鳴門の案山子総受文章サイト
師匠の下、医療に従事して、しばらくたったとき。
息苦しくなるほど多くの知識を浴びせられ、なんとか溺れずに爪先立っていた私は、それでも次第に使える忍者になってきたらしく、いろんな場面で頼りにされ始めていた。
与えられる知識はすぐに役立たなくても、状況を違えば、「ああ、これか」と納得するものも多く、受け継がれてきたその重みに、感動することもしばしばだった。
でも、時には、そんな知識の外の問題も起こるわけで・・・・・
◇
国境付近で起こる小競り合いは、たいていはすぐに収まるけど、タイミングが悪ければ、空気を緊張させるくらいには問題化する。
で、ここ最近もまた、火の国の国境警備に多くの人員が割かれていた。
そこは大きなお得意様だから、仕方ないんだけど、木ノ葉が抱えている他の依頼も、そこの事情を汲んで減る・・・わけもなく、里内の忍者は、軒並み駆り出されていた。
カルテの整理のため、火影の執務室に積んである山のような報告書をひっくり返して調べることもあるんだけど、ときどき、ナルトやカカシ先生の名前も見つけて、ついつい読み込んでしまう。
ナルトの字は元気で、癖があるけど読みやすい。
先生の字は、筆圧が強くて、綺麗な字だ。
医療行為の合間の事務作業は、時にうんざりするけど、今の自分が先代からの知識に支えられていることを思えば、すっと気分は軽くなる。私の整理した書類が役に立つことも、きっとあるに違いない。
それに、ナルトや先生もこうして頑張ってる・・・・
私は、報告書を元に返すと、また、業務に戻った。
◇
「春野先輩」
仮眠室の外から、同僚に呼ばれる。
「・・・はい!」
今夜は運び込まれる怪我人もなく、9時には仕事を終わらせた。ただ、いつ、どうなるかわからないので、休めるときには休むようにしている。時計を見ると、11時をまわっていた。
「私、4時からの応援を頼まれちゃったんです。〇〇野辺のほうの」
私は頷く。こっちは動きがないから、後輩が、別な任務に駆り出されることになったらしい。〇〇は、戦闘区域じゃないし、本当の人手不足のヘルプだろう。
「わかった。あとは任せて」
「さっき、連絡があって、12時には1人来ます。今、いる5人のカルテはここです」
「ありがとう」
少ししか眠れなかったが、もとよりあまり疲れてもいない。
退屈な夜勤になりそうだ、と思いながら、後輩を送り出す。
さて。
と、5人のバイタルの記録を見る。
問題ない。
12時に入る1人を確認する。
「!」
先生だった・・・・
あわてて火影室に飛んで行き、未決の棚を探す。
任務指令書を確認したけど、簡潔な内容のみで、状況も、もちろん先生の状態もわからない。
身体の中からブワッと何かが溢れそうで、私はギリっと奥歯を噛みしめた。
こればかりは、自分の力と知識だけはどうにもならない。
イライラの塊を抱えたまま、廊下を戻ってきたが、「待つしかない」ことはあるってことも、短い人生の間で学びはした。
「大丈夫。12時っていう時間指定があるってことは」
たぶん、先生が式で知らせてる。そんな余裕があるんだから・・・・
自分の中の鼓動を直接耳で聞くような緊張に、私はじっと耐えていた。
◇
12時を30分もまわって、やっと先生が来た。
「先生!!」
静かな館内で押し殺した声で呼ぶ。
戸口に現れた先生は、「やあ、サクラか」と言って入ってきた。
外の冷たい空気をまとっていて、服は、任務に出たとわかる程度には汚れている。だが、目で素早く全身を見ても、怪我を見つけられない。
「どこ?どこですか?」
と、先生は急に「あはははは・・・・」と笑い出し、
「綺麗に切られたから見えないよね」
ほら、とズボンのポケットに入れた右手を突き出してみせる。
げ・・・・
ポケットに入れたはずの手は、なぜか外に出ている。
よく見れば・・・・・
ズボンの右側が縦に真っ直ぐ切れている!!!
