閃く




東の空から少しずつ藍色が広がって、昼間の茹だった空気は、そのグラデーションに、ゆっくり冷えていくようだった。それでもまだ大気は十分に熱く、蕎麦屋の二階から外を見ていたテンゾウは、肺に溜まった空気を吐くと、なにかを諦めたように、また畳に座る。



自分は復讐しているんだ、と思っている。
息つく暇もなく、働いて、働いて、僕という化け物を作った存在のために働き通して、聞き分けがいい犬の顔をして、でも、僕は復讐しているんだ。
くだらないということは、十分承知している。
でも、
そうじゃない人生なんてあるんだろうか。
結果オーライでいいはずなのに、そうじゃないから。
だから、ぼくの復讐も成り立つんだと、すり切れた畳に言ってみる。



  「お連れ様がお見えになりました」
店の女主人が、銀髪のイカレタ感じの男を連れてきた。
  「ビール」
客人を指してテンゾウが言うと、夏の暑さに疲れたような顔をした店の者は、それでも笑んで頷くと、階段を下りていった。
  「あっついなあ~。空気が動いてないね」
カカシが座卓を挟んでテンゾウの向かいに座ってそう言った。いつもの格好だが、首から上にはなにもつけていなかった。額宛は首にぶら下がっている。この暑さのせいらしい。
  「へえ・・・こっちからは海が見えるのか」
カカシが窓の方へ顔を向ける。
整った顔をしているのに、夕闇の僅かな明かるみの残滓すら跳ね返す派手な銀髪のせいで、軽薄な印象が先行する。実際、真面目で勤勉でもあるのに、気の毒だと思ったこともあったが、本人はそれでいいようだった。
僕の誘いに、定刻に来る。
それは、彼の軽薄とバランスがとれているような気がする。

やがて、ビールが運ばれてきて、注がれるのがイヤなカカシを知っていて、互いに自分でグラスに注いで飲む。
  「蕎麦屋じゃ酒なんでしょうけど、この暑さじゃ、こっちの方がいいかなと思って」
テンゾウが言うと、
  「うん」
と、聞き流したような返事をする。やがて、冷えたアルコールで人心地ついたカカシは、身体をそらせると後ろの畳に両手をついて、テンゾウを見た。
  「こんなトコに呼び出して、どうした?」
と言った。
  「いえ、なんでもないですよ。たまにはゆっくりしてもいいじゃないですか」
カカシは黙ってテンゾウを見ていたが、やがて、「そうだな」といって、再びグラスに口をつけた。

窓の向こうからは、静かな波の音。
今は薙いで、カカシが最前言ったとおり、風もない。
  「ここ、蕎麦屋ですけど・・・・」
ああ、頷いてカカシは梁を見上げた。黒光りしている。古く見えるが、浜風に焼けてくたびれているように見えるだけかもしれない。
  「連れ込みでもあるんですよ」
  「へえ・・・・んじゃ、あの女将さん、びっくりしたろうね」
  「さあ・・・」
だって、お前の後に俺だよ?
カカシは笑って、テンゾウを見た。
テンゾウも形ばかりの笑顔を作る。
復讐の対象は、もう、すべて、僕以外のすべてなのに。
どこかで、本当は甘えている僕の意志は、簡単に形を変える。

瓶が空になる。
  「持ってきてもらいましょう」
テンゾウが立ち上がって戸口へ行こうとするのを、カカシが止める。
  「もう、いいよ」
  「まさか。もう飲まないっていうんですか?」
  「ビールのことじゃない」

ああ・・・

テンゾウは心の中で息を吐く。

言わせてしまった・・・

  「先輩・・・」
  「こんな日は、滅入るよな」
カカシが、本当に鬱陶しい様で、銀の髪を掻き上げた。
  「お互い、言い訳がないと進めないみたいだし」
髪を掻き上げた手を、そのままテンゾウの方に伸ばす。
  「暑くてどうにかなりそうなのは、確かだろ?」

こんな時、本当に自分は後輩にすぎないと知る
いつもケリをつけてくれるのは

先輩・・・

  「ね?」
とテンゾウに笑いかけ、本当に、もう、笑っていた。





続きの部屋に、寝具が延べられていて、そこでカカシを裸にした。
任務の最中は、もっと酷い状況なんて当たり前にあったから、だから、たいていのことには動じない。
でも、愛し合うにはムードがないくらい暑い、と、そう思った。
  「こんなに暑いと・・・・」
テンゾウがカカシの髪を撫でる。
  「汗で滑りますね」
色の薄い乳首を吸うと、押し殺したような声を出す。
  「声、出していいですよ」
ここはそういう所ですから、と言うと、
  「恥ずかしいだけだよ、お前に聞かれるの」
と、真顔で返されて、また火がついた。
死んだような夕日の中で、カカシの身体を開いていく。
同僚の裸身など任務の後先で見ることはあるし、カカシのそれも例外ではない。しかし、そういうことから離れて、純粋にかわいがる対象として見るのはもちろん初めてで、テンゾウはその佇まいに唾を飲み込む。淡い色の銀髪に包まれたそれは、テンゾウの愛撫に応えて、硬く立ち上がっていた。
手を添えて、優しく口中に含む。
  「んっ・・・あ・・」
闘っているときのカカシからは想像もつかない、でも、多分、こうだろうと飽きるほど想像していた柔らかい吐息が漏れる。
カカシの声に反応して、テンゾウの呼吸も荒くなる。
そのことは、カカシをさらに煽った。
  「テ・・・テンゾ・・」
  「も・・・入れたい・・・」
足を立てさせて、その下に指を滑らせる。
  「もっとこっちに来て」
言いざま、テンゾウはカカシの腰を掴んで、自分の膝の上に乗せた。
  「あ・・・」
急に開かれた両足に、カカシが思わず声を漏らす。
立たせればすらっとした身体なのに、抱き寄せれば、テンゾウの膝にはそれ相応の重みがかかり、滑らかな臀部の肉付きも、淫猥な質量を感じさせる。
そっとそれを押し広げ、漏れた体液で馴染ませた。
指を挿入して、入り口を解しながらカカシの顔を伺う。
まともに部分を見られるのは、やはり恥ずかしいらしく、カカシは顔を背けて手の甲を口に当てていた。
眉間に皺を寄せ、テンゾウの指の動きに合わせて、ゆっくり身体を揺らしている。
  「大丈夫ですか?」
カカシは反応しない。それを了解と解釈して、テンゾウは自身をカカシに押し当てた。
  「あ・・」
小さい声が上がる。
  「ゆっくり入れますから」
そう言って、もう進む動きは止められなかった。
暑いことなんて、もう意識の外に飛んでいて、テンゾウは流れ落ちるカカシの首筋の汗を舐めた。




カカシの頭部を胸に抱き、急に暗くなった窓を見上げる。
いつの間にか夕日の色はなく、暗い雨雲が窓一杯に広がっている。
  「雨?」
テンゾウが言い終わらない内に、激しい夕立が、安普請の屋根を叩いた。
  「うわ、入ってきてるって!」
雨の飛沫があっという間に畳を濡らす。
遠くで、地鳴りのような雷鳴がし、あわてて窓を閉めるテンゾウの背後で、
  「情けない格好だなあ」
と、カカシがつぶやく声がした。





2009.06.17.