雲が飛ぶ




洗いざらしの白いシャツが、その柔らかな皺に、ひなたの匂いを含んでいる。
下ろして、多分一週間も経っていないような、濃いインディゴのデニムが、カカシらしかった。
色落ちしたジーンズを選ばない。


透明な風が足下を吹き抜け、透明故に硬質な感じに、テンゾウはちょっとだけ丘を上がる足を止めた。
強い春一番は、萌葱色の下生えを海原の波のようにうねらせて、テンゾウより先に丘を駆け上がる。
土臭い命の匂いにむせて、先の季節よりは湿った空を見上げた。


あらゆるものが、その内のざわめきを抑えられない景色の中で、風にあおられながら、カカシは静かに座っていた。
多分、無意識に選んだ丘のその場所は、しかし、カカシのための席のように彼自身をカチッとおさめた。
テンゾウに、とっくに気づいて、持ち前のサービス精神を早くも発揮する。
にっこり笑って、歓迎するのだ。
  『そういや・・・O型・・・』
血液占いに執心なサクラの講義を思い浮かべて、テンゾウも笑む。


  「どうしたの?」
近づいてくるテンゾウに、風に乱れた髪を抑えながらそう言った。
渦を巻いて通り過ぎる風に言葉が巻き込まれて、息継ぎするように言う。
その幼い印象の動きに、テンゾウは見入る。
  「いえ・・・・」
短く言って、足を進める。

先輩が見えたから。
・・・・本当は、ただ、それだけだった。

テンゾウは、カカシが座っている草むらまでのぼると、並んで立った。
  「先輩もそんな格好するんですね」
そんな意地悪いセリフにも、カカシは笑顔を崩さない。
  「あ、俺だってわかってたんだ」
そんなことを言って、受け流した。
  「わかりますよ(笑)」
そう言い切って、でも、テンゾウは、ざわめく春を自分の身中にも感じていた。
透明な風にかき回される銀髪も、左目の傷も、薄い色彩の肌も、それらは全部カカシなのに、忍者の装具のない彼は、いつもとは違う引力があった。
落ち着かない気配に、目を上げる。
遠くに青い景色が見える。

春なんだね

再会したときに、たしかカカシがそう言った。
あの日も風が強くて。
青くかすんだ景色に、この人はそう言った・・・・・

  「何を着ても様になりますね」
正直にそう言ってみる。
  「え?」
と言って見上げるカカシの視線には、思惑も意地悪も照れもなく、あるのは純粋な驚きだけだった。
  「お前にそんなこと言われるなんて・・・・驚いたよ」
驚かせるだけの、それこそ様にならないセリフだったが、でも、ただカカシが見えたから来てしまったという事実を知られるよりはマシな気がしていた。
  「ま、誰が着てもこんなもんだろ」
言いながら、カカシは、風を読むように、少しちぎった若葉を宙に放った。
風のうねりは、柔らかい葉を巻き上げて、あっという間にかすむ景色の中に運び去る。
それを目で追う静かな横顔。
テンゾウは、小さく溜め息をつくと、自分も散った葉の行方を目で追う。

風と戯れるように、千切れた雲が空を駆け抜けて、その影と、まだ浅い春の日差しが、クルクルと地面を走る。
日が射すとき、カカシのシャツがまぶしく光り、それに温度すら感じて、テンゾウは目を閉じた。
良くも悪くも・・・・・

この人に

青い景色に溶けるような、綺麗なこの人に

どうしても、惹かれてしまう


  「ねえ、お前、覚えてる?」
  「はい?」
  「去年の同じ時期、こんな風の強い日あったよね」
軽く心臓が拍動して、テンゾウは曖昧に頷く。
部屋の奥で転がった、ピンクのジョウロの乾いた音がよみがえる。
カカシがその、日に明るくなった顔をこちらに向け、またにっこりと笑った。
  「あのとき食べた中華飯」
  「は?」
  「おいしかったよな~と思って。あ、お前は天津飯だったか?」
  「・・・・・」
  「違った?」
  「先輩」
  「な~に?」
テンゾウは上体を屈め、カカシのシャツの襟に触れた。
どこから飛んできたのか、黄色い花びらが、くっついている。
それを、さっきのカカシみたいに風に乗せて。
・・・・そして、結局、嘘とホントを混ぜてしまう。

  「先輩のそんなとこ、」
  「ん?」
  「好きですよ」

カカシはちょっと黙っていたが、やがて、立ち上がると、
  「俺で遊ぶなよ」
と、なにやら見当違いの事を言って笑った。
乱れ飛ぶ雲に陽光を遮られた青い景色を背に、すっと立つカカシはやはり魅力的で、
待てよ、というカカシを置いて、
テンゾウは、今来た丘を、一気に駆け下りた・・・・・






2009.03.21.