14 中央分離帯の上 [ナルカカ]




激しい無酸素運動のツケをを払った両の足は
着地した地面の凹凸を捉えきれず、傾いた俺の身体は大きく腕を振り上げ
何度も噛みちぎってきた指の先は、あっさり出血して
虚空に飛んだ血液は、綺麗な弧を描いた

傾いた日の、鮮やかで濃い橙色のバックスクリーンに
もっと鮮やかなはずの俺の血は、どす黒く
命についた消せないシミみたいに印象的だった

どんなに自分を痛めつけても、それ以上はもうない
人殺しの勘は戻ってくるけど、それだけだった
時々、何かに追われるように、荒行をする場所で
俺は、多分、自分を持て余していた。

最低の世の中だけど
その中で、もがいて生きてきたけど
それを背負って立ってくれるヤツが現われて

人殺しは、もう、いらない

って言ってくれるのを

俺はホントは待っていた





  「最近、長い任務が多いですね?」

頭のいい後輩は(いいのは勘ではない)、俺すら気づかなかった俺の行動をあっさり分析した。
  「そう言われれば、そうだね」
俺は認めて、でも脚絆を巻く手を止めない。
  「今度はどれくらいなんですか?」
任務内容は、もちろん頭に入っているが、出ようとしている時間まで、まだ20分あったから、いちいち思い出して説明するのはうんざりだった。でも、それをストレートに言って、反感を買うキャラではないので、語尾を伸ばしながら思い出すフリをする。
  「ああ、え~っとねえ、往復に1日ずつ。で、仕事は数日、だなあ。状況次第だよ」
  「聞いてますよ」
と、明らかに今の話じゃなく、俺の何かをどこかで聞いた物言いをする。え?と俺が顔を上げると、テンゾウはちょっと呆れた顔をしていた。
  「選んでるんですよね?」
  「何を?」
  「任務」
  「長い任務を、ってこと?」
  「いや、ランクが高い任務」
なんだ、こいつ、と思ったが、そこは本当だった。
  「意味がわかんないよ。仕方ないだろ?」
  「暗部の連中に任せておいたらいかがですか?」
ちょっとカチンときた。
  「年寄りの冷や水ってこと?お前さあ、本人目の前にして、きついよね。同じ事、五代目に言えるか?(笑)」
テンゾウは、本当に困った表情になって、俺もそれが彼の本意ではないことをわかっていたから、笑って立ち上がる。
  「さ、年寄りだけど、頑張ってこようかな」
  「先輩、ホント、そういう意味じゃない・・・・」
  「そうだね。俺が年寄りなら、お前、中年だもんね(笑)」
  「どっちも違います」
汗をかいて否定するテンゾウは、本当に可愛かった。
俺の左手が、彼の肩を軽く叩き、
でも、お前の存在がどれほど俺の心の支えになっていたか、わからないだろうな。
俺がどんな懊悩の中にいても、お前の姿を見るたび、気づくんだ。
受け入れることの強さを。
  「気にかけてくれてるんだよね」
  「は・・・や、はあ・・・」
  「ありがとう」
今度こそ、決定的に困った顔になったテンゾウに見送られて、俺は任務に出る。





わかっていた
こうなることはわかっていたのに

空に上げた手をそのままに
垂れ落ちる血液を、そのままに
死ねばよかった
死ぬのはかっこわるいけど
消える方法の一つであったはずなのに





  「絵に描いたような荒れようね」
 
待機所で、任務の疲れのままうとうとしていた。
部屋に帰っても、することもないし、俺は、しばしばここで時間をつぶす。
気づくと、いつの間にか隣に座ったサクラが言う。
  「そう?」
反論も同意もない。でも、そんなことを言葉に出して言うほど、バカじゃない。
  「ここは先生の部屋じゃないのよ」
  「ふふふふ・・・」
もしかしたら、とサクラを見たら、テンゾウと同じ呆れ顔だったので、俺はちょっと嬉しくなった。
  「聞いてますよ」
あれ、これまた同じセリフを。
  「何を?」
  「ほとんどここに住んでるも同然だって」
  「それを君に伝えたヤツだって、同じじゃないか。ずっと俺を見張ってたらさ(笑)」
  「先生、彼女いないんでしょ?」
その決めつけが心地よくって、俺は笑う。
  「正解」
  「もっと人間らしくして欲しい」
  「え?俺は人間だけど・・・・」
はああ、とサクラは深く息を吐いて立ち上がると、
  「先生を心配してるって事です」
と言った。
俺は、思わずサクラに手を伸ばしそうになって、それを堪える。
かわいい。
本当に愛おしい。
  「心配するくらいなら、愛してよ」
俺が、行き場を失った手の勢いを、言葉に誤魔化してそう言うと、
  「もう!!だからモテないのよ!!」
と、怒って行ってしまった。





