湿度が高い。
さっきシャワーを浴びたばかりなのに、もう、背中にじっとり汗をかいている。
かく汗は、ただ暑いからで、そこにはもちろん、任務の達成感も、守り抜いた満足感もなく、
「ふてくされるよね」
俺は、ベッドにまた横たわる。
もう、何日も、7班の連中とは会っていない。
次の任務はちょっと長引きます、と、テンゾウが言っていた。
俺が、問うような目差しを向けると、
「あ、彼らの力量ではありませんよ」
と笑って付け足した。
「遠いんです」
そうか、と俺は、天井に視線を戻す。
あのときと同じ、病室の天井を、俺はぼんやりと見上げている。
外がゆっくり暮れていって、もう、あの日のような明るい灰色には見えない。
鏡のように、俺の、気持ちを映して、それはどんよりと暗かった。
小説のようにはいかないもんだな、と、小説に書かれている不都合な出来事を、俺は都合良く忘れている。
小説の人間は、リアルより、よっぽど酷い目に遭っているはずなのに、できすぎたハッピーエンドが、すべてを帳消しにする。
◇
自分が、テンゾウに何を求めているか、わからなくなってきていた。
ナルトが言っていた。
「隊長は、先生の事、好きなんだってばよ」
ああ、そうだろう。
俺がすべて守っていた。
俺が先に道を作った。
そう、俺は強いんだ。
無我夢中で突っ走って、それで100パーセントの人生を生きていた俺は、本当にそれしかなかったから、こんなふうに、テンゾウのことを考える時間が来るなんて思いもしなかった。
ただ
何もわかっていなかったのに、俺の良すぎる勘は、またテンゾウと組む日を確信していた。
九尾のお守りも、今にして思えば、ただ先に俺が進んだだけのことだった。
いつか、テンゾウはここに来る。
「その確信が・・・」
俺を、歩かせていた。
悔しいが、本当だ。
ナルトやサクラはいいとしよう。
でも、テンゾウ。
「あの、年寄りを見るような優しい目は、いやだよ」
わかってる。
仲間を思いやる気持ち=目差しだろ?
じゃあ、俺はどうすればいいんだ?
この、お前のことをただひたすら考えてしまう、この時間を?
「暗いなあ」
外は、もうすっかり日が落ちて、でも、雨でも降りそうなくらい、空気は湿っていた。
いつもなら、ベッドサイドの灯りをつけて、読書するのだが、今日はずっと天井を見ていた。
もう、だいぶ暗いから、それは見ているって言わないかも知れない。
ただ俺は、見上げていた。
夜空のような暗みを。
そうしていると、自分の存在すら危うく感じて、心臓が大げさに拍動する。
わかってるんだ。
本当は。
俺は、テンゾウに、ハッピーエンドを求めてる。
辛いときにすぐにあらわれて、俺を支えてくれたり。
強い俺は、こんな時間には、すごく弱くなる。
だから、都合良く、俺をハッピーにしてくれる、安い登場でいいから、
そう、そんな馬鹿なことを、思うだけはいいだろ、と、俺は考え続ける。
もちろん、病室のドアは開かないし、俺は今夜も一人で、折れそうな心を、もう、自分からバキバキに折ってふて寝する。
目の端に涙なんて乗せて、俺は眠ってしまうんだ・・・・
◇
テンゾウが、ドアを開けて入ってきた。
「え?なんだよ、お前!」
俺は飛び起きる。
時計を見ると、深夜を過ぎていた。
「や、遅くにすいません」
「遅い・・・てか、早すぎるだろ?」
それがですねぇ、とテンゾウは起こされた俺の不機嫌にも気づかず、窓辺に立つ。
「さっき戻ったんですけど、まあ、いい天気なんですよ」
は?!
俺の不機嫌がマックスに達しようとしたとき、テンゾウの手が窓を開けて、空を指さした。
そこには、天井とおなじ暗闇があった。
「晴れって・・・夜だろ?」
「ええ。ほら、凄いでしょう?」
天井なんかの闇じゃない。
そこには、細かい砂をまき散らしたような、煌めく星の雄大な河があった。
「天の川ですよ」
暗さに慣れた目には、その銀河の光ですらまぶしかった。
「天の川・・・」
「ええ。しかも、今夜は七夕でしょう?」
え?
七夕?
・・・・・・テンゾウ。
さっき折ったバキバキの心が溶けるような驚きだった。
「七夕に晴れるのって珍しいですよね」
なに、この、できすぎた・・・・・
「僕の勝ちですよ」
は?
「けっこう前に、先輩、七夕に晴れたためしはないって言ってましたよね」
「・・・・そうだっけ?」
「確率論で勝つとか言って、僕と賭けたじゃないですか」
「・・・・・」
「10年に1度の奇跡かな(笑)」
なに、このできすぎたハッピーエンド、じゃないオチは。
俺は、大仰に溜め息をつきながら、ベッドに再び横たわる。
見上げる窓には、明るい天の川。
夜中にたたき起こされたことを差し引いても、それは心にしみ入るように美しかった。
ああ
できすぎたハッピーエンドは、すべてを帳消しにする・・・・
「それにしてもさ、何も、晴れの少ない日に会わなくてもなあ?」
「会う?」
「ベガとアルタイルだろ?」
「ああ・・・・」
テンゾウは星空を見上げながら、
「10年に1度の奇跡のほうが、いいじゃないですか」
と言った。
◇
「わかったよ。俺が負けたんだな」
「はい」
「何を賭けてたっけ?」
俺が尋ねても、テンゾウは嬉しそうにしているだけで。
結局、二人で、ただ、ただ、ずっと天の川を見ていた・・・・
2009.06.27.
七夕企画作品。
七夕は、実際、雨や曇りが圧倒的に多いそうです。