雨の朝 2




風呂の戸を開ける。
わっと湯気が押し寄せて、一瞬息を止める。
外は曇天なのに、やはり昼間の明るさというのはある。
立ち込める靄は、窓から射す明るみにまぶしいくらいに白かった。
  「すげぇ、なんか明るい」
  「そうだな」
脱衣所で、一人で照れて、すごいスピードで脱いだ俺は、一足先に風呂場に入った。
先生が続く。
何度か入らせてもらったことはあるが、いい加減、俺もでかいし、手狭かと思っていた。しかし、靄の効果と、朝風呂という時間帯のせいで風呂がいつもと違って見える。
  「先生、貧乏くさい風呂が、今日はどっかの温泉旅館みたいだってば」
  「ホント一言多いよね、お前」
  「素直なだけだよ」
先生を見る。
先生は湯船のほうにかがんで、桶で湯をすくっている。
この明るさと近さで見ると、なんか強烈にくるものがあって、俺は目を背けた。
  「素直なだけじゃダメだ。お世辞くらい言えないとな」
  「先生、カッコいいってばよ」
  「いい加減にしろよ」
言いながら、先生が俺の肩に手をかける。俺は、自分でも哀れに思うほど、ビクンと震えた。
先生もつられて「わっ」と言った。
  「驚かせてごめん、洗ってやろうかと思って・・・」
俺自身の回復力で、傷はほとんど治っていた。でも、傷をいたわって、流してやるという先生の優しさに俺は素直に従った。
先生の動きを、背中にダイレクトに感じて、俺は風呂の窓を見上げる。
外では、まだ雨の音。
さっき俺たちが並んで歩いてきた道も、ずっと雨に降られてる・・・
  「あんまり無茶するなよ」
つぶやくようにそう言われた。
傷のない俺の身体に、そう言ったんだろう。
俺にだってわかってる。
テロメアには限界があると、五代目も言っていた。
九尾のせいで、俺のそれは人間とは繰り返せる回数が違う。驚異的に多いらしい。
それでも限界は来る。普通の人間より激しくテロメアのカウンターを回す俺は、その終わり方も半端じゃないだろう。つまり、悲惨な死に様ってやつだ。
人為的に増やすこともできるよと、五代目は言った。
  「でもねぇ・・・」
五代目の逡巡は良くわかる。
人為的に増やせば、俺は大蛇丸と同じになる・・・・そういうことだ。
カカシ先生も、この話は知ってるだろう。
背中を洗う手が、力強いそれが、物凄く優しい。
  「俺のこと、寝たきりとか言ってるけど」
あ、聞こえてた・・・
  「まだちゃんとお前のことサポートするからさ」
  「カカシせんせ・・」
  「あんまり余計なこと心配しないで・・・」
先生・・・。
  「寄り道なんかしないで、真っ直ぐ行けよ」
ここが風呂場でよかった。にじむ涙も湯気にまぎれる。
先生の声もかすれていて、先生ももしかしたら泣いているんじゃないかと思った。
  「俺は大丈夫だってば」
そっと耳に忍び込む雨の音を聞きながら、俺もつぶやくように言う。
いつもの元気なナルトの声だと、嘘くさく響く気がして。
裸だと、嘘がつけないのかも知れない。
  「さ、次は先生の番だぜ」
そう言って、振り向いた俺は本当に後悔した。
急に振り向いた俺にびっくりしたカカシ先生の顔は、往々にしてあどけなさを漂わせる不意をつかれた人間のそれだった。
素顔を知っているとはいえ、普段隠しているだけに、いきなりのこんな卑怯な風情には抗えない。
  「か・・かわいい」
思わず口に出してしまって、俺は混乱する。
心音までがイチイチうるさくて自分の直情さが恨めしい。
が、もっと俺を追い詰めたのは、唖然と口を開けた先生の明らかに紅潮していく頬だった。
「何言ってんの?」ってかわすことできなかったのかよ・・・・と責任転嫁。
実際、本当に可愛くて、『先生のことが好きで、そのかっこいい顔も好きで、俺を気遣うことも含めて、彼のすべてがいじらしくて可愛いと感じる』と自覚してしまった俺に、もうなすすべはない。
ああ、なんかもう、どうすんの、この空気。
・・・・・・・・・・・・・ピチャン・・・・
長い沈黙のあと、最初に立ち直ったのはカカシ先生だった。
  「お前、びっくりするだろ~」
言いながら俺の頭を軽く小突く。その頬がまだ赤いのが俺の心臓をあおるけど。
  「あ~、びっくりした。」
バカだ、こいつ、とか言いながら、俺に湯をかける。
そのかけ方が少々乱暴なのが、俺に受けているのも知らずに。
俺の肌の上で湯が弾け、白い湯気がもうもうと上がり、俺はつかの間、ほっとした。




2008.02.06.