熟れる 2

カカシ先生が来た。

「元気か?」

そう言って病室に入ってきたが、その自身の言葉に、笑っている。

「見舞いで言うセリフじゃないな」

俺は、もちろん身体を動かすことはできたが、全てのエネルギーを、チャクラの欠損部の治癒に使うべきであるとの指示で、病院のベッドに横たわったまま時を過ごしている。一見、確かに重病人だ。

「なに笑ってんだってばよ」

言いながら俺も笑う。先生も、重粒子モードでの戦闘や、九喇嘛のことは知っているだろう。

「大変だったな」

そう言って、並列するベッドに腰掛けた。火影の俺が、病院の特別室に入っていない理由について、今更、問いたださないどころか、不思議にも思っていないようだった。来る見舞客ほぼ全員に、その言い訳を言い続けた俺は、距離を測らなくていい先生に、深い心地よさを感じる。

午後の病室は、強い風に飛ばされる厚い雲のせいで、日の光がコロコロと転がるように走る。開いたドアからのっそりと入ってきたその長身は、はじめて見たときの先生のようで、俺は時間を越える自分の感傷を、こっそり噛みしめる。日の光が時折、先生の髪の上を走り、先生の造形を未だ隠す覆面を照らし、どんなときも、ひたすら先に進みたかった俺が、今をここに繋ぎ止めたい自分の強い思いに動揺する。

先生。

いろんな人と深い信頼関係を築いてきた。

でも、この、身体という物質すら形を溶かすくらい、空気ごと馴染めるのは、

「やっぱり、カカシ先生だけだな」

「ん?何がだ?」

その問いに、ここで、と言いながら、俺は自分の心臓の辺りを、生かされている右手で抑える。

「繋がっているって感じるのは」

ふふふと少し呆れて笑いながら、でも、先生は俺の思いを、首肯して受け止めていた。

「そういうことを平気で言えるのがお前だよな」

「へへへ。惚れた?」

「とっくに惚れてるよ」

冗談だとわかってはいても、自分のどこかがそれに何かを言いかける。

俺は深く呼吸して先生を見る。

日に温む綺麗な銀髪。

いつも俺の前に、それを見ていた。

生来の写輪眼も、人柱力もないけど、それより遙かに大きな慈しみの感情で、俺たちを守ってくれた。

「本当の事を言う時って、人によって抵抗が違うって知ってたってば?」

「抵抗?」

うん、と俺は窓を見る。風で洗われる大気の向こうに、何かがある気がした。

「距離が遠くなればなるほど、嘘の方が楽なんだ。本当の事なんて逆に言えない」

先生は黙って聞いている。

「でも、近いと、」

胸に言葉がつかえる。九喇嘛の顔が蘇る。

「端っから嘘なんてないよ」

「・・・・」

「ありのまましか語れないし、そんな俺しか見せられない」

先生が手を伸ばす。その綺麗な形が、ゆっくり俺の生かされた右手を握った。握る前から、チャクラが繋がって、俺はその温度を感じている。先生が言った。

「オレは、それを見ている・・・のかな」

途切れてくっついた後尾が可愛くて、俺の眉が下がる。

「先生にしか見せてない・・・ってばよ」

先生の言葉を繰り返したような俺の言い方に、先生も笑んだ。

と、通路の向こうから、数人のざわめきが近づいてくる。検査の準備に来た病院の職員だ。

カカシ先生は、よしと独り言ちて、俺の手を柔らかく離す。

「じゃあ、オレは行くよ」

さっときれいに返すその身体に、俺は率直に縋った。

「また、来て」

「言われなくても来るよ」

その、俺を思って選んだであろう言葉の果てない安心感に、本気で涙が出そうだった。