俺の心はもうとうに諦めているのに、また、修行場の崖の石なんかを掴んだりする
こんなところ登ったって、治りきらない傷の上に傷をつくったって
何も変わらない。俺の身体が、ポンコツになっていくだけ
問題を抱えているのは俺だけじゃないことくらいわかっている
でも
したたり落ちるバカな汗と、賢い血は
乾いた地面に吸い込まれれば、同じ黒いシミだった





  「俺がまるでわかってないと思ってるんでしょう?」

イルカ先生の言葉はいつも唐突で、あまりに哲学的で、俺はいつも混乱する。
誘われたラーメン屋の片隅で、ビール片手に、ああ、長居の構えだよ。
ナルトのラーメン好きは、9割アンタのせいだ。
  「酔った先生は苦手だな」
正直に言うと、
  「俺だってあなたが苦手だから飲んでるんです」
とカウンター。その率直さに俺が笑って、
  「俺が、先生の何を誤解しているんですか?」
と聞いてみた。
  「教えません」
は・・・はははは・・・おもしろいなあ。
俺は、ビールを自分でコップについで飲んだ。
先生も手酌。コップ2杯で、もうかなり酔っているように見えた。
  「ただ、ナルトの事については言っておきたい」
俺は先生を見る。本当に酔っているんだろうか・・・・
  「ナルトは、俺にとって一番大事な、一番大事な・・・」
  「・・・・・」
  「あいつの来歴とか、そんな事じゃない」
俺はコップを置いた。
胸が痛くなってきたからだ。
  「俺だってわからない。里を代表しての贖罪なのか、俺自身の過去に重ねているのか、ただ哀れんでいるのか、家族のように感じているだけなのか」
  「・・・・・」
  「でも、そんなこと、どうだっていいんです、本当は」
他の客の談笑のざわめきが、遠い。
  「ただ、ただ、大事なんだ」
先生は、俺を見据えて、その目の力に俺は怯えて、同時に
感動していた。
イルカ先生は、誰よりカッコよくて、男らしくて、その様に、俺は心の底からホッとしていた。
そうだ、ナルトにはこの人がいるんだった。
そして、そんなカッコイイ先生をすら抱きしめたくなる気の多い自分の傾向に呆れてもいた。
ラーメンが運ばれてきた。
先生は、俺を見たまま軽く頷くと、
  「ま、そういうことです」
と言って、ラーメンを猛然と喰いだし、その黙々と食べる先生の口元を、俺は見ていた。

先生の言った意味は、充分俺に伝わっている。
俺とナルトがどうかなってもいいと言っているんだ。
俺とナルトの事を、先生がどこまで知っているのかはわからない。
ただ、グッサリ釘を刺すことで、逆に背中を押すという先生らしいやり方は、俺にはわかってるよ。

