夜毎の回想




夜も更け、大気の温度は、少しずつ下がっていく。
冷えた室温に、カカシがふと目覚めて、横を見る。
ヤマトが寝袋に入って寝ている。
隣室の気配を伺う。ナルトもおとなしく寝ている様だ。

寝袋に入ったまま、窓の外を見上げる。
文字通り落ちてきそうな星に、カカシは一瞬、身震いした。
ギラギラしたそれは生き物のように圧倒的で、星々で彩られた夜空は本当に怖かった。
カカシはそっと寝袋を出る。
外に出ると、木遁を振り返る。
星空が大きすぎて、その下に建つ木遁の家は、その広さに押しつぶされそうなくらいだった。

明るい夜道を、とぼとぼと歩く。

 ざりっ・・・じゃり・・・

広い大地は、逆にカカシの足音を、近くに感じさせる。

 ざりっ・・・じゃり・・・

いつもナルトが修行している場所まで来た。
ヤマトが九尾を押さえるために出した術の残骸が、そこここに重厚な姿をさらしている。
星明かりが凄くて、カカシは何度か目をしばたく。
強烈な宇宙からの光線が、それら木遁にくっきりとした陰影を刻んでいた。

  「先輩?」

その残骸の一つにヤマトが腰掛けていた。
星明かりで、驚いたその表情がはっきりと見える。
  「お前も眠れないの?」
  「え・・・ああ、いや・・えっと・・」
ふふふ、とカカシは笑って、どっちなの?と言った。
カカシも、ヤマトの横に腰掛けた。
並んで、空を見る。
二人の息が白く流れ、星が散らばる大気にまぎれていった。
  「僕の木分身、寂しがっていないかな?」
  「え?」
  「先輩がいなくて」
思いがけないセリフに、カカシがヤマトを見る。
ヤマトは笑ってはいなかった。
なんの感情も浮かべず、ただ静かに夜空を見上げているだけだった。
  「ここ数年の俺の方が寂しいだろう」
カカシが軽く小石を蹴飛ばして、言う。
小石は、瞬間、星の光を集めたが、すぐに遠い闇に吸い込まれていった。
  「先輩が?どうしてです?」
  「そばにお前がいなくてさ」
ヤマトは何も言わなかった。
カカシも黙る。

星は音がしそうにうるさく輝き。
乾いた砂っぽい大地は闇の向こうに続き。
木遁は静かに影をまとい。
二人の心臓は、別々に動いているけど。
考えていることは、きっと同じ。

ふいに、ヤマトの手が伸びて、カカシの鈍く光る髪に触れた。
カカシが見ると、その表情を和らげる。
  「濡れてますよ」
  「ああ」
カカシも自分の髪に触れる。
  「夜露だな・・・」
そう言うカカシの唇に、ヤマトのそれが押しつけられた。
ヤマトの手が、カカシの濡れた髪をまさぐり、夜露が肩にしたたり落ちる。
カカシの腕がヤマトを抱き、互いの息をむさぼる二人は、木遁の陰影にまぎれた。
  「僕だって」
キスの合間に、ヤマトが白い息を吐く。
  「寂しかった」
  「テンゾウ・・」
テンゾウと呼ばれて、目を細める。
テンゾウは、カカシの髪を掴んで、その瞳を見つめた。
額当てのないむき出しの左目は軽く閉じられており、こちらを見つめる彼自身の目は、星の様に輝いていた。
  「お前、暖かい」
カカシが身震いして、テンゾウを強く抱きしめる。
  「寒いですね」
テンゾウは、大地の向こうを見る。

立ち止まりたい。
このままでいたい。
そんな瞬間を、いつも走り抜けてきた。
カカシがいない生活は、テンゾウを生き急がせるように、空疎だった。
でも、人殺しで、人殺しで、人殺しに満ちて、虐殺機械としては充実していた。
そしてテンゾウは、決して、やり損なうことがなかった。

  「僕のこと、笑うと思うけど」
テンゾウが、カカシの右目に言う。カカシは、軽くそれを否定する。
  「笑わない」
  「笑ってもいいけど」
  「笑わないよ」
先に進まないテンゾウに、カカシは辛抱強く返す。
  「笑わない」
テンゾウは、軽く息を吐くと、カカシを抱きしめた。
  「僕、こんな出会い方、したくなかったよ、先輩と」
  「テンゾウ・・」
テンゾウは、腕に力を込める。
  「裏も表もない。ただ生きることが・・普通に生活できることが楽しい、そんな・・」
  「・・・・」
  「そんな人間でよかったのに」
カカシが、微笑む。夜露で濡れた銀髪が、草原の草のように不思議なリズムで揺れた。
  「ほら、笑った・・・」
  「違うよ」
カカシが、テンゾウを抱きしめ返す。
  「この馬鹿げた時代の、キリング・マシーンだから出会えた」
テンゾウの髪も濡れて、星の光を乗せている。カカシがその耳に囁いた。
  「これで良かったんだ」
星が降る。
凍えそうな色の中で、テンゾウはカカシの声を心に焼きつけた。




静かに木遁の家に入る。
ヤマトは、自分の寝袋を見て、微笑んだ。
ヤマトの寝袋にぴったり寄り添ったカカシの寝袋に、カカシの影分身が寝ていた。
ヤマトがカカシを振り返ると、カカシが真面目な顔で、唇の前に人差し指を立てた。
そして、
  「しー・・。起こすなよ」
と言った。


2008.03.12.