鳴門の案山子総受文章サイト
忙しさは、静かに静かに何かを変質させ
そのことを正確に把握できなくても感じてしまうときは
なんだかじっとしていられなくなる。
久しぶりの休日を、昼近くまで寝てしまった私は、無目的に外に出る。
灰色の空には、白く明るい雲間ができ、そこから差す日の中を舞う白い雪は
なんだか不思議な感じがした。
通りの小さな店のショーウインドーのガラスに
形を変えつつ流れる白い雲が映り
その奥にあるカラフルなお菓子が目に入る
私は立ち止まり、その色がもたらす衝撃をゆっくり浮けとめ、
ここ最近の生活を考えた。
木ノ葉の混乱した情勢は、私たちを年齢以上の大人にしてくれたけど
私には取りこぼした感情があることに気づいていた。
もしかしたら、元気な幼なじみと二人そろって歩いて行くことになるかもしれないと、漠然と感じてはいたが、互いに任務に忙殺され時間に追われる今、友人関係の延長のような何の進展のない関係でも、私はそれでよかった。
だから取りこぼしたという表現は不適当かもしれない。
私は意識的に避けていたんだろうと思う。
つまり、
「恋」に落ちることを。
◇
数年前の、やっぱり雪がちらつく寒い日に、ちょっと大きな戦闘があって、私は後始末に駆り出された。
重傷者はもう収容されていたが、傷の浅い者はみな作業にあたっている。
その軽傷者の手当が私の仕事だった。
やり始めればきりがなく、私は数時間ぶっ通しで、任務に専念していた。
やがて伝令が
「あと2時間で撤収です」
と伝えてきた。
私は了解して、次の人を呼ぶ。
のっそりと入ってきたのは、なんとカカシ先生だった。
「先生っ!!!怪我したんですか?!」
慌てる私に、先生は両手の平をこちらに向けて、私をなだめる。
「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ、サクラ」
先生は椅子に座ると、額当てを外す。
知ってはいるけど、見慣れないその顔は、やっぱりちょっと居心地が悪い。でも、狭いテントの中で、先生の身体は大きくて、そのことになんとなくホッとしている自分に気づいた。
「俺は、別な任務にこれから行くところだから」
「これから?」
「そう。ついでに陣中見舞い。サクラの」
「そうですか」
ありがとうございますと微笑もうとして、先生が何かを差し出すのを見た。
「何です?」
「疲れたろ?甘いもの、どうぞ」
きれいな透明の包装紙にくるまれた、ピンクやホワイトのチョコレートトリュフが目の前に差し出された。オレンジ色のリボンで口が閉じてある。
「まあ」
そう言ったきり、私はその暖かな色彩に見とれる。
硝煙や土砂の無味乾燥な景色の中で、それは色以上の感慨を私に与えた。
「ありがとう、先生」
私の声は、思いがけず子供のようにはしゃぎ、ちょっとだけ、先生が目を大きく見開いた。
「すごく、嬉しい」
先生の手からそれを受け取ったとき、先生の指と私の指が触れた。
その暖かさに、私はトリュフの色彩がじんわり広がっていく感覚をリアルに感じて、先生が言うとおり、疲れていたんだと思った。
「どうしたんです、こんなにかわいいチョコ」
「売ってた」
「そりゃそうでしょうけど(笑)」
私は、パリパリと音がする包装紙をあけ、ホワイトのトリュフを取り出し、口に入れた。舌に広がる甘味に、目を細める。
ふと先生を見ると、物欲しそうな目差しになっていた。
私は、思わず笑って、ピンクのトリュフを指でつまんで差し出した。
「え?」
「先生もどうぞ」
「あ、いや、俺は」
あわてて立ち上がる先生は、明らかに、さっきの自身の目差し(物欲しそう(笑))に動揺していて、でも、そのときの私は、それとは全く違う時間の流れにいるかのようにそれを俯瞰していた・・・・
先生の唇に、ピンクを押しつける。
先生は、トリュフを入れられるまま、私の指まで舐めてしまい、今度はさすがに赤面して、
「ご、ごめん・・・」
と言った。
◇
ショーウインドーに並んだピンクとホワイトのチョコレート
淀んだ時間に、澄んだ流れを生むような可愛らしい色の攻撃に、私は記憶の底に沈んだあの日の報告書の日付を思い出していた。
「あの日・・・・」
胸の奥が疼く。
「2月14日だった・・・」
どうして気がつかなかったんだろう。
時代に流されるまま、仕事に追われるまま、それでもそれに満足していた私は、優しい先生の心遣いにも気づかなかった。
いや、カラフルな暖かい感情を避けて来た私の、当然の帰着。
指に残る先生の唇を、滑らかな舌を思い出そうとした。
任務の合間を縫って、
あんな荒れ地に私をさがして、
先生・・・・
でも、多分、先生もそんな複雑な気持ちなんかじゃなく、ただ私を喜ばせたいだけだったんだと思う。
私は、トリュフの隣にある、魚の形をしたチョコレートを買った。
「秋刀魚・・・・じゃないよね(笑)」
きっとろくに休まず、仕事を入れている先生に、この魚を食べさせる。
あの日の気づかなかった暖かさが、今、また私を暖めて、
その素敵な時間差攻撃に、
私は本当に幸せだった。