鳴門の案山子総受文章サイト
カカシ先生が来た。
「元気か?」
そう言って病室に入ってきたが、その自身の言葉に、笑っている。
「見舞いで言うセリフじゃないな」
俺は、もちろん身体を動かすことはできたが、全てのエネルギーを、チャクラの欠損部の治癒に使うべきであるとの指示で、病院のベッドに横たわったまま時を過ごしている。一見、確かに重病人だ。
「なに笑ってんだってばよ」
言いながら俺も笑う。先生も、重粒子モードでの戦闘や、九喇嘛のことは知っているだろう。
「大変だったな」
そう言って、並列するベッドに腰掛けた。火影の俺が、病院の特別室に入っていない理由について、今更、問いたださないどころか、不思議にも思っていないようだった。来る見舞客ほぼ全員に、その言い訳を言い続けた俺は、距離を測らなくていい先生に、深い心地よさを感じる。
午後の病室は、強い風に飛ばされる厚い雲のせいで、日の光がコロコロと転がるように走る。開いたドアからのっそりと入ってきたその長身は、はじめて見たときの先生のようで、俺は時間を越える自分の感傷を、こっそり噛みしめる。日の光が時折、先生の髪の上を走り、先生の造形を未だ隠す覆面を照らし、どんなときも、ひたすら先に進みたかった俺が、今をここに繋ぎ止めたい自分の強い思いに動揺する。
先生。
いろんな人と深い信頼関係を築いてきた。
でも、この、身体という物質すら形を溶かすくらい、空気ごと馴染めるのは、
「やっぱり、カカシ先生だけだな」
「ん?何がだ?」
その問いに、ここで、と言いながら、俺は自分の心臓の辺りを、生かされている右手で抑える。
「繋がっているって感じるのは」
ふふふと少し呆れて笑いながら、でも、先生は俺の思いを、首肯して受け止めていた。
「そういうことを平気で言えるのがお前だよな」
「へへへ。惚れた?」
「とっくに惚れてるよ」
冗談だとわかってはいても、自分のどこかがそれに何かを言いかける。
俺は深く呼吸して先生を見る。
日に温む綺麗な銀髪。
いつも俺の前に、それを見ていた。
生来の写輪眼も、人柱力もないけど、それより遙かに大きな慈しみの感情で、俺たちを守ってくれた。
「本当の事を言う時って、人によって抵抗が違うって知ってたってば?」
「抵抗?」
うん、と俺は窓を見る。風で洗われる大気の向こうに、何かがある気がした。
「距離が遠くなればなるほど、嘘の方が楽なんだ。本当の事なんて逆に言えない」
先生は黙って聞いている。
「でも、近いと、」
胸に言葉がつかえる。九喇嘛の顔が蘇る。
「端っから嘘なんてないよ」
「・・・・」
「ありのまましか語れないし、そんな俺しか見せられない」
先生が手を伸ばす。その綺麗な形が、ゆっくり俺の生かされた右手を握った。握る前から、チャクラが繋がって、俺はその温度を感じている。先生が言った。
「オレは、それを見ている・・・のかな」
途切れてくっついた後尾が可愛くて、俺の眉が下がる。
「先生にしか見せてない・・・ってばよ」
先生の言葉を繰り返したような俺の言い方に、先生も笑んだ。
と、通路の向こうから、数人のざわめきが近づいてくる。検査の準備に来た病院の職員だ。
カカシ先生は、よしと独り言ちて、俺の手を柔らかく離す。
「じゃあ、オレは行くよ」
さっときれいに返すその身体に、俺は率直に縋った。
「また、来て」
「言われなくても来るよ」
その、俺を思って選んだであろう言葉の果てない安心感に、本気で涙が出そうだった。