でも、せっかくだけど、
もう、俺にその気がない。






岩に飛び乗って里を見下ろす
もう、人殺しなんていらない、俺の故郷
俺は深呼吸をする
ああ、空気が違う
見える世界が違う

誰もが望んで、そして手にしたコレがそれだ

それは綺麗に澄んでいて
濁らないように
流し続けなければならない

本当に、本当に
自分はその澄明な歴史の夾雑物にしか思えなかった

そして、岩から飛び降りた俺の後ろに、彼はいた





  「世界一のバカはどっちかな?」

そう言うナルトの腕を振り払って、俺は飛び降りた崖の突端を見上げる。
忍者の性で、結局身体ごと地面に激突はしなかったし、万が一あった可能性もこの男のせいで完璧につぶされた。
  「バカの世界一を争う人間が、ここに二人もいるって時点で、木ノ葉は終わりだな」
  「(笑)おもしろいなあ、先生ってば」
ナルトは大きな口を開けて、脳天気に笑っている。
実際、バカに見えなくもない。
俺もつられて笑いかけて、でも、気づいてやめる。
こいつの「愛」につられちゃダメだ・・・・・
  「ま、いいんじゃない?」
何がいいのか、俺の肩を抱いて歩こうとする。
もう、いちいちすべてがナチュラルに強引で、俺は月並みな反応しかできない。
  「何がいいんだ?」
  「ふふふ」
笑ってる。
  「おい、ナルト」
  「先生と俺」
  「は?」
  「自意識過剰で悲観的な先生と、超前向きで楽観的な俺ってこと」
ふん。
一応俺だって、プロフは「気楽」だぜ。
ただ。
お前に関してだけ、
お前という特殊な存在にだけ、
どうしていいかわからなくなる・・・・

俺は溜め息をついて、ナルトにされるがまま、並んで歩く。
  「先生、かわいいなあ」
  「なんだと?」
  「でも、先生ってホント、勝手だもんな」
  「どこが」
ナルトの足が止まる。
つられて俺も止まって、ナルトを見た。
ナルトの顔がすぐそこにあって、俺は強烈なキスをされた。
  「!!」
俺は驚いて、ナルトから逃れようとしたが、それより強くナルトに拘束される。
キスは長くて、俺は、もう精神的にナルトに滅茶苦茶にされた。
つまり、感じていた。
  「ねえ、先生」
  「なに・・・」
  「俺が、必要としているんだ」
言いざま、また強く抱きしめられて、俺は諦める。
崖の向こうの空は青くて、その端に俺の血液が染みたような夕暮れが浸食しつつあった。
  「バカみたい」
俺の感想が漏れる。
  「え?誰が?俺?」
  「いや」
  「先生のほうがバカってこと?」
  「・・・だと思う」
悶々して、堂々巡りしていた俺。
こんな恥ずかしいこと、「バカみたい」としか言いようがないでしょ。
  「じゃ、俺のこの二番手のバカも許されるよね」
ナルトが俺にその下半身を押しつける。
そのカタイ形が、迷いの中でのイロイロを思い出させる。
思い出す気持ちいい感覚とともに、今の自分にはない率直さに満ちていた俺は、
カッコよかったのかもれない、と感じた。
  「どんなに一生懸命に考えたってさあ」
ナルトは続ける。
  「腹は減るし、ヤリたくなるだろ?」
俺の頬は、見透かされた羞恥で赤くなっていたと思うが、俺には見えない。
  「答えが出ても、出なくても、さ」
全く。
その通りだ。
  「いつも、身体の方が正しいよ」
俺を抱きしめる体温に、こんなに安心している俺の感覚も、
押しつけられるお前のそれに、お前との行為を思い出してしまう俺の記憶も、
俺がそれらを肯定し、飲み込もうと、ナルトを見つめると、
ナルトは俺の胸に耳を当て、
  「生きて、俺のそばにいてくれる先生が、一番正しいんだ」
と言った。





何があっても、なくても、俺の生活サイクルは変わらない。
今日も、かなり難易度の高い任務。
  「先輩。あの、」
と言いかけるテンゾウを、片手で押し止める。
  「ま~た、無意味なご忠告かい?」
  「ち、違いますよ。今夜の飲み会のお誘いです」
え?と俺が見返すと、
  「特に意味はありません。たまにはみんなで、程度のやつです」
  「ふ~ん・・・・何時?」
テンゾウは、ちょっとだけ言い淀むと、俺の目を見た。
  「依頼書みましたけど、先輩なら7時でOKですよね」
今度は俺がまともにテンゾウを見た。
それは、かなり・・・
いや、もの凄く一生懸命頑張って、それでもギリギリの時間・・・・だよね。
俺がグルグル考えていると、
  「じゃ、そういうことで。いつもの居酒屋でお待ちしてます」
と言い捨てて、行ってしまった。

なるほどね。
なんてわかりやすい俺・・・・・万歳!

日が傾きかけた戸外に飛び出す。
  「7時、7時」
と言いながら駆け出す俺の目に、いつもより透明な空の色が
綺麗だった。


2013/02/16