鳴門の案山子総受文章サイト
もう一つの未来 [サスケ×カカシ]
静かな空気が、降り積もる。
冷たい、木がむき出しの床の上には、深海の色の空気が、ゆっくり積もっている。
その頃にはもう、彼も、自己防衛の馬鹿げたセリフを忘れている。
だから、サスケはゆっくり呼吸した。
静かな青を乱さないように。
冷たい色の部屋は、本当は、俺たちの必死で満ちている。
隣の銀髪も深い海の底で揺蕩う時間のようで、サスケは目を凝らす。
夜明け前の冷えた空気が、窓を伝わってベッドの上に侵入した・・・・
◇
部屋に呼びつけられて。
早口でまくし立てる彼は、いつもの彼ではなかった。
「どう思ってもいい」
いらついて、手甲を外す。手甲はテーブルを滑って、乾いた金属音とともに落ちる。
「どう思われてもいい」
言いながら、ドスンと椅子に腰掛けた。
「行くな、行くな、行くな、行くな・・・・・」
あまりに滑稽で、サスケは笑った。
「馬鹿だな、アンタ」
本当におかしくて、腹の底からクツクツと笑いがこみ上げてきた。
でもそれは、自分という他人に、激しく関わろうとする他者からの癒し、それを歓待しているかだったのかもしれない。
「みっともないか?」
笑うサスケに、カカシが顔を上げる。
その実、カカシも悲劇的な顔はしていなかった。
機関銃のように喋って、運動をした後のような、ただ、肉体的に上気した顔。
「みっともないだろうな」
そう言って、ちょっと唇を曲げて笑んだ。
サスケが腕を伸ばす。
テーブルの上に投げ出された、カカシの腕に触れた。
「愛してる?」
カカシは反応しない。
サスケは、手に力を込めて、その薄い皮膚に爪を立てた。
「俺、先生だから、」
カカシが痛そうに、目の端を歪めた。痛いのは爪が食い込んだ皮膚だけ、そんな顔をして。
「教え子にそんなこと言えない」
いつも俺に突っ込まれてるくせに、なに言ってんの?
滅茶苦茶だな、アンタ。
皮膚を引っかいて、サスケが、また声を上げて笑った。
時間は、静かに流れて。
俺たちの、どんな必死も、悲劇も喜劇も、時間の表層を彩る一瞬の光景。
当たり前に夜が来て、サスケの手に引かれて、カカシはベッドに座った。
「俺さ」
カカシが、暗くなった窓の色を目に映して言う。
「ホント、年取ったなと思うわけ」
サスケは黙って聞いている。
「だって、わかっちまうんだもん」
何のことかわからないまま、サスケは促すように頷く。
「お前は行くだろうし、それがお前の避けられない道だってこともな」
カカシがサスケを見る。その目はサスケを見て、しかし焦点は、確かに、もっとずっと遠くに結れていた。
サスケはそれを、たった今知る。
「そして、お前だけじゃない、誰もが、そうとしか生きられないってこと、わかってる。だから、」
「カカシ・・・」
カカシの大きな手がサスケの頭部をそっと掴んだ。
「黙って、駄々をこねさせろよ」
そして静かに口付けた。
◇
いつもより、発火温度は高い気がした。カカシの身体は、なかなか熱くならない。
見慣れたペニスに舌を這わせる。カカシの腰がちょっとだけ震える。でもそれだけだ。しかも、はしきりに、窓の外の喧騒を気にして、サスケになじられもした。
「どうした?」
火がつかないカカシに、サスケが言う。
「愛してる?」
今度はカカシが聞き返す。座興のついでみたいな訊き方で、でも、適当にあしらう大人の残酷を、まだサスケは持たない。
「わからない」
言いながら、サスケは、カカシの足を開かせた。
「ぁ」
という小さな声を出して、でも大人しく秘所を晒す。
サスケの指が、ソコを押し広げて、唾液で濡らした指で撫でるように刺激してきた。
淫猥な音がして、身体を駆け抜ける刺激に、みっともなく感じる。
「・・・・んあ・・・サスケ・・・」
「でも・・・・大事だ」
サスケが思い出したように続ける。
たぶん、指は、もうその先を挿入されていて、ペニスも吸われていたカカシは、音を立てて指を抜かれて、初めてそのことに気づいた。陰圧の刺激に、声が漏れる。
「はっ・・・・んん・・・」
袋とその下まで、揉むように舐められて、カカシは腰の脇のシーツを堅く握りしめた。
局所だけは、やっと熱を持ちはじめ、そこだけ空気を熱くする。
指で広げられ固定された部分に、サスケの視線を感じる。
そんなに見ないでと言おうとしたら、
「もう、入れるよ」
と、サスケが言う。
うん、とシーツに頬を押しつけて、視線だけ流してサスケを見た。
馬鹿げた気負いで、心は盛り上がって急いているのに、感覚がついてこない。
すり切れるような痛みが増して、ようやくカカシが喘ぐ。
「う・・ああぁ・・・」
もう、こんなことも、記憶だけになる。
「・・サスケっ・・」
漏れた名前に応えようとして、顔を見て、カカシが目を閉じていることに気づいた。
ああ。
この人は、もう、今の俺なんて見てない。ずっとむこうの、人間が感知できる限界の時間の先の。誰かを欠いた未来の光景。
「あ、は・・イク・・」
セックスのたびに快感に死ぬ肉体を、互いに持て余していたのかもしれない。
「死んでもいいから」
カカシが呻き、吐き出すように言う。
「戻って・・・きて・・」
最後は、波間に消えるように、サスケに視線だけ送る。
サスケも唇を横に引いて、頷いた。
それは嘘で、間違いで、でも、
なにより確かな今のサスケの真実だった。
◇
時間が沈んで、停滞の錯覚に陥る。また、そっと息を吐く。
流れているのに止まって見える卑怯な青い流れ。
そして・・・
「幻術みたいだね」
目を覚ましたカカシがそう言った。
サスケがちょっと驚いて、カカシを見る。
カカシがサスケの身体を抱きしめた。
そして・・・
数時間後には、もういないはずのサスケの体温。
「行くよ、カカシ」
「ああ」
でも、この時間だけは、
「色々と、世話になった」
「そんな」
ここに置いていく。
「忘れねぇ」
「俺も」
サスケが動いて、沈んだ深海の青も、ゆっくりと循環を始める。
青を蹴散らし、気配だけの夜明けが、暖色を運ぶ。
「もう行かねえと」
「うん」
ドアまで行って、でも、一瞬、心臓が叫び声を上げて。
「サスケ」
胸の痛みのままに、サスケが振り向く。
「身体に気をつけろよ(笑)」
精一杯のカカシの冗談に、いつものように笑っているその揺れる銀色の髪に、サスケの足は気にベッドの上のカカシに駆け寄る。
「ウスラトンカチがっ!!」
かすれた声と、乱暴な抱擁。
荒れた青い粒子が、カカシの、その髪に、その肌にまとわりついて、
サスケははっきり流れる時間を見た。
この人を守りたい挑むような気迫が身体に満ちて、でもそれすら神の手の内だと、この人自身言う。
突き飛ばすようにその身体を放して、まだ暗い時間の中に飛び込んだ。
強く引くような感覚は、たぶん錯覚。
朝がくれば、顔を上げて歩くだろう。
でも、心はずっと、幻術の中だ。
青くて、沈んだチンダルの中。
細くてちぎれそうな月が、あの人の笑った目と重なる前に、サスケは境界線を越えた・・・・