あと1センチだけ 3




先生によって何度も引き戻される感覚は、俺の内側を滅茶苦茶に引っ掻く。
思考してるようで、慎重に言葉を選んでいるようで、でも、そのすべてに失敗しているような、どうでもいい感が満ちてくる。
そして、呼吸のように繰り返すのだ。

ああ、いやだ、いやだ・・・・と。

俺は、頭の中を否定的な言葉で一杯にする。
進みもしない、後退もしない、そんな死んだような位置が、俺たちにはぴったりだなんて。
  「ナルト、聞けよ」
諦めが悪い人だな・・・・
全部、無いことにしてやったのに。
本気で腹が立ってくる。
抱きしめた腕を突き放したい気分に襲われて、それを堪えて身じろぎしたら、ふと鼻をかすめる先生の匂い・・・・
俺自身の風呂上がりの匂い・・・・
戸外の静かな夜の気配・・・・
「普通」がもの凄い引力で俺を引っ張る。
俺は掠れた声で聞くことに同意する。
  「・・・・なに?」
  「もう、いいだろ、こんな事」
先生がどういう意図で言ったにしろ、「こんな事」っていうのは・・・・傷つくよ。
  「酷いなあ(笑)」
傷ついたのに俺は笑ってた。
  「それにわけわかんねえよ。俺を迎えに来たり、風呂に入れてくれたりしてんのにさ」
  「・・・・・・・」
  「なんで、こんな事なんて言うんだ?」
充分わかっているのに、言葉尻を捉えて、でも、そう言うしかないだろ?
俺の腕の中の大人は、眉間に深い皺を刻んで俺をにらむ。
俺は気圧されて、目しか見えない先生の顔をただただ見返した。
そして余程たってから、先生の眉間の皺は、俺に向けられたものではないらしいことにやっと気づく・・・・
  「せんせ・・・い・・・?」
先生は、俺の声に、困ったような色を目に浮かべて。
言おうか言うまいか、越えようか越えまいか、迷っているのが手に取るようにわかる。
喉の奥に、熱い塊が生まれて、先生が、愛おしくて、愛おしくてたまらなくなった・・・
今日の変な先生は、今までに溜めてきた俺の中の何かに火をつけた・・・・

何度か抗って、消そうとして、やっと、ここで失敗を認めるよ。

  「先生」
先生が俺を見ている。
俺の声は聞こえていて、でも、頭の中はごちゃごちゃなんだろ。
  「いいよ、言っても言わなくても」
聞き流すくらいの時間があって、そして、ゆっくり俺に焦点があう・・・
  「ナルト・・?」
ああ、俺が先に負けそうだよ。
先生・・
初めて逢った日のことが閃くようによぎる。
あの日、こんな日が来ることを、想像し得たろうか?
身体だけ繋いで、でも、
本当は、
本当は・・・・
本当は、そうだ、もう心がとっくに繋がっていた、なんてこと。
ああ、俺だけじゃないんだよね。
でも、わかってる。
認めたら、それを認めたら・・・・終わってしまうことくらい。
先生・・・・
先生・・・・
  「先生が楽な方・・・」
  「・・・・え?」
  「先生が楽な方で、俺はいいよ」
先生は大人だから、俺みたいに、簡単に越えられないものもあるんだろ?
いいよ、だから、
  「俺は、ずっと・・・・」
先生の目は、俺を見たまま・・・
  「ずっと、先生のことが好きだったんだ」




言った・・・・




先生の空気は変わらない。
多分まだ・・・困っている。
本当に可愛い人だよ。
  「俺だってお前の事は好きにきまってるだろ」
そんな言い方で俺を生徒扱いしたって、ねえ、先生、違うだろ。
告白の虚脱は、俺を自由にした。
俺は笑って、先生のマスクを下ろす。
こんな簡単なことが、今までできなかった。
先生は困った表情のまま、俺を見る。
ああ・・・・思った通りの顔だよ、先生。
こんなカッコイイ人が俺の先生で、この人を抱いてたんだな、俺。
  「ナルト・・・」
  「俺の好きは、先生として好きってなわけじゃないよ」
あえて、言う。
  「恋い焦がれる好き、だ」
それでも先生の逡巡している様子は変わらない。
俺はこのとき、初めて、先生にずるい手を使うことを思いついたが、そんなことでこの初めての時間を乗り越えたくはなかった。
でも、行使の前に宣言しただけだから、ちょっと・・・・ずるかったかも知れない。
  「先生、先生も認めてくれってばよ」
  「・・・・・」
  「じゃないと、俺、」
  「・・・?」
  「無理矢理抱いてでも、認めさせるよ」
結果としては卑怯だった。
俺の雄な物言いに、先生がちょっと動じたのがわかって、その様が、俺の劣情を刺激する。
困る先生が、それも、多分、自分でも抑え切れないで困ってる先生が、俺を煽る。
好きだと言って欲しい純粋な気持ちは、今は、困惑したまま俺に抱かれて欲しい欲情に押されている。
今までにない興奮で、俺の喉は渇いた。
  「脱いで、先生」
俺に視線を固定したまま、先生の手は下に伸びる・・・
  「ダメ。全部」
先生が驚いたように目をちょっと見開いて、何か抵抗の材料を探しているようだった。
ガキな俺は、こんな時、いちいち立ち止まっていた。
でも、違うんだ・・・
短い時間の間に、俺は、閃くように理解する。

こんな迷い、ねじ伏せていいんだ。

先生が何かのワンクッションで、俺の胸を押し返す。
その心地よい圧力も、

奪って、

抱いていいんだ・・・

  「先生、ごめん」

俺の口がかってに喋ってる。
先生は何か言い返そうとしていたが、その口を俺の口で塞ぐ。

はじめてキスした・・・

散々セックスした後の、初めてのキスは切なくて、自分の心が悲鳴を上げる。
先生に対するあらゆる好意的、肯定的な感情が俺を滅茶苦茶に揺さぶって、死んでもおかしくないくらいのその激しさに、俺は「告白」を後悔したくらいだった。
ちょっとだけ。



2010.08.01.

続きます