熟れる 4

仕事の種類が違う

大きく嘆息して、仕事の疲れを背負ったまま、暗い窓の外を見るが、そこには、生っ白い人工灯に照らされた自分の姿を認めるだけだ。窓に映った空間は、思いがけなく広く窓の外にも広がっているようで、カカシはしばし、その錯覚を味わった。

 

静かな病室で、ただ横たわる五代目を眺めて、もう数時間経つ。意識が戻らないままの五代目からは、引き継ぎなど期待できない。いや、この姿こそが、火影の仕事の、まさに引き継ぎだ。

歴代火影の色々が、脳裏を巡る。

彼らの生き様が、そのまま火影の在り方だった。

みんな里を守るため、

「死んじゃったよ」

自分の口調が幼い物言いになっていることも、カカシは自分に許す。

死んで後続に全てを託す気持ちは、どんなだったろう。

カカシはそっと、五代目の頬に手を伸ばした。落ち始めた室内の空気にいくらか冷えた頬は、でも触れたカカシの指の背に、ゆっくりと生きている温度を滲ませる。

五代目だけは生きて、ここにいる。

そのことがどんなにみんなを励ますか。

無鉄砲で潔い五代目だけど、目を覚ましたとき、その喜びを噛みしめてくれるだろう。

「死に損なったぞ」って言いながら。

 

でも。

だから。

 

カカシは、五代目から離れて、病室を出た。

静かな病院の廊下で、無意識に足音をさせずに歩いている自分に苦笑すら出ない。

カカシはそのまま、火影の部屋に戻る。

灯りをつけると、まるで、さっきの病室みたいに、窓の向こうに立っている自分が映った。

 

仕事が違う。

 

山のような書類を手にして、その言葉が頭に何度も繰り返されるのを、諦める。

酷い戦争は終わった。

俺の生きている間に、もう、あんな規模の戦争はないだろう。

だから、俺は、命をかけることもなく、寝に帰るような家も必要なく、とにかく、これを・・・・

 

処理するだけだ。

 

くだらない発想である事は理解している。

ヒトはそれぞれに、必ず、何か果たすべきものを抱えて生まれてくると、そこは素直に信じている。

網の目の様に張り巡らされたヒトとヒトの繋がりの中で、その使命が、おばあさんの手をひいて道を渡ることであっても、なんの不思議もない。たった一度、人生の中で、誰かの落とし物を拾ってあげたことが、その人間の唯一した「繋がり」であっても、オレは、そのことにすら感動する。

いま、里に必要とされている自覚はもちろんあるし、仕事の内容で言えば、今の状況は、歴代火影を差し置いて、オレが適任だろう。

でも同時にそれは、やっぱり寂しくて複雑だった。

自分を起点に、何か流れが変わってしまうような。

夾雑物が混じってしまったような。

 

つまり、自分が、嫌いだった。

 

カカシは、応接のソファにドスンと身体を落とすように横になった。

疲れ切って、疲れ切って、肉体がその生命を維持するだけで精一杯にして、ようやく眠れるようになる。

平時の今は、そんな生活が正しくないだろうくらいわかるが、そうとしかしのげない毎日を、では、どうすればいいというのか。

ふっと胸にあてた手が、かすかな紙の音を捉える。

ああ・・・

カカシはゆっくり目を閉じた。

心配したサクラがくれた、睡眠薬だ。

「念のためよ。使わなかったら捨ててくれていいし、ね」

過剰な心配を顔に出さないように、でも、親の愛に似た、それはエゴイスティックな・・・

あえてそう考える。

サクラの愛をエゴだなんて、最低だ。

だから、思いっきりひっぱたいてほしい。

「そんなんだから、心配なんじゃないの!」

そう言って、オレのために、泣いて・・・サクラ・・・