鳴門の案山子総受文章サイト
その顔を見るだけでみっともなく乱れ打つ心臓な俺なのに、同じ布団に入ったらどんなことになるか・・・・
「こっち来る?」
というしぐさと声だけで、汗が引いたはずの全身から、妙な汗が噴出す。
でも、何気なく断るということが、今の俺には出来なかった。
「ガキ扱いすんなってばよ」
と、サラッと言ってのけるいつもの反応が、今はチャクラコントロールより難しい。
きっと、噛みまくって、かえって不自然になってしまうだろう。
俺は、先生の顔を見た。
空白になった俺の耳に、雨の音が入り込む。
何だろう、この時間。
俺は、どうして、ここにいるんだろう・・・・
たぶん、俺の心の葛藤も知らず、優しそうな顔で待ってる。
俺は意を決して、先生のほうに転がった。
「おっと」
先生が転がる俺を受け止める。もちろん、受け止められる前に、自分で止まったけど。
腕に先生の手が触れる・・・
「お前、なんだか湿っぽい」
先生が眉をしかめた。
「ちゃんとタオルで拭いたのか?」
ガキ扱いは、もうある種、快感だ。それに、これは風呂のせいじゃない。さっきの冷や汗だよ。
「先生の布団で乾かすからいいってば」
ホントは『先生の体温』って言いたかったんだけど。
「自分の布団に帰れ」
「先生は乾燥してるからちょうどいいじゃん」
「またジジイ扱いしやがって」
先生は、なぜか本気で怒ったような顔で、プイと反対側を向いてしまった。
その整った頬のラインを見ていると、いきなりギュッと脊髄ごと神経を掴まれたような痛みを感じた。
『ダメだ・・』
切ない感覚が溢れる・・・
カカシ先生と、こんな時間、こんなふうに過ごしたことなど一度もなかったのに、懐かしい過去を見るような、この感覚はなんなんだろう。
止めなくていいのか・・・・
止まらなくていいのか・・・
俺は仰向いて縁側を見る。
雨の音を、目で聞いた。
庭の飛び石が濡れている。
今なら、戻れる。
楽しくて、気の置けない、出会った時から続く関係でいられる。
俺は先生の小さなナルトで・・・・
葛藤は胸中を暴れまわり、俺の身体を揺さぶる。
先生は、いつまでも写輪眼のカカシで・・・
雨が降っている。
遠くで小さな雷鳴が聞こえ始めた。
俺の手が、先生の肩を掴んだ。
見えている先生の頬のラインがちょっとだけ硬くなる。
グッとそのまま、俺のほうに身体を向けさせた。
『な~に?』
先生の顔がそう言っている。
馬鹿な行動が発動しても、この人にはまだ届いてない。
一瞬そう思ったが、俺のほうが手遅れだった。
俺の表情は怖いくらいに真剣だったに違いない。
先生が、「どうした、ナルト?」と起き上がるのと、俺が「ごめん、先生」と言う言葉が重なった。
もう、俺のコントロールじゃない。
もう、俺には何も見えてない。
雨と、先生と、雷、それだけ。
俺は、先生の、まだ俺より少しだけ大きい身体を抱きしめた。
ああ・・先生の匂いと体温を感じる・・・
九尾が俺を凌駕したら、こうなるのだろうか、と、どこか変に冷静な脳の一角が考える。
でも、抱きしめる腕に力を入れて、今はダイレクトに流れ込む先生の情報に、俺は没した・・・
先生は動かない。
俺に抱きしめられるまま、じっとしている。
「せんせ・・・」
俺の喉から漏れる声に、やっと、反応した。
「大丈夫か、ナルト?」
俺は身体をわずかに離して先生を見た。
外の雨の集まりが、光を水あめのように屈折させている。その揺らぎが、暗い室内に淡い光を伸ばし、先生の顔にカッコいい影をつくっていた。
見とれる。
大人のいい男の顔なのに、今のそれは、先生の幼かった頃を容易に思い起こさせる優しい表情だった。先生の過去から続くすべてを腕の中に抱きしめていると感じた。
「大丈夫じゃない」
俺のストレートな弱音に、先生は労わるような眼差しで、何か言おうとして起き上がろうとする。
俺は、また、思いっきり抱きしめる。
先生。
許してくれ。
この感情、もうどうしようもできねぇ。
風呂に入る前、俺が自覚した『好き』で、この激情は説明できそうもない。
好き?好きなのか?
