妄想崩壊 4

盛夏 [サスカカ]

まだ外は暗くて、朝早い鳥すら鳴いていない。
昼間には暑さでしおれる庭の草も、今は身体に露をまとって、生き生きと涼しげだ。

サスケは静かに縁側に立つ。

今日は任務がないが、午後からカカシに修行に付き合わせる約束は取り付けてある。
午前中は、一人でできる限りの訓練をする。
カカシには、口うるさく身体を休める様に言われるが、騒ぐ心を押さえつけて布団に潜っている事の方が身体に悪い気がして、サスケはいつも睡眠もそこそこに飛び起きた。

深呼吸して、庭の隅に残った湿った夜気を吸い込む。
夏の早朝の夜気は、透き通った濃紺のようなイメージで、春とは違うその色味を、子供ながらに感じていた。
おもむろに、三和土に下りると、いきなり裏木戸が開く。
一瞬身構えたが、すぐにカカシとわかり、サスケは緊張を解いた。
「サスケ、おはよう」
「なんの用だ?」
「挨拶も無しか」
「勝手に来たのはそっちだ」
「その減らず口は、今日の夕方にも健在かな?」
「はあ?」
「どうせ、一人でもやるんだろ?今からつきあってやるよ」
サスケはちょっと目を見開く。この状況を歓迎してはいるが、そのことに対する素直な言葉が出ないようだった。

二人連れだって、道に出る。
濃紺の空気は、今はこんなに静かなのに、その内側にエネルギーを噛みしめているようで、そのいまにも弾けそうな緊張を、サスケは心地よく味わっていた。
「ホント、こんな暗いうちから・・・」
カカシが先になって歩きながら、まだ明けるには遠い空を仰ぐ。
「その先は聞きたくねえ」
「言っても無駄だもんね」
そういうカカシこそ、こんな朝早くにサスケの所に来ているのである。突っ込み処だと思ったが、サスケは黙っていた。
しばらくして、サスケは、湿った道を歩くカカシの足音が、僅かに変速のリズムを刻んでいることに気づいた。カカシが確かに足を引き摺っている。普通なら聞き逃す所だが、サスケにはわかった。よく見ると、忍服の所々も汚れている。
任務帰りか・・・・・
その時は、本当に物好きな奴だという感想しかなかった。任務で朝帰り、疲れているのに、下忍の修行に付き合うカカシが。
ただのコマのクセに。
「まあ、朝の方が気温が低くていいよね」
次の瞬間、瞬身でカカシが消える。
「フン」
サスケも後を追って、朝の闇に消えた。


