緑を漕ぐ 3




先生は俺の顔を見ていて、それは、さっき窓の外から見た無表情に近かった。
先生だってたぶん必死だということに、どうしても実感が伴わない。
落ち着いて、何事も無かったかのようにそこにいるように見える・・・
   「ナルト」
・・・・あ、呼ばれた。
見ると、先生の口がなにかしゃべってる。
無声映像のようで、俺の動揺は聴覚すらおかしくしていた。
あわてて耳を復活させる。
   「なんでお前がそんなになってるの?(笑)」
わ、笑った・・・・
   「恥ずかしいトコ見られたの、俺なのにね」
う・・・・
は、恥ずかしかった・・・んだ・・・先生・・
   「ご、ごめんってば・・・」
   「俺も気づけって話だよね、ホント」
はあああぁぁ・・・・
なんか普通に会話がすすみ、俺はかなり安堵していた。
困難はそう簡単に俺を解放するつもりなんかないって、すぐあとで思い知るにも関わらず。
先生はバフっとベッドに仰向けにひっくり返るとさっきみたいに、窓を見上げた。
先生の喉が、外の明るさに比してちょっと暗い室内で、なまっちろく見えて、俺は何故か唾を飲み込む。
   「びっくりしたよ」
   「は、はあ・・・」
   「危なくお前の顔でイクとこだった(笑)」
・・・・・おいおいおい・・・
俺が絶句していると、先生は視線を俺に下ろし、ふふふと笑った。
   「あ・・・お前でイッて欲しかったのか?」
!!!・・・・・・
   「・・・どうしたナルト?黙っちまって?」
だだだ・・・そりゃ黙るだろう。
なんだよ、アンタ、本当にカカシ先生か?
俺は何となくムッとして、今度は本気で黙り込む。

窓から見たとき--------
先生は、本当に守ってやらなきゃいけないくらい、いじらしく見えたのに。
俺たちにとって、大人の、頼れる男だった先生が、なぜか、俺に縋ってもおかしくないくらい不安定に見えたのに。
俺を、驚くことなくただただ見上げた先生・・・・
う、やばい・・・・なんで俺、興奮してんの・・・?
なんだろ、あの時の先生を考えると、なんか、こう・・・・股間がやばくなる・・・・
なに、これ・・・????
渇いた喉を引きつらして、俺の顔はたぶん真っ赤だ。
ぶわっと額に汗がにじむのがわかる。
こんなとこで、こんな状況で勃つなんて、俺、ああ、どうしよう・・・
ごまかしきれないよな。
だって先生、俺の目の前だもん・・・・
勃ってるの、丸わかり・・・・
   「ナルト・・・」
は・・・はいっ・・・
   「お前、なに・・・それ・・・」
ひええええ・・・
   「ごめん、ごめんてばよ、先生、俺、その・・」
俺はあわててとりなそうと先生を見る。
え?
先生も真っ赤だ。
俺の喉が無様に鳴る・・・・
風が勢いよく窓から入って、先生の髪が乱れた。
   「よせよ、そんな・・・反応はさ・・」
せ、先生・・・・
   「なんだか変な感じになるだろ」
や、どうしよう。
すっげー困る・・・・
先生は、すねた子供のような印象で、その肩は俺が抱きしめたくなるような風情だ・・・
   「せっかく普通にしてたのに」
最後のほうは飲み込むように、先生が言った。

ああ・・・・無理してたんだ・・・

このとき湧き上がった「ぎゅっ」という心が引き絞られる感じは、窓の外で先生を見たときからずっと俺の中に続いている・・・みたい。
  「先生」
俺が呼びかけるのと、手が先生の肩に触れたのは、同時だった。
先生の身体はピクリともしなかったが、その内面で、先生も思考がグルグルしているのがわかる。
俺の方を見たとき、まだその目は、なにも決断していない。
笑い飛ばせばいいのか、真剣に忘れてくれって言えばいいのか、たぶん先生も混乱してる。
動きのない先生のことをそうやって決め付けると、俺は先生を掴む手に力を入れた。
  「俺で」
俺の喉から、俺のじゃないような声が漏れる。
え?と先生が反応する。
  「俺でイって欲しかったってば」
先生の目が大きくなって、俺の奥で何かが動き出す。
  「ナルト、さっき俺が言ったのは冗談だよ」
先生が慌ててそう言って場を取りなそうとする。その「普通っぽさ」が強烈に俺を揺さぶった。
  「わかってるってば。でも、俺は本気なだけ」
俺自身、俺のセリフにもの凄く驚いて、でも先生がもっと驚いていたので、かろうじて俺は落ち着いた様を保てた。
先生は、僅かに唇を開いたまま、俺の顔をマジマジと見て、
  「・・・なに?」
と小さな声で、つぶやくように言った。
ああ、頭に血が上る!!

急に外の音が耳に入ってくる。
大きく通りをうねるように流れる風は、街路樹の緑をザワザワと騒がせ、さっきまで、その穏やかな初夏の中にいた自分を思い出した。
先生の背後の窓を見る。
暗い室内の奥で、窓は、青い空をガラスのように綺麗に見せていた。

軽く、でも長く、息を吐く。
俺の心は逃げたいのに、勝手に身体が、口が、事態をどんどん推し進めてくれちゃって、俺はたっぷり1年分の汗をかいて立っていた。





2010/07/26 ,  01/13 , 12/18