顔が好き?
そんなんじゃねぇ。
愛してる?
そんなの習ってない。これがそうか?
・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・
「それ、性欲だから」
サクラが突っ込んだ。
「「ぶっ!!!」」
俺とナルトは思わず噴出す。
「ばっか、サクラ!!今いいとこなのに!!」
思わず叫ぶ。
こいつ、本当に空気読まないな。読者様だって怒ってるぜ、読んでる人がいたらの話だが。
「イヤなのよ、なんだか・・」
「え?」
「雰囲気に呑まれてしまいそうで・・・」
おいおい・・・
っと、しかも泣きそうだし。
「突っ込まないと、なんか自分がどっか行きそうになるんだもの・・」
サクラ・・・・そうだったのか、お前・・・
あの鬼みたいなお前は、すべて無意識の照れ隠しか。
・・・なんか可愛くなったきた。
そうか、そうだったのか・・・・
大丈夫だ、経験者の俺が教えてやる。
「サクラ、怖がることないぞ、それを乗り越えるとトリップといってだな・・」
「あ、でもあたし、Mじゃないから(きっぱり)」
しっかりしてるよ、まったく・・・
・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・
「どうしたの、ナルト?」
強くなり始めた雨の音に、先生の声すら遠い。
先生に直情をぶつけて、でも、雨に声を紛らわす姑息を、俺は自分に許した。
「こうしていたいんだ」
雨に同化して喋る。
「ナルト?」
ギュッと抱きしめる。抱きしめると確かに感じる先生の身体だけが今の俺を支えている。
既視感は消えない。
俺はなんとなく、この感覚は、過去にあるんじゃなくて、未来にあるんじゃないかと思い始めていた。
それは不吉な予感で、でも、それを軽くあしらって払拭できないほど、俺は自制を失していた。
「わかんねぇ」
「・・・・」
「でも、こうしていたいんだ」
ぐっとさらに力を入れ、目だけ縁側にやる。
濡れる。
里が雨に濡れる。
そして、次の瞬間に起こったことは、俺を激しい後悔に陥れた。
カカシ先生の腕が伸びてきて、俺の背にゆっくりと回される・・・・・
一緒にいたいという俺の吐露が、師弟か仲間か、それとも色っぽい意味でなのか、状況を特定させない狡さを有していたことを、俺は否定しない。
そして、雷鳴とともに動いた先生の腕も、そういう曖昧さを十分に含んでいた。
でも、先生も、壊れそうなんだと、抱きしめた身体が語る。
先生も何か先生を拘束するものに抗っていると、まわされた腕の強さが語る。
「ごめん」
俺の何かに巻き込んでしまった、と、俺はこうなってしまってから悟った。
ああ、この既視感は、抱きしめたから、発生した未来なんだ・・・・
「ごめん、先生・・・」
俺の搾り出すような声に、先生が身じろぎした。
「ナルト」
呼びかけられ、俺はびっくりして先生の顔を見る。
今まで聞いたことのない声だった。
「なんで謝る?」
先生の声は、優しくて、そして、もうすでに甘い媚を含んでいた。
「俺だって、お前のために生きたいんだ」
雷鳴が、近くで聞こえる。
「謝るな。これは俺の意思だから」
先生の腕に力がこもる。
でも俺は泣けてきた。
やっぱりこの綺麗で優しい人を、この人の人生を、俺が狂わせたと、その罪悪感はきっと正しいに違いないから。