◇◇◇


気づくと、太陽はてっぺんから地上をみおろし、サスケの影は足下に丸くあるだけだった。
無意識に触れた髪が、炎天下で焦げている。
カカシの方を見る。
日射しを遮る木々もないだだっ広い崖の上の広場で、その足下の丸い影を踏んで、カカシもヌボッと立っていた。ポツンと立つ長身は、熱で油の様に揺らぐ光に屈折して、時折景色に紛れて消えるように見える。
「次は、練習中の術をみてもらいたいんだが」
休憩を取るタイミングを自ら潰す。
スタミナも必要条件だから、それも訓練にはなると思ったからだ。
休めと言われるかと思ったが、カカシは、
「うん」
と頷いただけだった。
サスケがカカシの方に行きかけると、カカシが「あ」と声を上げる。
「なんだ?」
「俺の方がまだ準備できてない。ちょっと待て」
「準備?」
訝しむサスケの前で、カカシがいきなり上半身の服を脱ぎだした。
ジリジリと焦げるような景色の中で、でも、その奇妙さは太陽せいであるかのように違和感がない・・・・
「え?」
「ごめん、ごめん、ちょっと待って」
脱いだ服をバサッと乾いた地面に落とすように置く。
真上にある雲みたいに一瞬立った砂埃は、すぐに収束して、気づくとカカシがそれを越えてこっちに歩いてくる。
は?
なに?
意味がわからず、中腰に構えた変な姿勢のままサスケが固まる。
上半身の着衣と覆面の関係もわからないが、カカシが素顔を出していて、これにも衝撃を受けた。額当てが、今はちゃんと額当てになっていて、閉じた左目も見える。
「か、顔・・・・」
「ああ。ま、今日は暑いからな」
と笑いながら、驚くサスケを、何ともないように見返す。
顔を隠してはいても、その造形なんて想像がつくし、それはそんなに外れない。が、地面に直角に刺さる光の陰影効果のせいもあるのか、カカシの素顔は想像を遥かに超えて整っていた。唖然とするサスケに躊躇無く近づいたカカシは、いきなり「これさあ」と気の抜けた声を出す。
「やっぱり、かなり痛いんだ。ちょっと見て」
「え?」
見ると、カカシがこちらに背を向けて、右脇腹の方をサスケに見せていた。
腕の影になっている部分の皮膚が、広範囲に変色しているようだ。今朝の不規則な足音を思い出す。これが原因だったのか・・・・
そうは思ったが、それ以上サスケが反応できないでいると、それが見えにくいからだと思ったらしいカカシは、チラと真上の太陽を見上げ、その日が当たるように身体を傾けた。真夏の日射しを思いっきり跳ね返して、サスケはカカシの色の白さに目を細める。
この数秒の不可解は一瞬にして溶けたが、今度は、違う感情が電撃の様にサスケを苛んだ。
「オレ、昨夜?今朝か、仕事で、思いっきり風圧かなんかの術喰らってさ」
「・・・あ、ああ・・」
「たいしたことないと思ってたんだけど、あとからくるな、これ」
「かなり広い範囲、変色してる」
「やっぱり。痛いんだよね」
「どうする?」
「この薬つけてくれる?」
会話は普通に展開したが、サスケの目は、カカシの背中に釘付けだった。
カカシから渡された薬壺から、薬を指にとって、カカシの皮膚に塗りつける。
熱に焼かれて、視界すら熱に歪んで、サスケの汗が何滴か、カカシの背にも落ちる。
渇いた喉に無意識に唾液を溜めながら、今、自分を襲っている感情の在処を、必死に探った。
抜けた所もあるが、オレよりずっと大人の上忍で、
コマでしかないクセに、今はオレの先生で、
借り物の胡散臭さ満載なのに、器用な写輪眼のカカシで、
すぐぶっ倒れるけど、絶対的な安心感を感じさせる。
今までは、そうだった。
いや、今もそうであるはずなのに、この感じはなんだろう・・・・

指の腹を通して感じる、カカシの肌の感触に、不思議な感じがする。
自分のような子供特有の痩せた身体じゃない。
白く薄い皮膚の下に筋肉が見え、その弾力は自分とは違った生命力を感じる。
大人だけど・・・・こいつもまだ若いんだ・・・・
それは、明確に「発見」だった。
「カカシ」
「ん?」
「アンタ、いくつ?」
「は?」
「年」
「?・・・えっと、もうすぐ28才だけど」
「・・・・」
「どうかしたか?」
「いや、別に」
マジで、オレにその年齢が来るのかなっていうくらい先だな・・・・
でも、こいつはまだ、若い・・・・・
「いててて・・・もっと優しく塗ってよ」
笑って上目遣いでこっちを見る様は、自分と同年代の若者にも見えて、横にグッと引かれて笑んだ唇が、思ったよりピンク色なのが、目に留まる。
なんだ、こいつ・・・・
カカシの髪が乱れて額にかかり、思わずそれに手を伸ばす自分に驚く。
すんでの所で止めたが、掻き上げてやろうとしていた・・・・
「ん、ありがとう」
カカシが、言って立ち上がる。目の前に立たれれば、自分よりずっと大きな
大人には、やはり違いなかった。サスケが薬壺を返そうとするのを、
「お前も塗っとけ」
と、脛や腕の打撲を目で指す。
さ、とカカシは服の方に戻ったが、もうそれを着る様子はなかった。
「さ、続きどうぞ。中断してごめんな」
「・・・ああ・・・」
頷いたものの、最前の空気が戻ってこない。
半裸のカカシが、もう、今までのカカシのようではなくて、顔のせいかもしれないし、その思ったより若い身体に触ってしまったせいかもしれないし、そしてそのことで、術に気が向かない馬鹿な自分を今、初めて知った。
サスケが空を仰ぐ。
大地をカラカラにするくらい暑いくせに、空はどの季節より水を含んで濃厚だ。
目に染みるような濃い青の中に、色を抜いたように完璧に白い雲がずっしりとある。サスケを見ていたカカシは、軽く息を吐くと、
「やっぱり休憩がいいみたいだね」
と言った。
「涼しくなってからスタートしよう」
「・・・わかった」
その頃には、自分もこのおかしな気分から抜け出せているハズだ・・・・


