陽の残照が、
先生の髪に、頬に、説明する手の指先に、淡く、とまっている。
時々目を上げて、俺を見る瞳に、俺は、俺の色を意識する。
先生にも、俺を彩る夕日の色が見えているんだろうと・・・・

そんな瞬間的思いつきが、
俺をどこまでも切なくさせる。
ああ、こんな愛おしい今も、あっという間に過去になって、
未来も、ずっとずっと未来も、瞬く間に、記憶の底に沈んでいって、
俺は、今日という先生と過ごした日を、
・・・・
いつか思い出すんだろうなって。

そのとき、先生はどこにいるんだろうな。
俺は、どうしているんだろうな。
そのときも、夕日はこんなに綺麗だろうか。

と、話す先生の声が途切れて、その視線がふっと右の夕焼けに飛ぶ。
俺は、その色を見る先生を見る。
唯一、見えている先生の瞳を、網膜に刻む。
ああ・・・
こんなときいつも、なぜか俺は、里のことを考えるんだ。
俺が守るべき、愛しい里。
なんで俺は、先生の向こうに里を見るんだろう。
いつも。
いつも。


  「今日はもう切り上げるとするか」
覆面をした先生が、俺に視線を戻す。
俺は頷き、肩の力を抜く。
  「明日は、ヤマトも合流するよ」
俺はまた頷く。
珍しく寡黙な俺に、先生は、ちょっと俺を見つめていたが、
  「帰るぞ」
と言って、俺に背を向けた。
  「先生」
  「ああ?」
のんびりした返事をして、でも、そのまま歩き出す。
  「先生」
繰り返す俺の呼びかけに、先生は立ち止まり、上体だけで振り向いた。
  「なんだよ、ナルト?」
  「顔」
  「え?」
  「顔、見せて」
先生は、そのままの姿勢で俺を見ている。
俺の真意を知ろうとして、無言で俺を見つめていた。
  「先生の顔が見たい」
いつも悪巧みで先生の顔を見ようとする、その子供らしい発想とは違うことを、先生も感じていたんだと思う。
先生に「どうして?」と問われる前に、俺は言った。
  「全力を尽くしたい・・・んだ」
先生は俺を見ている。
  「俺は、サスケを助けたい。サクラちゃんを支えたい」
僅かな色は、ゆっくり夜の藍色に混じっていく。
先生の髪が、見惚れるほど、綺麗に淡く色づいていた。
  「里を守りたい。そのために全力を尽くしたいんだ」
先生は何も言わないが、その空気は俺を肯定的に受け入れている。
そうだった。
俺は、一度も、先生から拒絶されたこと、ない。
  「だから、先生の顔が見たい」
破綻している理屈も、俺の中では力強く繋がっている。
俺の為に、
俺の本気の中に、先生の「嘘」なんて、存在を許すべきではない、と、
俺は先生を見つめ返す。
先生が、フッと息を吐く。
こっちに来いと手招く。
近づく俺の顔に、自分の顔を寄せて、
  「高くついたなあ~、俺の顔(笑)」
といって、俺に笑いかけたのは、もう素顔だった。
西の空に僅かに残る橙色の発色が、暗くなり始めた夕暮れの道で、先生の顔を彩っている。
  「びっくりしたってば・・・」
掠れた俺の声に、先生は微笑んで、その霞んだような目の造形に、俺は、心臓が跳ね上がるのを感じた。
  「もう、覚えたか?」
すごくカッコイイ男の人が、先生の声で言う。
  「今は覚えたけど・・・」
  「ん?」
  「また忘れたら、見せてくれってば」
はははは・・・・と、先生は笑って、また顔を元に戻す。
そして、最前のようにまた道を歩き出し、俺に背をむけたまま、
  「約束は守れよ、ナルト」
と言った。


暗くなった道を、先生と別れて俺は歩く。
夕日の色には特別な何かがあるのだろうか。
その色に染まった、先生の顔を見たせいだろうか。
闇に紛れた今は、心を引っ掻く切なさが溶けていた。
破綻している理屈は、実は、本当に正しくて、俺は、がんばれる単純な自分に呆れて、空を見上げる。

もうとっくに溶けて消えたと思った太陽の色が、頭上にある小さな雲に僅かに残っている。
それは、さっき見た先生の色と同じで。
俺はしばらくそれを見つめていた・・・



2009.07.31.