熟れる 3

先生が触れた、俺の生きている右手が疼く。

自分の細胞でありながら、こいつの来歴は、特殊な術と治療だ。チャクラを意識的に纏わせないと、箸を持つことすら、実はできない。もちろん、もう慣れてしまった今では、いちいち意識するようなことじゃない。ただ、九喇嘛を失ったことで、色々変わってしまったことは確かだ。

減ってしまったチャクラも、どこか欠けた心も・・・

暗くなった病室で、俺はさらに暗い天井を見た。

「九喇嘛は・・」

我知らず、喉から声が漏れた。

耳が聞いて、自分が声を出していると知ったが、どうでもいい。

俺の中に、感情が溢れる。

九喇嘛は、俺と先生とを結びつけてくれた、唯一の存在だったのだ。

「九喇嘛は・・・大事だった」

おかしな文でも、構わなかった。

俺は感じるままに感情を吐き出す。

みんな言ったよ。

親としては人でなしだって。俺は人柱力にされたかわいそうな子供だと。

でも、本当の事は、俺が知っていればいい。俺は器にされたんじゃない。親父と母さんが命をかけて、俺に九喇嘛を与えてくれたんだ。俺とあいつを引きあわせてくれた。

そのせいで・・・・

「本当に散々だったな・・・」

俺は笑う。

散々で最高な毎日だった。

九尾の真実を知らない人たちからの阻害や虐めも、ものの数じゃない。

本当に俺が恐れたのは、

「親父の期待に応えられないことだった」

その中には、サスケを取り戻すことや、里を守ることも含まれる。

そして何より、

 

俺自身が生き延びること、だ

 

涙が出てくる。

それこそが、何よりの親の思いであることは、自分が親になった今、一番良くわかる。

自分の命より大事な子供に、九喇嘛を入れたのだ。

その時の、親父や母さんの覚悟を思うと、俺は祈りたくなる。

俺がどれだけ愛されていたか。

そして、その存在は、当たり前に、カカシ先生との出会いの流れでもあった。

(参照➡️「たった一つ望むこと・ナルカカ」)

九喇嘛を入れた俺の、若い欲をコントロールするために、先生は里から命令されたのだと、俺は思っていた。でも、今ではわかる。暴走した九喇嘛を制圧するのは、先生でも無理だ。それはつまり・・・

また涙が出てくる。

先生の中に、親父の存在があるのは確かだ。

自分の師が命がけでやったことを目の当たりにして、先生なりの覚悟もあったと思う。だから、先生も静かに決めていたんだと思うんだ。何かあれば、自分の命で、破滅をいくらか先に引き延ばそうと。

親父が生かそうとした俺を守って、自分は死ぬつもりだったんだろうなあ。

ちょっと前までは、理解できなかった色々が、今の俺を苛む。

無謀だった。

馬鹿だった。

でも、

「こうとしか生きられなかった」

先生。

先生。

「せんせ・・・」

感情と肉体の愛おしさが綯い交ぜになる。

嗚咽が漏れて、でも、身体は興奮する。

多くの愛情を感じて、でも、火影で、夫で、父である自分を甘やかしてくれる存在は、もう、いない。

俺は圧倒的に強い火影で、家族の中心で・・・

「ああああ・・・」

声が漏れる。

甘えたい。

本気で思った。

「先生・・・」

先生も、火影だった先生も、こんな重圧を感じていた?

でも、もう、以前の様に、抱きしめてはもらえないよなあ。

俺が家族を作ってから、先生は静かに俺から離れた。

俺は、かわいい愛に夢中になって、そしてそれは本当に凄まじい力だった。負けそうな俺を、生死を問われる深刻な状況にいる俺を、精神論なんかじゃない、そのリアルな存在感でヒナタは救ってくれた。そしてもちろん、子供達。

里のためにはいつでも死ぬが、家族のためには命をかける。

種類の違う沢山の愛に恵まれ、励まされ生かされ、でも、それを束ねているのは、

「俺自身だ」

この、世界に比してちっぽけな有機体。

吹き荒び、荒れ狂う世界で必死に立つ。

だから、先生・・・・

カカシ先生・・・・

俺には、いま、先生が足りない・・・・