鳴門の案山子総受文章サイト
表通りのざわめきが、風に乗って俺の耳に届く。
一本入ったこの小路にも、確実に夏が来ていて、民家やアパートの庇や街路樹の緑の隙間には、さっき窓のガラスで見た青い空が、はめ込まれていた。
俺は突っ立ったまま、先生の部屋を見上げている。
凄く長い時間に感じたが、たぶんそんなに経ってない。
どうしていいかわからなかったが、何かしないといけない、というのはわかっていた。
同時に、物凄い展開のはずなのに、そのことで形を成しつつある自分の内面にも驚いていた。つまり、このとんでもないことが実は「きっかけ」にしかすぎないってことも、俺は自覚しつつあったのだ。
風が俺の耳元を流れる。
一歩前に踏み出して、「あ」と小さく叫ぶ。
俺、自分の混乱で手一杯で、先生の気持ち、考えてなかったってば・・・・
気配のないドアを見る。
俺の混乱以上に、先生は・・・・・頭を抱えているハズに違いない。
年若い部下に、あんな現場を見られっちまったんだぞ・・・・
でも、もしかして、と俺は自分に念押しする。
あれが自慰行為ではない可能性は・・・?
いやいや・・・・まさしくアレだった・・・
つまり。
かわいそうに、今、世界で一番困ってるのは、先生だ。
俺は軽く息を吐くと、もう迷わない。
今度はちゃんと玄関から。
ああ、始めっからそうしていればよかったんだってばよ。
いや・・・・・・・
大きく風がうねり、街路樹の緑が光を巻き込んで騒ぐ。
俺は、いまや混乱も動揺もしていなかった。
ゆっくりアパートの外階段を上がる。
先生の部屋のドアの前に立つ頃には、もう、全くいつもの俺に戻っていた・・・
◇
ノックしようとして、なんとなく出来なかった。
かわりに大声で呼ぶ。
「せんせーー!!カカシせんせー!!」
俺の耳は、風の騒ぎの中から、先生の
「開いてるよ」
という、いつもの調子の声を拾う。
ホッとするような脱力とともに、判断するより先に勝手に手がドアを開ける。
瞬間、俺の背後から風が先生の部屋に流れ込み、あっと思う間もなく、ベッド側の窓から抜けていった。くくられたカーテンが大げさに騒ぐ。
俺がへばりついていた窓が、今は開けられていた・・・
いつの間に開けたのかな、と思いながら先生を探す。
「!!、うわっと・・・」
先生は玄関脇の壁を背に立っていた。
つまり俺の目の前にいた・・・・・
「さっさと入って来なさいよ」
いつもの調子でそう言う。
「え・・・待ってたってば?」
うん、と頷くと、先生は部屋の中に入る。俺も、サンダルを脱ぎ捨て、その後に続いた。
窓から覗いたときは、たぶん何も身につけていなかった先生は、今は、シャツとジーンズをまとっていた。
待ってたって言ったよな・・・・
俺が窓から落ちてから、その、俺が入ってくるのをずっと待ってたってこと?
それに・・・
「先生・・・顔・・・」
マスクもしてなくて、俺は先生の顔を見ていいものかどうか、思いっきり困惑する。
「もう、いいよ。さっき見たでしょ?」
うわああ・・・・
先生のほうから、さっきのこと、真正面にこられると、落ち着いたハズの俺が・・・困ってしまう。
今、世界で一番かわいそうなんじゃなかったのかよ、先生・・・
「せ、せんせい・・・」
ベッドに腰掛けた先生の前に立って、俺は会話というAランク任務に取り掛かる・・・
「なんだ?」
「あ、あの・・・・」
「・・・・」
先生の顔が見れない。
凄くドキドキして、オナニーを見られたのは俺のような気がしてきた・・・・
「ま、窓から覗いて・・・その」
「・・・・」
「わ、わ、悪かったってば・・」
言い切って、足元を見る。
・・・・・・・
・・・・・・・
あれ、なんの反応もない・・・
俺は思わず顔を上げた。
と、先生はこっちを見ていて、そのかっこいい顔に一瞬見とれた。
い、いや、ど、どうしよう。
見とれてる場合じゃない。
先生、怒ってんのかな・・・・?