でも、先生は、穏やかな表情のまま、
「意外とキツイ。血も止めてきたけど、もう限界だなあ」
と言った。途端に血のにおいが漂う。
はっと思う間もなく、先生の足元には血溜まりが出来て、私は自分の中身が瞬時に生徒から医療忍者に変わるのを感じた。
「先生、こっちに来て!!」
「ごめんサクラ、床、汚しちゃっ「いいからっ!!!!」
先生を黙らせると、私は処置室のドアを開けた。
◇
「失血ってさあ、チャクラがない時の感じに似てるよねえ」
ベッドの上に座らせても、先生は、ダラダラとしゃべっている。
安心して気が緩んだのと、たぶん、意識もボーっとしているんだろう。
「足、上げてください」
血で汚れるのも厭わず、先生の足をベッドの上に押し上げる。
「あらら・・・俺の膝、君の胸にぶつかっちゃった。ごめんね~」
「そんなこと、いいから。先生、しゃべらないで下さい」
「いや・・・よくわかんないけど、しゃべってたほうが楽」
「わかりました」
先生の額には汗が浮き始めていて、本格的に具合が悪くなってきたようだった。
「マスクとりますよ?」
私が言うと、先生は自分でマスクをおろし、額当てを外した。
何度見ても(あんまり機会は無いけど)、この瞬間は心臓がドキッとする。
汗が浮かんだ額や、失血で震えている指に、私は場違いな刺激を感じて、ちょっとうろたえた。
「すぐ輸血します」
最近は、いろんな医療技術が導入されていて、戦闘区域で何も資材がない場合は別だが、そうでもない限り、チャクラだけで治療ということはほとんどない。
むしろ、チャクラを使わないで済むなら、そうする方向になってきている。
戦闘もそうで、今は色んな兵器にチャクラを練りこむから、戦いの様相も変わってきている・・・・・・
先生はちょっと肩で息をしていて、それがまた私をあらぬほうへ誘導しそうになるから、私は言い足してみた。
「先生も、もう少し、自覚を持ってくださいよね」
手早く準備しながら、でも、私、上司に向かって凄いこと言ってる・・・・・
でも、もう、いいや。ぶっちゃけて、冗談に紛らせて・・・・
「あ、ごめん。俺としたことが、こんな怪我、申し訳ない・・・・」
「違います」
「え?」
「ご自分がいい男だっていう自覚」
「・・・・・は?!」
先生は唖然として私を見る。
その様子に、なんだか、おなかのそこにクツクツと笑いが生まれていた。もちろん顔には出さないけど。
「ど・・・どういうこと?」
「こういうことです」
私は、棚から取ったタオルを先生の顔に押し付ける。ついでに輸血の針も刺した。
「わ・・・」
「汗、拭いてください。ついでにずっと目の辺り、かくしておいて下さい」
「え?ど、どうして・・・?」
「もう、所見確認したから。その無駄にいい顔見せないで」
「な、なに、お、怒ってるの?サクラ・・・」
先生は、怪我と私の2本立てで、かわいそうなくらい大混乱していた。
心の中で、私が大笑いしてる。なに、この感覚???
でも、なんか楽しい・・・・・
「だって先生、かっこいいんだもん。見られてると、ドキドキするからですよ。寝ててください」
今度こそあっけにとられた顔で、先生は私を見た。
「・・・からかってるの?」
やっとそう言う。
「いいえ、本心」
と言って、私はじっと先生を見返す。
急に先生は黙って、タオルを顔に当てると、パタンとベッドに倒れた。
同時に私も大きく息を吐く。
突発的に降って来たこの寸劇に、なんだか疲れていた。
でも、楽しい気分は確かに続いていて・・・・・・・これ、なんなんだろう?
◇
見事に裂かれた傷口は、先生が血を出さないようにチャクラで抑えていたから、治療自体は問題なかった。
「縫うことも出来ますけど、私が一気にチャクラで塞ぎますから」
先生は律儀にタオルで目元を覆っていて、「凄いね、サクラ、そんなことできるの?」などと言っている。
「できますよ。私のチャクラで、疲労もとれるでしょうから、負担もないですし」
「また、すぐ働けるわけね(笑)」
「先生については、師匠に特にお願いされてますから(笑)」
冗談も入っているけど、マルチに動ける先生は、ホントに重宝されている。
見た目もいいし。
私は、ちらと先生の顔をうかがう。
タオルで隠してはいるが・・・・・通った鼻筋や、整った口角、緩みのない顎のラインが、目を隠すことで、余計、際立って見える。
エロい、この人・・・・
子供っていうのはつくづく凄い、と改めて思う、その鈍感ぶりが。
この人の、こういう色気、全然わからなかったんだから。
しかも、治療に専念していて、今頃気づいたが、傷口を露出させた際に、かなりきわどく先生の股間に迫っていた。
もう、下腹部と、陰毛が若干見える感じ・・・・・
私の中の「笑う感覚」が、また頭を持ち上げる。
「先生、邪魔だから、これもう少しずらしていいですか?」
え?と、頭を起こして、タオル越しにこっちを見た先生は、さすがに赤面した。
「あ・・・・や・・・・」
「時間ないんです」
「そ・・・・しかたない・・・・よね」
もちろん修羅場だったらこんなこと気にもならないし、ほとんど全裸の人を治療することだって普通にある。
でも、今、この場面で脱がす必要がどれほどあるかといえば・・・・・・先生と生徒だったことも加味すれば、「ない」かもしれない。
先生は諦めて、またベッドに頭を戻す。
「お願いします」
とか言って。
ああ・・・・・なに、私ってSなの?
