オビト、会議に参加する 3

カカシへの気持ちをはっきり意識して死んだ俺は、リンの導きのまま逝くつもりだった。ナルトに意志を託した俺には、もうそれ以上はない。

でも。
ダメだった。
必死に生きてきたカカシのことを考えると、胸がつぶれそうだった。
俺との最初で最後の闘いに至るまで、お前は、ホントウを求め続けて迷ってきた。
認めるよ。
ほんとうに最後に、俺はちょっとだけ、我が儘になった。
俺は安心したかったんだ。
ひたすら、ただ、ただ、お前だけが心配だった・・・

オレは亡霊だ。
カカシを見守り、たぶん同時に惑わしてもいる。
でも、オレは躊躇しない。
だって、これは過去だから。

オレは残留思念で、時間を遡り、カカシのいるところに行く。
何回か、オレ達は会ったが、夢か幻だと思っているカカシは、素直で、明るくて・・・・・同時に、わがままで、拗ねて、そしてとてもいじらしかった。
いつも、英雄の墓所に、ポツンと立っている。
春の明るい午後の日射しが、オブジェのように動かないカカシを暖かく包んでいた。オレは目を細めてそれを眺め、カカシとは反対側から、ゆっくり歩いて近づいていく。カカシは、オレを認めて、パッと表情を変えた。
「オビト、今日は静かな一日だったよ」
そんなことを言って笑うカカシが、生きている人間の凶暴な存在感でオレを圧倒する。マスクを下ろして、いないはずのオレには素顔を見せる。
『オレはどこかにいるんだぜ』
そう言ってみる。
なあ、カカシ。俺は、この時代に生きているよ。
でも、カカシには正確に伝わらない。
「うん。こうして目の前にいるよね」
『・・・・・』
「どういう形でも、会いに来てくれて嬉しいよ」
オレは言葉が出ない。
本当は生きていると伝えても伝わらず、そしてもう、このオレは死んでいる。
「子供達を見ていると、昔のオレらみたいでさ」
カカシ・・・・
「オレみたいな思いをさせたくないから、珍しく、オレ、必死だよ」
カカシが笑う。
間違っていたかも知れない。
でも・・・・たぶん、そうじゃなくても、オレは耐えられなかった。
オレを・・・・本当は理解して欲しい・・・
守りたかった。
思いは同じだ。
「でも、静かな日っていうのは、ちょっと怖いよね」
カカシが足もとを見てつぶやく。
銀髪が日射しに震えて、お前の表情を隠した。
オレは手を伸ばす。「現実」に触れるとどうなるか、オレでもわからない。
「なんかさ、おっきな凶事って、穏やかな日の中で起こるっ
カカシの言葉が止まる。
オレの手が、カカシの頬に触れていた。
顔を上げて、驚いた表情のカカシがオレをまともに見る。
「オビト・・・?!」
ああ、触れられる・・・・
お前に触れるんだな・・・・
「生きてるの?」
ああ、かわいい、かわいいよ、カカシ。もっと早く、オレは試すべきだった。
『死んだよ』
「でも、触れるんだね・・・・」
『そうみたいだ』
カカシの見開かれた左目が、見る見る涙で潤んで、でもそれもまだオレが亡霊だと思っているからなんだろう。だってリアルなオレの前で、お前は泣かない。
『済まなかった』
「何が?」
オレの謝罪にカカシの涙に濡れた目がオレを睨む。
『死んでしまったこと・・・』
「なに言ってんだよ!謝るのはオレの方だ」
頬に触れるオレの手を除けて、僅かに唇を尖らせる。その頬を涙が伝い落ちたのを見て、オレは・・・・
ああ、オレに拗ねるお前なんて、オレはどうしたらいい。
本当は、オレの前で、こうやって泣けるお前を、オレはどうすればいいんだろう。
『違うよ。だって、』
「ん?」
『オレの気持ちはいつも正しいから』
「なに言って・・・」
カカシの腕を掴んで、そのリアルな強さにカカシが、またオレを驚いたように見る。オレはかまわずカカシを引き寄せて、抱きしめた。
『オレが謝りたいんだ』
「オビト!」
『謝らせて・・・カカシ』
亡霊のオレを、カカシの腕が抱きしめる。
午後の陽は、カカシの髪を暖めて、オレはその空気を肺に入れる。
くだらない物語の終わりを知っているオレは、このまま、カカシの中に溶けていきたいと本気で思った。
「オビト・・・オビト・・・」
カカシのオレの名を呼ぶ声は、次第にその喉の奥に消え、今は、オレの肩にその顔を押しつけている。
『カカシ』
オレの意志的な呼びかけに、カカシがふっと顔を上げて、オレはその唇にキスした。少しだけ、カカシは息を飲んだが、拒まない。
愛しくて、愛おしくて、キスはただその感情のラインに乗っていた。
しかし、人類にまで拡大する愛が、こんな形を取ることが、オレにはまだどこか信じられなくて、先に進むことを躊躇する。抱きしめる力が僅かに抜けて、オレの迷いを、カカシは敏感に察知した。
「まだ行くな」
キスで目の縁を赤くしたカカシが、小さい声で言う。
『オレは死んでるん
「死んでるから言えるんだ。行くなだなんてさ」
『カカシ・・・』
カカシはオレの目を見て言う。
「あと少し、ここにいて」
『・・・・』
「オレだって、たまに、息をつきたい・・・」
互いに愚痴を言い合う仲間も、教え導いてくれる存在も失って、本音を言えない立場で生きてるんだよな。
オレは頷くと、また、心のありったけを込めてカカシを抱きしめた。
陽の暖かい空気と、カカシの体温で、オレの世界が色を着け始める。
春は、本当に、硬直した世界を解すように、花が咲くイメージで、オレの周りに広がっていた。
図らずも硬くなってしまったオレ自身も、もう、そのままカカシの身体に触れるまま抱きしめて、カカシはわかっていただろうけど、何も言わなかった。

式が飛び、カカシが目を上げて、陶酔したような時間は、不意に終わりを告げる。カカシはゆっくりオレから離れた。
「また、」
そう言いかけて言い淀む。
『カカシ・・・』
「また会えたらいいな」
こんな形で、なんどか会ってきたはずだが、カカシはそんな言い方をした。
オレの残留思念が弱ってきていることを感じているのかもしれない。
『会える』
それは確実で、どうしようもないくらい破壊的な未来だ。
でも、カカシは春の色に溶けるような笑顔を見せて、オレに頷いた。
普段は見えない白い歯が、その笑顔を輝かせて、オレは息を飲む。

オレにとって過去である未来に、カカシが進んでいく。

心が通じて、愛しいと理解して、愛していると悟って、オレを思うお前をこの世界に残すことは、とても耐えられない気がした。
自然の色彩に混じっていくカカシの後ろ姿にオレは、何度も追いかけたい衝動を感じ、歪んだ視界に、自分も泣いていることに気づく。

生きていることに後悔はつきもので、そんなこと、世界が守れるなら、オレは何度だって後悔する。
お前がオレを、世界がオレを誤解するなら、
オレは誤解されるまま、死んでいける

でも・・・・

オレは空を見上げる
太陽の輝線が、掲げたオレの手の回りに広がって、
それはオレが見た最後の現世だった