◇◇◇


二人並んで、朝来た道を引き返す。
朝には露をたっぷり含んで湿っていた道も、炎天に、今は軽く埃が立って足下にまとわりつく。
自分の影にでも入りたい体で、足は黙々と前に進む。
サスケは、いつもは見えないカカシの上半身を、何度も盗み見た。
その自分の抗えない衝動に伴う行為に、心のどこかで諦める。
この気分からは抜け出せない・・・・つまり・・・
もう元には戻れないようだ、というサスケの直感は正しく、この状況は慣れる事でしか解決しない、というサスケの判断はちょっと間違っていた。

夏の里の喧騒が、ゆっくり近づいてくる。
日の光と暑さにまどろむ里を前にすると、朝の濃紺の空気が、遠い昔のようだ。
その遠い時間から、カカシは献身的にオレにつきあってくれた。
ただのコマのクセに・・・・・
しかし、乾いた路面を若干引きずる足音に、胸の奥がギュッと掴まれる感じがして。
その自身の変化に、サスケはやはり、戸惑っていた・・・・

〈終わり〉

◇◇◇

「ふう~ん、そういうことがあったんだな」
隊長が納得したように頷く。
「おい、変態」
「なんだよ?」
ぶっ!!!  [← ナルト吹き出す音]
ふつうに返事しないでもらえるかな、ヤマト隊長・・・・・
「いつものように難癖つけて、食ってかかってこねえと、こっちが拍子抜けするんだよな」
「ボクだってね、今回の会議のテーマをちゃんと理解しているつもりだよ」
「・・・・・」
「爛れた妄想を崩壊させるにふさわしい、君達と先輩とのちょっとドキドキする純粋な時間」
ぶっ!!!  [← ナルト吹き出す音]
は、・・・恥ずかしい。なにその言い回し!!
ドキドキするとか、もう、なんだよ・・・・
「その時間に、はからずも、ボクも感動しちゃったんだな」
「そうか。ありがとう・・・」
ぶっ!!!  [← ナルト吹き出す音]
納得すんなよサスケも!!
さすがだよ。君らに「羞恥」という概念はない。
サスケが続ける。
「それでだ、変態野郎をまた喜ばせるようでちょっと悔しいが、」
「お!!なんだい!!!」
「俺も、また新しい妄想を披露しちゃおうかな、と思うんだが」
おい、サスケ・・・・お前も二話目、行くか!!
「あら。サスケ君。意外と体力あるのね」
ぶっ!!!  [← ナルト吹き出す音]
さ、サクラちゃん、体力って・・・・
意味が外れているようで、この場合正しい気がするのはなぜだろう。
「ふふふ・・・・もう、このシリーズで何度言ったかわからないが、また言うぜ、サクラ」
サスケがフンと顎を上げる。
「カカシの事は常に全力だ!!」
「いよっ!!大統領!!」
ぶっ!!!  [← ナルト吹き出す音]

もはや、アンタは誰だ・・・・・隊長・・・・



2017/08/27 UP

続く