鳴門の案山子総受文章サイト
「はあ~、なんか微妙な風だよな」
アスマが溜め息混じりに空中にセリフを吐いた。
隣でナルトが頷く。
確かに、春はもうとっくに終わったのに、まだ本格的な夏じゃない。
そんな曖昧な季節に、今の状況をなぞらえていることくらい、ナルトにも易く理解はできた。
それでも、遠くに盛り上がるような緑が見えて、確かに季節は進んでいる。
生暖かい風に圧されて、ふっと顎をあげると、アスマがこっちを見ていた。
「なに?」
「お前が頷くんじゃねえよ」
ちっ、と思ったが、表情には出さなかった。
今度はナルトが溜め息をついて、足下に視線を落とす。
乾いた土の上を、虫がすすすすと歩き去る。
よりによって、こんなダメな大人と同じとはね。
今でこそ、このヒゲがダメな大人じゃないことは充分承知しているが、ガキな時は、ダメな大人の典型に見えたものだ。
ま、今では、別な意味でダメだよなあ・・・・
「お前なあ、」
アスマの呆れ声。
「なんだってば?」
「頭ン中が手に取るようにわかるような沈黙、しないでくれ」
「(笑)・・・なんだそれ?」
「沈黙が雄弁すぎる」
「・・・・シカマルか?」
「もちろん、受け売り」
「はははは・・・・」
笑いながら、曖昧な変な空気に浸りながら、でも、どっかで平和だった。
それはなにより、この男の持つ、何か人間的な資質のせいなんだろう。
先月のアスマとのツーマンセルの任務を思い出す。
続けて、9班のメンバーを考えた。
若干の羨望が混じることは、
確かだった。
◇
がばっと飛び起きる。
全身が冷や汗でぐっしょり濡れていた。
悪夢のせいじゃない。
今、口走ったかもしれない固有名詞が、ナルトに一瞬で汗をかかせたのだった。
「・・ん?どうした?」
小屋の対角線に寝ていたアスマの、のんびりした声が闇に溶ける。
「・・・いや・・・」
努めて平静を保つナルトに気づいてか気づかないのか、アスマの緩い空気は変わらない。
「寝小便たれんなよ」
そう言って空気ごと笑うと、もう気配がない。
ナルトは大きく息を吐くと、こちらもゆっくり横たわる。
ランクは低いが、結構長い単調な任務だ。
ちょっと気が緩んできているのかもしれない。
自分の部屋で寝ていると錯誤した。
ナルトは夜具の中で、身体を横向きにする。
よりによって、カカシ先生の夢を見るとは・・・・
カカシ先生の名を呼んだかもしれないという恐怖は、あっさり股間を通常モードに戻してくれたが、でも、改めて夜具の自身の体温に身を沈ませると、さっきまでの興奮が戻ってくる。
若いってホント、やだ。
すべてを若いせいにして、
残りの日数をどうしたらいいか、ナルトは本気で苦悩した。
◇
ナルトはまた飛び起きる。
小屋の明かり取りを見上げたが、あきらかに起きる時刻をすぎていた。
あわてて飛び起き、小屋を出ようとして、入ってくるアスマとぶつかりそうになった。
「よう、起きたか」
「わりい、アスマ先生、俺、」
「ま、いいさ。昨日はお前が頑張ったからな。今日は俺が頑張るよ」
何も言えない。
ナルトは静かに息を吐くと、定時の見回りを終えたアスマの横に座った。
気の抜けない長期の見張り。でも、退屈。
もっと互いの何かを吐露し合うような状況になるかと思ったが、今のところ、それはない。淡々と、任務が遂行される時間だけが展開していく。
アスマが煙草に火をつけて、目を細めるとこちらを伺う。
「お前さ、」
「?」
「溜まってんのか?」
だから不意に投げ入れられた石の波紋の大きさは、ナルトの動きを一瞬止めた。
「ふふふ、図星」
「・・っせーーー・・」
「俺さ、ちょっと偵察がてら、お花を摘みに行くからよ」
「はあ?アンタが花ぁ?」
「いののご機嫌伺いだよ。あいつの家の商売柄、珍しい花に興味あるみたいでよ」
アスマが立ち上がる。
ああ、そういや、崖下にたくさんピンクの花が咲いてたな。
「あのピンクの?」
「そ。だから時間はたっぷりあるぜ、少年」
アスマの「少年」はナルトが怒ってアスマを追い出すドアの開閉音にかき消された。
ドアを手で押さえながら、ナルトは天井から落ちるチリを眺める。
ちょっと、心配になってきたのは確か。
俺は、やっぱり何かを口走ってしまったのか?
「やりてーとか言っちまったのかな・・・・」
でも、それならまだ余裕でセーフだ。
固有名詞じゃなければ、それでいい。
「ああ・・・もう・・・」
頭を振って、それでも、ナルトは「若さに満ちた」行為を遂行しようと、座り込む。
なんか情けないと思いながら、すぐ次の瞬間には、そんな気分も消え去る自分の単純さに、「ああ、そうだよ」と意味のない言葉を繰り返して、ナルトは目を閉じた。