鳴門の案山子総受文章サイト
☆人によっては不快に感じる表現有り☆
自分の目差しがどんな色をしているかなんて、関心はないけど、
描画のためにしていた色々の中には、身近なモデルとしての自分を利用することもあったから、その透明な色については熟知していた
深い黒の中に、淡い青が筋状に散っている
その表面に、飴のようなツヤツヤしている光が乗っていて
月並みに、なんども美味しそうだと思った
戦場の遺体も、ホットな奴は、みんな美味そうだった
どんな無骨な男でも、どんなに痩せ細った年寄りでも、みんな目は綺麗だった
図書処で見た宇宙に似て
遺体の目を見た後は、一人自室で、自分の目を見た
そこにも、宇宙のような星が散っているのを確かに見てなぜか安心する
それが、どういうことなのか
それが、普通なのか、変なのか
走り続けている自分に、そんな比較は無意味だったし
もとより、疑問にすら思わなかった
◇
硝煙の匂いに混じった鉄錆の匂いは、
以前どうしてあんなに忌諱したのかと思うほど、今は、なじみ深く愛しい
戦況の記録として、状況を描画することを許可されていたから、事後こそまさに自分の職場だった
とはいっても
土くれなのか、肉片なのかわからない地ベタを這いずり回り、おおよそ戦況の記録とは無関係な部分描写ばかりになっていたが
一部の上官にはそれを好むものもいて、黙認されている
身体の中から突き上げるような期待感と枯渇感を抑えながら
草むらに絡まる遺体を持ち上げて、その目をのぞき見る
「キスしてんのかと思った」
「!!」
不意に背後からかけられた言葉に、うかつにもビクッと反応した
小宇宙に没しすぎて、気配に気づかなかった
木ノ葉が制圧したから(だから描画もできるのだが)敵ではないと知って、それでもこの有様を見られたことはおもしろくなかった
振り返りもせず、遺体の瞳の観察を続ける
「君が描いてたのか、あの・・・」
ふうん
僕の画を見ることができる立場の人間か
相当上の奴だ
そして初めて気づく
気づかなかったのも当然
気配がない
目で見ることにして振り返る
画のように生気がない暗部装束の男が立っていた
まだ養成所レベルの自分には、その正体はわからないし、興味もなかった
いずれ自分も暗部として働くことになるのだろうが、小宇宙の観察ができなくなるかもしれない可能性にはうんざりしていた
「仕事中なんです」
言外に邪魔するなといい、前に向き直る
「それはすまなかった。でも」
でも?
思いがけない返しは、ちょっと耳を澄ます空白をつくった
顔を横向けて、視線を後ろに巡らす
長い手足の年若い感じの暗部は、ゆっくり前に回り込んできた
「鎮静剤、持ってないかな?」
と、いきなり目の前にしゃがみ込む
思わず遺体を膝の上に滑るように落として、光を背にした暗部を見た
暗部はおっと、と遺体を受けるとそっと地面に横たえる
その手が、残像が見えるほど震えている事に気がついた
「ときどきなっちゃうんだ」
暗部は震えを抑えるように両手を胸元で組み合わせて、ついで、気づいたように獣面を外す
ああ・・・
この人が、写輪眼の
「薬、ある?ちょっと・・・やばい・・・」
滅茶苦茶な戦闘でどうかなってしまう人間は、何度も見てきている
この人が言うヤバイの本当はもちろんわからないが、下手したらこっちが殺されるくらい内面が荒れ狂ってる可能性もあった
「持ってない。医療班を」
そこまで言った途端、視界が青く染まった
打ったはずの後頭部は、カカシの手で守られ、焦土に仰向けに倒れた自分の上に、カカシの顔がある
何をする、と憤りかけて
見てしまった
深い・・・・宇宙
自分の瞳より黒い右目の中に、静かな緑が勝った虹彩が美しく広がっている
左目の赤い色は彼がコントロールを失っている狂気が静かに拍動していた
カカシの問題を把握し、でも、心は静かだった
「ああ・・・」
思わず嘆息して、手を伸ばす
綺麗だった
静かな黒も、狂っている赤も
我知らず、舌が出る
ゆっくり展開する思考を待てないかのように、いや、脳と違う時間が流れているかのように、身体は自由に動いた
本当に、舐めたかった
きっと、甘い
きっと、美味しい・・・・
写輪眼の制御に冷や汗をかいていたカカシは、その舌を咥える
舐めたかったのは瞳だが、半眼になった綺麗なあめ玉を、間近に見ることができるから問題なかった
カカシの舌が口腔深く入ってきて
ようやくカカシの目的を知る
僕を犯そうというのか?
よく聞くイカレタ話だ
でも、いいや・・・・
このあめ玉をなめられるなら、いいや・・・・
が、突然、カカシが「?」という表情をして、つられて「?」となった瞬間
いきなりカカシの身体が、ぐっと宙に浮いた
「悪いね、ええと」
養成所で見たことがある
今は、確か
「サイだったね」
テンゾウ・・・・
カカシは、テンゾウに抱きあげられ、抵抗もしない
テンゾウにはカカシの狂気を中和する能力があるようだ
それは、サイが想像したような色っぽい動機からは遥かに遠く
テンゾウは純粋に、任務を遂行しているようだった
自分の遺体描画と同じだ・・・・
来たのと同じくらい突然に、テンゾウがカカシを担いで帰ろうとする
「あ、・・・」
別な時間の流れにある身体が、勝手にテンゾウに問いかけようとして
テンゾウの背に全くそれに応える気がないのを、頭がゆっくり理解した
後になって思い返せば、色々思うところはあったのに
このときは、本当に、カカシの瞳だけが、サイの内側すべてを満たしていた
カカシの目の背景は、あとから知ったが
単純に二人分の人生を背負っているだけではない色を、自分は確かに見た
焦げた土の上を、遠くなっていく姿は
愛しい滅入る匂いとともに、陽炎のように揺れる・・・・
◇
数日あと
サイが、画の整理をしている朝早い人気のない会議室にカカシがやってきた
今まで、こんな風に遭遇したことはないから、彼の意志で会いに来たんだろう
「おはよう・・・」
「おはようございます」
朝日が斜めに射し、暗部装束じゃないカカシの美形にサイは息を飲む
「先日は・・・その・・・」
何かを説明しようとして言い淀む様は、サイの神経を直に触ってくる色っぽさだったが
あのギリギリのバランスを保とうとしていた必死な美しさは、その目の奥に消えていた
「今度から、背嚢の整理はきちんとして、ええっと・・・」
ああ、そうか、と残念な気持ちと同時に理解する
「薬を切らさないように気をつけて・・・・」
たどたどしい説明口調と、文章構成に笑う。
本当にこの人、暗部?
「忘れても大丈夫ですよ」
「え?」
「カカシさんの薬には脚がついているようだから」
弁明の困難な状況を、本意ではないが表に出してしまったことで、カカシの表情も脱力した
その今は完全に制御された笑顔を見て、この心痛は、あめ玉の喪失だけじゃないと、再度、理解する
勘違いした
この人、抱かれる方だ・・・
戦場で、どうしてこの人に犯されると思ったのか
閃く思いつきが、一瞬頭を掠めて、でも、それだけだった
あの人が、なあ・・・・・
カカシが去ったあと、サイは、机の上に拡げた画を見ていたが、やがて数枚を破り捨てた
朝日の硬い光線に、大きく息をついた
そしてもう、目は描かなかった