◇
私がちょっと着衣に触れただけで、先生は大げさにビクッとしてる。
冗談じゃない。
本当は、私だって、もう限界。
これ以上開帳する必要なんてない。
少しずらすフリをして、実際は何もせず、私は治療に専念した
ところが・・・・・
途中から先生は明らかにもぞもぞしだして、
始めは、チャクラのコントロールに専念していたから、気づかなかったけど、もう、あとはこのまま維持して・・・・という、一段落ポイントまで行ったとき、さすがに先生の異変に気づいた。
気のせいかと思って無視していたけど、
あれ、もしかして苦しかったりする?と思い、声をかける。
「先生?」
「ん・・・・・」
「先生、苦しい?痛い?」
「あ、いや・・・・」
「もう、面倒なところは終わりましたよ?」
「ん・・・あ、そう・・・」
それでも、なんか居住まいが悪そうにしてるから、気の短い私はイラッときて、先生の顔のタオルを引き剥がした。
「あ・・・」
「先生!!どうしたの?!」
もちろん引き剥がした事は、引き剥がした瞬間に後悔した。
だって、やっぱりかっこよくて、しかもなぜか、顔を赤くしてるし、勝手に惹かれる自分の気持ちに、もう、うんざり。
が先生は、思い切ったように、
「ごめん、決してやましい気持ちじゃないから!」
と叫ぶように言った。
はああ?
なに言ってんのこの人・・・・・?????
先生は、私の訝しげな顔に、更に思いっきり引きつりながら(もちろんそれを見て、私の心は思いっきり喜んでいる)、
「勝手に・・・・なんでかわからないけど・・・・ごめん!!」
え???
ちょっと・・・・わけわかんない・・・・
が。
先生の手が動いて、その行き先がわかった私は、
事実認識以外、なにもできない状態に陥る。
事実 = 先生のがたってる
・・・・・・・・
・・・・・・・・
絶句したまま、先生のが布地を持ち上げて、しかも横からちょっと見えている状況を、「ガン見」している私。
私が硬直しているから、先生も動けず、手で隠すことも出来ないで、ひたすら「悪い」「ごめん」とつぶやいている先生。
サソリと対峙したときだって、サスケくんと再会したときだって、
これほどの緊張感はなかった・・・・きっと。
凄いわ・・・・・この構図・・・・・(爆笑)
客観的に見ているもう一人のサクラが大笑いしている。
ウルサイわね。
これが先生じゃなきゃ・・・・・私ももっとスムーズに動けるのに。
いや、先生という立場の人だからってわけじゃない。
カカシ先生が、なんか、どっか・・・・・ピュアすぎるのよ!!!
「せ、先生、気にしないでください」
「う・・・・・」
「治療のためのチャクラのせいよ。自然現象。しかたないです」
「あ・・・・でも、ごめん」
「いいんですってば。みんななるもの」
続きは後にしますね、と言って治療室を出ようとしたら、ガッと腕を掴まれた。
「え?」
私が驚いて振り返ると、先生がさっきとは打って変わったマジな顔をしている。
「なに?先生?」
「本当か?」
「?・・・・・何が?」
「みんな勃つって?」
「あ・・・・ええ・・・・私のチャクラの性質だから・・・・」
「ダメだ、サクラ、この治療、やめなさい」
は?どういう・・・・・
私が目をぱちくりしていると、先生は気づいて、私の腕を離す。
「サクラが心配だ。こんなの、ダメだよ」
「・・・・・先生・・・・」
「サクラは男の感じ、わかんないでしょ?俺だからいいけど、他の奴、自制きかなかったら」
俺だからいいって・・・・?
私の目線で、先生は色々察知し、色々言い訳する。
「あ、俺は我慢できるけどっ、てことだよ!!」
私の中で、また誰かが大笑いして、現実の私も笑った。
滅茶苦茶に愛おしいと、それも激情のように溢れるんだって、身体中で理解した。
先生・・・・・
「大丈夫ですよ、先生。だって、師匠直伝の怪力があるんだもん」
「でも・・・・・」
「師匠も同じ事心配してくれて、力の忍術も教えてくださったんだ思います。だから、私は大丈夫(笑)」
「・・・・わかった。理解するよ」
先生は、静かな声でそういった。でも、更に付け足す。
「理解はするけど、俺は嫌だな。教え子がそんな状況に晒されるのは」
「もう、現役の教え子じゃありません(笑)」
「そうだけど・・・・・」
しぶしぶそう言った先生が、次にとった行動は・・・・・
「愛しい激情」を理解した私と同じように、先生も何かを理解した瞬間だったのかしら?
「でも嫌だ。サクラが他の男の下品なモノを見るなんて!!」
と、言い切ったのだ。
私は笑って言う。
「先生の下品なモノはいいの?」
「え?あ・・・・・・・よくないけど」
先生は、一気に我に返り、かわいそうなくらい赤くなった・・・・・
◇
こんな知識の外の経験も、私の内面を豊かに、複雑に、時にシンプルにして。
包帯を巻く私の手をつかんで、口付けた先生の睫が、とっても繊細で綺麗だった事と、
一番自制できなかったのは先生だったっていうオチは、
私の一生の秘密だ・・・・