特になんの用事もない。
近くに来たから、ご機嫌を伺いに来ただけだ。
蝉の声が、身体にまとわりつくようにうるさい。
ゆっくりと、前に落ちる自分の影を追うように歩いた。
◇
引っ越した事と、引っ越し先については知っていた。
自分から、聞いたり調べたりしたわけじゃない。
業務連絡のように話している7班の連中から、聞き知ったことだ。
でも、カカシの家に行くのに、いちいちそうやって頭の中で整理している自分には、違和感はあった。
「・・・暑いせいだな」
降り注ぐ残酷な日差しをチラと見上げて、テンゾウは独りごちた。
通りを抜けて左を見ると、もうそこに木の塀が見えた。
舗装されていない乾いた道の照り返しで、木戸が熱を吸って微妙に歪んでいる。
ちょっと躊躇して、それから道に出る。
ムッとした空気に押されながら、テンゾウは木戸に手をかけた。
「うわ・・・熱っ・・」
キュッという可愛い音をたてて、木戸が開く。
誰もいない。
しかし縁側は開け放たれていて、小さな庭には水が打ってある。
蒸発する気化熱で、そこは僅かにひんやりとしていた。
テンゾウの背後で木戸が閉まった。
テンゾウは庭の中程に進み、開いた縁側の奥を伺う。
真っ白な光線に焼かれた目は、でも、すぐに慣れ、コントラストで真っ暗に見える和室の佇まいも、見えてきた。
誰もいない。
日差しが入らない奥に、寝具の一部が引っ張り出されていて、今まで人が寝ていたように乱れていた。
一歩進んで、また見る。
タオルケットのクリーム色が見えて、ちょっと苦笑している自分に、テンゾウは気づく。
ポタと、サンダル履きの足の甲に、冷たい水滴が落ちる。
持参したビールだ。
「どうしようかな」
やっぱりカカシは不在らしい。
テンゾウは大きく息をつくと、また、木戸を開けて外に出た。
◇
「確か・・・ここだ」
カカシはつぶやくと、立ち止まる。白っぽい壁の古いアパートは、手前の街路樹がなかったら、近づくのもためらわれるくらい輻射熱をばらまいていたろう。
「ひっどいな・・・こうも暑いとなあ・・・」
今日は、朝から蒸し暑く、日が出ると湿度は下がったものの、気温はうなぎ登り。
一度起きたのにもかかわらず、あまりの暑さに、タオルケットと枕を出して二度寝した。
横になっても、蝉の声が暑さをかき立てて、うんざりする。
起き出して打ち水などしてみたが、焼け石に水とはまさにこの状況だと妙な感心をして、結局放擲した。
ぼんやり庭を見ていたが、
「かき氷」
という単語が頭に浮かぶ。
一度思ってしまうともうダメで、カカシは三和土に降りると、そのまま木戸から外に出た。
の、ハズが。
かき氷の前に、テンゾウのアパートを見かけ、この暑さ、あいつはどうしているんだろうと余計なことを考えたのだ。
街路樹は、意外と密に植え込まれていて、その影に入ったカカシは、3階の窓を見上げる。
南向きの好物件は、しかし、この真夏の直射日光を考慮していないようだ。
そこに住んでいるテンゾウを思うと、なんだか自然に腹の底から笑いが生じてきて、
「俺って案外意地悪いのかも」
と、苦笑する。
見上げる窓は強烈に太陽光を反射していて、中の様子は伺えない。
行ってみるか。
カカシは身体を引きずるようにして木陰から出ると、チリチリ太陽に焼かれながら、古いアパートの入り口に向かった。
◇
「昨日は暑かったってば」
ナルトが、暑さに微塵もダメージを受けていない元気な声で、そう言った。
「確かに」
ナルトの勢いに、少々うんざりしながら、テンゾウも同意する。
カカシは少し離れた所から、二人の後をついて歩いている。
「ヤマト隊長は何してたってばよ?」
昨日は、修行の合間にナルトの検査が入って、カカシとテンゾウはフリーだった。
「僕かい?・・・・ビール買いに行ったよ」
「シシシ・・・休みに一人で飲んだのか?」
ナルトが笑ってテンゾウを伺い見る。
「残念ながら、お付き合いしている人はいないんでね」
あっさり認めると、ナルトは興味を失って、背後のカカシに声をかける。
「カカシ先生はなにしてたってば?」
「ああ?俺か?」
18禁本から顔を上げて、ぼんやりした声を返す。
「かき氷喰いに行った」
「ふ~ん・・・」
ナルトがガッカリしたように頷くと、一人先に、駆けだした。
「僕たちに何を期待しているんでしょうね」
テンゾウが苦笑して、ナルトの背を見送る。
「そういう年頃なんだろ。恋人でもいたら、騒ぎ立てるつもりなんだ」
本に目を落として、カカシが言った。
「そんなにドラマチックな人生じゃないですよね」
カカシの不在が、かき氷だと知って、なぜか安堵する自分を、テンゾウは笑い飛ばした。
「ビールを買いに行ってたのか」
とカカシが言う。
笑うテンゾウは、カカシの言葉の意味に気づかず、単純に字面だけ聞き取って、
「はい」
と返しただけだった。
2009.06.21.
2009.06.20. 拍手アップ