聖夜 5 [ナルト]



薄曇りの空は、少しずつその灰色を強め、ついには雪が落ちてきた。
  「あいにくの雪ね・・・・いや、ナイスタイミングなのかしら?」
詰め所にいたサクラちゃんが俺を見つけて手を振る。
  「ホワイトクリスマスよ、ナルト」
年末にあえて任務を入れた俺に、みんないたわるような目差しを向けている中で、フル装備な俺をいたわって、そんなことを言ってくれる。ホント、優しい人だよ。
そう、今日はクリスマス。
きっちりはっきり断られ続け、いくらしつこい俺でも、一年という時間はやっぱり長い。
ああ、もう、一年も経ってしまったんだなあ~
その時間は、俺を受け入れてくれない先生のせいなのに、なんか「しくじってしまった」ような、取り返しがつかないなにかを永遠に失ったような・・・・こう、後味の悪い感じを俺に味わわせた。
俺は、強くなりつつある雪の中に飛び出した。
頬に当たる雪が溶けて、チリチリと痛い。

そして、今、もう一つの感じが、俺の心に湧きつつある。
つまり、なにか・・・そう区切りたい気持ちだった。
俺は、一年という時間を、区切りにしたかったんだと思う。
なんでもハッキリが好きな自分にしては、この、雪空みたいな曖昧な一年は長かった。

でも、先生は・・・・・大事な仲間だ。
俺の唯一になってくれなくても、それは変わらないし、変えたくない。
俺は、ちょうど一年で、この、沈滞した空気を抜け出して新たに進むべきだ。

積もりはじめた雪は、俺の足を柔らかく受け止める。
俺は、すべてを吹っ切るように走り続けた。





薄暗い小屋の中で、俺は、ぼんやりとこれからを考える。
いつか見た雪明かりみたいに、灯り取りの窓から細く光が差し込んで、それが床板にぼんやり光の輪を作っているのを見ていた。
此処は、先生とのコトがあった、例の小屋だ。
寒かったけど、いろんな感情が渦巻いている俺の身体は熱くて。
射すような寒さを感じる皮膚の下は、じっとりと汗ばむくらい、熱を帯びている。
進むしかない。
それしかない。
俺は頑張った。
でも、人の気持ちなんて、どうできるモノでもない。
あの夜の先生の事は忘れて、俺は生きる。
先生ことも含めた里を愛することで、俺は、満たされる・・・・・多分。
それが、今をしのぐためだけの、俺自身に対する欺瞞でもいい。
いつか、本当になる。
本当にする。

  「ナルト」

それで、いい。
時間の効用は、知っているつもりだ。
自分の心だって、騙し続ければ、嘘を信じるさ。

  「ナルト」

俺は、それでいい・・・・

え?
目の前にあったはずの窓の光の輪が、影になっていた。
俺は慌てて顔を上げる。

窓に先生がいた。
月に照らされて淡く光る雪を背に、額当てを外して、髪を乱して、先生がいた。

俺の中に一杯に詰まっていた、嘘や、説得や、本当は納得できない理屈やらが、一気に吹き出しそうになる。

  「せ、・・・・」

俺は立ち上がり、結界を解く。
ふっと、本当に雪みたいに、先生が入ってきた。
ひんやりした空気が動く。

理屈もない。
理性もない。
なんの言い訳もない。

俺は、先生を抱きしめていた。

これは、去年の、あの時間のトレースなのか?
理解より、納得より、なにより、俺の本当の、本当の、大事な気持ちは、先生を抱きしめていて。
  「ナルト、苦しいよ」
と言われて、それでも我に返るのは、俺のなけなしの理性の半分だけ。
  「先生!先生!・・・・せんせ・・・」
  「お前も任務なの?」
  「先生がいないのに、里にいても意味がない」
ああ、俺の「本当」はどうしてこうも・・・・口が軽くて、あの苦しい決心もあっさり反故にして、ああ、どうして・・・・
  「お前の本気は・・・・」
  「なに?」
と言いながら、あろうことか俺の口は先生に口づけようとしている。
  「怖いよ」
  「マジなもんは、すべて怖いだろ」
否定されることに慣れた俺は、このとき先生が
  「そうだね」
と同意したことに、本当は一番驚いていた。





偶然なんかない。
いつか誰かがそう言っていた。
じゃあ、俺は、信じていいのか。
俺の気持ちだって、多分、先生の空気が受け入れてくれていたから、溢れたんだ。
先生は俺の強い抱擁から逃れて、窓のある板壁に寄りかかって俺を見る。
  「まだ無理だったのかなあ、ナルト」
  「何が?」
  「どうして、そう、俺を追い詰めるんだ?」
  「追い詰める?・・・ってか、何が、無理?」
  「俺の立場で考えてよ、ってこと」
ちょっと考えた。でもすぐ諦める。
そんなこと、理屈ではわかっているし、言われるまでもない。
でも。
本気って、そういうもんじゃないだろ?
俺の目線に、
  「やっぱり無理みたいだね(笑)」
と先生が笑って、そんな僅かな動きにも、俺の情感は激しく揺さぶられた。
  「俺は、猛烈に腹が立ってるよ、先生」
俺の両手は先生の肩を掴んで、でも、先生も拒否らない。
  「一年間も、俺に嘘をついてきたんだろ?そういうことだよね?」
  「嘘じゃないよ、ナルト」
先生はずるい。
俺の腕の下から、自身の腕を回し、今は俺が先生に抱擁される。
  「口で話した事は、社会的俺の「本当」だ」
煙に巻かれるのをわかっていながら、俺は、もう何も言えない。
  「今、こうしているのは、「カカシ」だよ」
  「先生・・・・」
  「もう、それでいいや」
先生が投げやりに言って、それはドキンとするほど、俺と変わらない等身の同僚の感じで。
  「俺だって、こうして来てしまったし」
  「逢いに来てくれたの?」
  「そうだよ」
その肯定の一言に、俺は、皮膚が痺れるくらい感激した。
ああ、もう、どうしてこう・・・・
  「俺の居場所、どうしてわかったの?」
  「俺だって、色々悩んで、去年のこと後悔してたんだよ」
質問から離れた回答も、先生の気持ちが込められていて、心地いい・・・・
  「なかったことにしたかったんだ。だから、ずっと逃げてたのに」
  「・・・・・」
  「なぜか一年逃げ切れればって思って。これが最後の悪あがき(任務)だった」
  「・・・・・」
  「勘だよ」
  「かん?」
  「お前が此処にいるような気がしただけだ」
やっぱり偶然はない。

・・・・・・・

続きます 2012/01/08